22.冒険
「……地下水路という表現もおかしいと思わないか? ここはすでに地下なのに」
先を歩くお兄様の言葉が響き、わたしは首を傾げる。
「え? どういう意味ですか?」
お兄様の言葉の意味がわからず首を傾げる。そんなわたしの様子に驚いたように、お兄様が振り返った。
「……知らないのか? 両親は何を教えているんだ……。ここは、地下都市だ。そして、地上世界で使う駒として、我々は生かされている」
お兄様の言葉は真剣で冗談を言っているように思えない。だからこそわたしは、首を傾げた。
「……空には星も月もありますし、雨も降るじゃないですか?」
「魔術具だ。天候は地上世界と連動している。降ってくる雨は、地上世界で降った雨を再度細かくして降らしている。正直言って、雨水は汚いぞ」
「え?」
わたしが動揺したのを理解したのか、足を止めたお兄様が隅に寄り、わたしに語って聞かせる。
「元々魔術の使える移住民の世界が、この世界だ。地上の人たちは魔術が使えない。この世界の者たちは地上の者たちとの契約を元に、地下で暮らしている。地上の権力者のための駒……隠密として様々な忍務に着く。学院はそんな隠密を育てるための施設だ。……君は何も知らずにここまできたのか?」
「はい……。知りませんでした。ただ、空を駆けるお兄様たち学院生に憧れて、美しい空と同一のようになれる学院生になろうと思ったんです」
わたしの言葉を聞いて、お兄様がため息をついた。
「君は、駒として使われる気持ちがないのなら、学院進学以外の方法も考えるといい。あの家から抜け出すなら、手助けはする。……君は私と違って自由に生きることができる」
そう笑ったお兄様の表情が酷くはかなげで、思わずお兄様の手を握った。
「わたし、お兄様たちのように生きたいのです。止めると言っても止まれません。……そんなわたしの手綱を握っていてくれますか?」
「……君は。わかった。君のような暴走娘は手綱を握るのが大変そうだな」
驚いた表情を浮かべたお兄様が、次の瞬間は笑ってわたしの頭を撫でてくれた。お兄様の生き辛さは共有してもらえなくても、理解できるようになりたいと思った。わたしはお兄様を見捨てるはずがない。そう信じてもらえるように。
「では行こうか。地下水路に」
「え、もうここ地下水路」
お兄様に抱き抱えられて、瞬間移動をした。次の瞬間、ゲートのような場所に辿り着いた。
「なにこれ!? すごい!」
突然の近未来感漂うゲートに、わたしはキョロキョロと周りを見渡した。幼女といえども、“異性に抱き抱えられる”。それがこの世界で、どれほど破廉恥なことだと意識しないままに、周囲の視線を独占していることなど気が付かずに。
「……お兄様、ひどいです」
「すまない。君がそんなことを気にすると思わなかった」
「わたし、もうお嫁に行けない」
「君は家から出るのだから、嫁に行く気なんてないだろう」
ぶーぶーと文句を垂れるわたしに、適当に流そうと反論だけはしてくるお兄様。わたしは、お兄様を睨みつけて言い返した。
「受付の人に、“こんな公衆の面前でそのようなことはちょっと……”と言われたわたしの気持ちがわかります? その後のお兄様の“これを運ぶのに、一番効率的な移動方法だったから”で荷物扱いされた時に、なんともいえない表情で見られたわたしの気持ちが! 最終的に兄妹と思われたからよかったものの……よかったんでしょうか!?」
「実際、時間短縮になっただろう? 今日はウォーミングアップといえども、君も地下水路内を見てまわりたいだろう?」
わたしの反論を受け流したお兄様は、スタスタと進んでいく。入り口から続く光景は、ゲート以外変わり映えがない。横に流れる大きな水路に、軽く鉄の柵がされていて、通路は二人だ歩ける程度の広さだ。ところどころに照明はあるが、大きな筒状の通路がずっと続いている。鼠色の世界だ。鼠さんと兎さんは不安そうにライトのもふもふな毛皮に捕まり、ライトは大きくなってわたしの後ろを歩いている。わたしたちの斜め上をふわふわと飛んでいるのは、小型マーシーだ。
地下水路を見てまわりたいなんて言っていないと文句を垂れながら、お兄様の後ろを続く。
「機嫌を直せ。ほら」
そう言って、お兄様が大きな扉を開いた。入っていいのか不安に思いながら、一歩そこに入ると、苔が天井までびっしりと生えた部屋だった。
「なんですか、ここ」
そう言ってお兄様を振り返ると、扉を閉め、光を消すところだった。
なんで、と口をひらこうとすると、唇に指を当てたお兄様がわたしの後ろを指さす。後ろを振り返ると、単なる苔だと思っていたものは、青白く光り始めた。
「なにこれ、すご……」
わたしが思わず口を開けて苔を見上げていると、横に来たお兄様が地面に布を敷いてくれた。その上に二人で座ると、こちらを向いて微笑んだお兄様がにこりと笑った。
「美しいだろう? 私もたまに、ここにくるんだ」
そう見上げるお兄様の横顔がとても美しく、儚げに見えて思わず手を掴んでしまった。
「どうした?」
そう言ったお兄様に何も言えずに、わたしは苔の方に視線を向ける。反対の手で軽くわたしの頭を撫でたお兄様も上を向いた。美しく、幻想的なその光景は、わたしが生きてきた中で間違いなく、一番素晴らしいものだった。前世を含めて。




