24.収奪
「ただいま! ばあや」
お兄様からもらった装備は全て預けてきたので、いつもの服装で帰宅した。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
ニコニコと迎え入れてくれるばあやが嬉しくて、わたしは周囲を確認せずにお金を取り出した。
「ばあや、あのね、これ。わたしが稼いだの。少しだけど、準備金にして」
わたしが渡そうとすると、ニコニコしていたばあやがわたしの後ろを見て顔を青ざめさせた。
「お、お嬢様」
「あら? なにそのお金? 家のお金でも盗んだの?」
怖い顔をしたお母様に、わたしの手に入っていたお金は全て奪い取られた。衝撃でよろけたわたしをばあやが受け止め、怪我がないか確認してくれる。
「奥様。お嬢様が稼いだのですよ」
「あら。こんな無能が金稼ぎなんてできるはずがないじゃない? ……ってよく見たら、端金ね。この服も買えない程度じゃない」
「お母様。ならば、返してください」
手を出して取り返そうとするも、高く上げたお母様が笑う。
「ダメよ。家のお金だもの。盗んだなら罰を与えないとね? 今日の兵糧丸はなしね」
いつも食事として与えられる黒い栄養食。それすらもなしと言われ、ばあやが反論する。
「奥様。成長期のお嬢様の食事を抜くなんて……ただでさえ、兵糧丸なんて与えているのですから、抜くのはご容赦ください」
「じゃあ、あなたの食事を抜いてもいいのよ?」
「お嬢様が普通の食事を食べられるのでしたら、それで構いません」
「ばあや……」
ばあやが反論して、わたしを守ってくれた。胸が温かくなる気持ちを抑えて、お母様を睨みつける。
「ばあやは悪くないではありませんか!」
わたしの反論に、お母様が面倒くさそうに首を振った。
「乳母の食事を抜くのは面倒だから、お前の食事を抜くことにするわ。無能がせいぜい役に立ちなさい」
「お嬢様は無能ではありません! 学院に通う優秀な忍びとなるお方です!」
ばあやの反論に、後ろを向いて歩いていたお母様がこちらを振り返って戻ってきた。
「なんて言ったの?」
お母様の形相に、ばあやは黙り、代わりにわたしが口を開いた。
「わたしは、学院に通うことが決まっています。推薦をもらったのです」
そう言った瞬間、頬が熱くなった。叩かれた、そう気がついた時にはわたしは飛んでおり、ばあやが駆け寄ってきた。
「お前なんて、お前なんて……。無能な女なんだから。学院に通うなんて、許さない」
そう言いながら、わたしを蹴る。結界を展開して、蹴られる場所を守った。お母様の足の方が痛いはずなのに、蹴り続ける。
「ずるいわ……許さない。老人に嫁がせてやる。できれば加虐趣味のあって、幼女好きな。覚悟なさい。お前は女なの。魔術を学ぶなんて許されない。女なのに、魔術を学ぼうなんて……許さない」
蹴られ続け、わたしは決意した。家に一切関わりが残らない方法で学院に通おう、と。蹴り終わって去っていくお母様に、慌ててわたしの怪我の具合を確認するばあやを抑えて、立ち上がった。
「お母様の気持ちはわかりました。……今までお世話になりました」
頭を下げるわたしの声は届いたのか届かなかったのか。お母様は戻っていき、ばあやは涙を流して謝りながらわたしの怪我を心配する。
「大丈夫よ、ばあや。途中から結界を張っていたの。きっとお母様の足の方が痛かったわ」
わたしがそう笑うと、ばあやは悲しそうに顔を歪め、わたしを抱きしめてくれた。
お母様もお父様もわたしが幸せになることを許してくれない。女なんかが学院に通うことも絶対に許してくれない。長の養女になる話を受けよう。受けると、家族との縁が切れ、長の家がわたしの後見人となる。衣食住は守られるが、使用人を連れていくことは想定されていない。だから、稼げるようにならなくては。ばあやと共に暮らしていくために。
養子縁組はわたしには必要な制度だ。家との縁を切るために。自分が幸せに生きていくために。
荷物をまとめ、家を出る準備をした。ばあやと一緒だ。今日すぐには出られないが、両親が縁談を持ってくる前に長の家に入らなければならない。ばあやにも早急に用意するように伝え、長に返答の手紙を送った。すでにわたしの部屋は準備できているらしい。図らずも、わたしの決意をすべてが応援してくれているようだ。
「儂の養女となってから、学院に入学する。家とのやりとりは儂に任せるんじゃ。子供が気にすることではない」
長にそう言われ、お兄様がわたしとばあやを迎えにきてくれた。ばあやは顔を隠すための布を被り、わたしは仮面をかぶって馬車に乗る。荷物は全てまとめて長が回収してきてくれるらしい。最低限必要なものを持って、馬車に乗った。
「……よく決意したな」
わたしの頭を優しく撫でてくれるお兄様に、思わずすがって泣き喚いてしまった。馬車の間、優しくわたしを抱きしめ、落ち着かせてくれた。お兄様の服がどろどろで思わず笑ってしまうと、隅で黙っていたばあやもお兄様も優しく笑ってくれた。
わたしの部屋は、広かった。隣にばあやの部屋も用意してくれたらしい。一部の者には長の愛人と思われるかもしれないが、高位の者になればなるほど事情をわかっている。そう説明されて、わたしは気を引き締めた。学院生活が安定したものにならないかもしれない。友達もできないかもしれない。それでも、わたしの選んだ道だ。
部屋を片付けていると、ばあやが耳元でわたしに尋ねた。
「……イカルド様とは、お嬢様は恋人同士なのですか?」
「な!? そんなわけ! お兄様は保護者のような師匠のようなそんなお方です!」
目を丸くして反論すると、ばあやが困ったように笑って言った。
「お嬢様ももう学院に入学する年になるのです。恋人同士ではないのなら、きちんとした男女の距離が大切ですよ」
わたしとお兄様が客観的にみて、そんな関係に見られるとは想定外だった。歳の差はある。確かに家同士の付き合いで年の差結婚はよくあることだけど……。
家を出た時点でまともな結婚なんて期待していないし、できないだろう。お兄様と噂になってもこちらにダメージはない。お兄様側も恋人を持ってもいい年齢だし、ダメージは……幼女趣味と言われる。そうか。お兄様に迷惑がかかるなら、以後気をつけよう。そう決意して、わたしは荷物の片付けに追われることになった。




