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【改稿版】猫耳王子に「君の呪われた力が必要だ」と求婚されています  作者: 水鏡こうしき


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5話 ライナス殿下は積極的

「うそ、ちょっと……!」


 エステルの体はゆっくりとベッドに下ろされる。

髪を撫でるライナスの手首を掴み、「冗談ですよね?」と引き攣った笑みを向けるが、彼はゆっくりと首を横に振るだけだ。


「いや……あの……いくらなんでも……気が早すぎでは」

『うみゃん──ではどうすれば受け入れてくれる?』

「それは……っ!?」


 ライナスの吐息が首筋にかかる。目を閉じれば負けだと唾をごくりと飲み込み、エステルは下からライナスを睨みつける。


『うみゃ──私はずっと……君を探していた。まさかこの国の人間ではなかったとは想定外だったが。探しても見つからないわけだ』


 この王太子、些か積極的すぎる。初めて出会ったのが十二年前で、よく長い期間エステルを想い続けていたものだ。


(積極的というよりも……執着的ね。おまけに強引だわ……!)


 それが嫌だとは思わないけれど。人との関わりを絶って閉じ込められていたエステルからしてみれば、どのような形であれ想いを伝えてくれることはありがたいわけで。


(けれどいきなりコレは無理ってものがあるわ!)


 ライナスの顔が近いのだ。青い瞳に映し出される自分の姿が見えてしまうほどに。こんな状況だというのに、エステルの耳に届くのは、ライナスの落ち着きすぎている静かな息遣い。


『ああ……どうしよう』

(……ん?)


 いつの間にかライナスの目が泳いでいる。口は閉ざしているが、心の声はだだ漏れで。


『嬉しさのあまり強引に連れてきてしまった……! どうしたものか、引き返せないぞ……! このままでは嫌われるっ!』


 強引だった態度とは全く違う本心に、エステルは目を丸くする。


『ええい! 成るように成れだ! ああしかし……!』


 ライナスは心の中で酷く逡巡しているようだ。それが全く顔に出ていないものだから、見ているこちらも感心してしまう。


(器用というか……面白い方ね)


 心の中ではかなり焦っているようだが、真面目な顔のままエステルを見つめていることには変わりがない。押し倒されたままのエステルの心臓はバタバタと喧しい音を立て続けている。


「あ……の……殿下?」

『にゃお?──だめ?』


 ライナスの黒い耳がペコリと前に折れる。同時に下がった眉を見て、頬が熱を持った。次の瞬間──!


『にゃおおぉ!──だめだよぉ!』


 バサッとベッド上の布団が飛び上がる。何事かとエステルが目を丸くしていると、勢いよくベッドから飛び出す影が二つ──先程出会った双子のシャーロットとエリオットだ。布団を跳ね除けた二人は、ライナスの両腕を力いっぱい拘束した。


『みゃおん!──お兄様! そんなに強引だと、エステルに嫌われちゃうよ!』

「うにゃぁぁ!──そうだよ! しつこい男は嫌われるってアルフが言ってたよ!』


 一先ず助かったのだと、エステルは胸を撫で下ろす。大きく息を吐くが、心臓はバタバタと駆け足のままだ。


『にゃにゃ──エステル、教えてあげるね』

「なんですか?」


 シャーロットの言葉に、エステルは耳を傾けた。


『にゃーん──お兄様ったら、今まで用意された婚約者候補を何人も追い返してるんだよ』

『みゃん──重いんだよね。初恋相手に対する愛が、ってアルフが言ってたよ!』

『みゃおん──初恋を拗らせすぎだって、アルフが言ってた〜!』


 一体何処で覚えたのか、幼い二人は口が達者であった。犯人は恐らくはアルフという人物なのだろう。


 二人は尻尾をパタパタと動かし、ベッドの上で兄を叱りつけている。その光景がなんとも愉快で、エステルは堪えに堪えていたものを吹き出してしまった。


『にゃお──どうしたのエステル?』

「ごめんなさい……つい、おかしくて……フフッ……」


 一度笑い出してしまえばなかなか止まらない。一旦落ち着こうと三人に背を向けたところで、眼前に佇む壮年の小柄な女性に睨みつけられてしまった。


 この女性、一体いつ部屋に入ってきたのだろう。


 エステルは口から落っこちそうになった悲鳴を、なんとか飲み込んだ。


『にゃーにゃ!』

『にゃ、にゃおーん──はい、婆やですよ』

『にゃおんにゃおん!』


 目の前にいる自称婆やの心の声は聞こえるが、エステルの背後に座る双子の心の声は聞こえない。にゃおにゃおと可愛らしい声だけが耳に届き、思わず頬が緩んだ。


『にゃん──全く……何を騒がしくしていらっしゃるかと思えば。エステル様?』

「は……はい!」


 小柄だが、眼光の鋭い侍女だ。眼鏡の奥の黒い瞳をぎらつかせ、エステルを掴んで離さない。圧倒され、思わず背筋が伸びる。


『うにゃん──申し遅れました……侍女のカミラと申します。ライナス殿下のお世話と、エステル様のお世話もさせて頂くこととなりました。以後よろしくお願い致します』

「よ、よろしく……カミラ」


 パッと見た感じでは六十歳程度に見える。背筋がシャキッと伸びたカミラは皺の寄った手を体の前で揃えると、深く腰を折った、


『んにゃあ──お疲れの所申し訳ありませんが、これより王宮内の案内をさせて頂きます。明日は朝が早いので、出来るだけ早く休んで頂けますよう、尽力します』

「お心遣い感謝します」


 カミラが話している間、後ろの三人は一切口を開かなかった。緊張した面持ちで、じっとこちらを見つめていた。


『にゃ──あの、カミラ。案内なら私が……』

『んにゃ──いいえ結構。昼間っから執務室で淫行に走るような方には任せられません』

『みゃーみゃ──それにしても、いつ部屋に入ってきたのだ』

『みゃお──あら、最初からずっと部屋におりました。殿下の行動は筒抜けですわ。私が何年お仕えしていると?』


 がっくりと項垂れるライナスの姿を見て、エステルはくすりと笑い声が込み上げてしまう。先程まであんなにも積極的だった男が、侍女の一言二言でしょぼくれてしまうなんて。


 そんなライナスを次に襲うのは、扉の向こうから姿を現した赤髪の騎士だった。足早にライナスの前まで歩いてきた騎士は、彼に分厚い紙束を突きつけた。


『うにゃう──殿下、執務を』

『……にゃおん──……アルフ』


 この男がアルフか。スンとすました顔立ちに、灰色の耳。エステルとカミラに頭を下げると、アルフはライナスの腕を引き、執務椅子に無理矢理腰を下ろさせた。


『うにゃう──殿下はしっかりと執務をこなして下さい。エステル様のことはお任せを』


 カミラは得意げに胸を張ったまま、部屋の扉を開く。その隙間から、双子の姉弟がするりと抜け出していった。


 エステルは眉を下げながらも口角を上げ、苦い笑みをライナスに向ける。寂しげにこちらを見つめるライナスを放っていくのは些か心が痛んだのだ。


「殿下、頑張ってくださいね」 

『にゃおん──励むが……今日は量が多くないか、アルフ?』

『にゃおーん──そのようなことは』


 そんな二人の姿を見守りつつ、エステルはカミラと共に執務室を後にした。




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