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【改稿版】猫耳王子に「君の呪われた力が必要だ」と求婚されています  作者: 水鏡こうしき


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3話 再会……?

 ハルヴェルゲン王国の王都は、中心に向かって高地になるような造りであった。水害が起きた際は、民達が王宮の敷地内に避難できそうだ。


 城門から伸びる大通りを進むとすぐのように見えた距離だったが、実際にはぐるぐると坂を登らなければならず、エステルたちは三十分かけてようやく王宮に到着した。


「立派な門ね……」


 少しだけ顔を上げて人がいないことを確認すると、エステルは門の奥にそびえる王宮を見上げた。淡いブルーを基調にした柔らかな色使いの外壁に、サフランイエローの装飾が美しい優美な建物だ。


 門を潜って更に前進し王宮に到着すると、エステルはボンネットを深く被り直して堂々と馬車を降りた。これがなければ堂々と人前に出ることができない。


(やはり人が多そうね……)


 ボンネットを深く被っておいて正解だった。大勢の心を一気に浴びてしまえば、きっと具合が悪くなってしまう。用心に越したことはなかった。


 コツコツと石畳を進みながら、エステルは半歩後ろを歩くベルナールに声をかけた。


「ベルナール、人はどのくらいいらっしゃる?」

「騎士が三十人近く、両脇に並んでいらっしゃいます」

「そう……ありがとう」


 ちらりと顔を上げ、案内役の騎士の踵を追いかけて進むべき方向を確認する。一歩、また一歩と踏み出し、人の顔を視界に入れぬよう注意を払いつつ回廊を抜けてゆく。


(それにしても……可愛いわね)


 エステルは案内役の騎士の男の尻尾に夢中であった。明るい茶の長い尻尾が、右へ左へ揺れるのだ。彼が振り返るのはきっと王の間に到着した時だけだろうから、遠慮なく視界に入れさせてもらうことにした。


 しばらく廊下を進み階段を上がり案内されたのは、王の控える間であった。扉もなく、開放的な空間だ。王を守るように騎士たちがずらりと行儀よく並んでいる。


 エステルは頭を下げると、開口一番に被り物を頭に乗せたままであることの非礼を詫び、理由を説明した。


『にゃおにゃんにゃん』


 低く、落ち着きのある声だ。顔を上げねば相手の顔が見えない。即ち会話が進まない為、断りを入れた後にエステルは頭を上げて膝を折った。


 視界の先にいるのは、国王と思しき男性と王妃と思しき女性の二人だけで、エステルはほっと胸を撫で下ろす。


「アルリエータ王国より参りました。クレマン辺境伯の娘エステルと申します」

『にゃお──よく来てくれた。長旅でお疲れのところ悪いが、事は急を要するのだ……話を進めても構わないかな』

「構いません」


 父であるクレマン辺境伯とは違い、柔らかな言葉の選び方にエステルは驚く。


『にゃんにゃーん──ボンネットは脱がなくて良い。ここで倒れられてはいけないからね』

「お心遣い、感謝致します」


 玉座に腰掛ける男はハルヴェルゲン国王。銀の髪の間から黒い耳がピンと顔を覗かせ、若々しく品のある男だ。後ろに控える王妃も若々しく美しい。国王は四十代、王妃は三十代程に見える。


『にゃ、にゃん──まずは、礼を。我が国の急な話を受け入れてくれて、本当にありがたく思う』

「滅相もございません」


 なんと腰の低い国王なのだろう。驚いたエステルの目が丸くなった。


 終始穏やかな空気の中、話は進む。──が、背後からコツコツと廊下を打つ音が近づいてきた上、国王の表情が曇り視線が持ち上がった。


 そんな国王の表情を見て、エステルは慌てて頭を下げる。 


『にゃおん、にゃんにゃ……』


 エステルの視界には、男物の靴が映り込んでいるだけだ。頭の上では国王と靴の主がにゃおにゃおと会話を始めたが、顔を上げない以上何を話しているのか全くわからない。


 ──その時だった。


「あっ!」

『にゃおーん!』


 エステルの顎先がぐい、と持ち上げられ靴の主の後ろで国王が叫び声を上げた。


『にゃーお──父上の御前で本当に失礼な奴だ。顔を見せないとは……なんと不敬な女』

「も、申し訳ありません……!」


 男はエステルの首の下のリボンを解き、ボンネットをむしり取る。エステルの顔が露わになり、男と目が合った。


『この女……いや、そんなまさか』


 恐怖で体が震える。目の合った男はかなり身長が高かった。目を見開いて眉を持ち上げ、何やらかなり驚いている様子だ。


(な、何よこの方……それよりも勝手に体に触れるなんて、本当に失礼よ?)


 瞬間、エステルの中で、恐怖よりも怒りの感情が僅かに勝った。このような仕打ちを受けたのは、生まれて初めてだったからなのかもしれない。


「そ……そうやって、勝手に女性に触れるほうが不敬なのではなくて?」


 男の行動に徐々に怒りの感情が膨れ上がってゆく。いつもならば出てこないような言葉がするりとこぼれ落ちた。


『うにゃあ?──なんだと?』


 喧嘩腰な態度に、流石にエステルは苛立った。男の手首を掴んでキリキリと締め上げると、男の手からボンネットが落下し、地面に着地寸前でベルナールがそれを捕まえた。


「わたくしは非礼を詫びましたが、あなた様にそのつもりはございますか?」


 男の真っ青な瞳が不安げに揺れていた。同じ色の艷やかなジュストコールを見るに、身分はかなり高そうだ。


『にゃおーん──ライナス、やめなさい』

『にゃおん?──何故です?』

『にゃいにゃ──彼女が昨日話したエステル嬢だ。事情があって顔を隠していたのだ』

『みゃお?──事情?』


 ライナスと呼ばれた男の首がふと傾げられる。動く角度によって色の変わる、湖畔の水面のように美しいブルーグレーの髪が眩くて、エステルは目を細めた。


 それにしても、顔立ちの整った国王やライナスと呼ばれたこの男たちが、にゃおにゃおと声を上げる様がなんとも不思議でおかしく、エステルの胸からは苛立つ気持ちが消散してゆく。


(笑い声を上げては駄目よっ……)


 堪えれば堪えるほど、頬が引きつる。これは慣れるのに時間がかかりそうであった。


『にゃにゃ──エステル嬢、申し訳ない。これは長男のライナス。あなたには息子の妻として通事を任せるつもりでいたのだが……このような非礼を』

「……いえ」


 妻という国王の言葉に、エステルは耳を疑った。図体も態度も大きいがこの男、エステルよりもかなり歳下に見えるのだ。


(……こんな失礼な人と結婚を?)


 覚悟はしてきたつもりであった。しかしいざ目の前に現実を突きつけられると、動揺してしまうというもの。


 エステルの顔が曇ったことに気がついたのか、国王が少しだけ前屈みになりながら口を開いた。


『にゃお──息子との結婚に気が乗らないようならば、こちらにも考えがあるのだが』

「め、滅相もありません!」

『みゃあ?──本当に?』

「……その、考えというのが何かだけ、お聞きしても構いませんか?」


 聞くだけならばタダだ。態度が不敬だったとしても、エステルの力が必要だと言うのだから、追い返されることはないだろう……と信じたい。


『にゃーお──どうだろう、九歳下のライナスの妻となるか、九歳上の私の公妾となるか。選んでもらって構わない』

「公妾……」


 国王の背後で王妃がニコリと口角を上げる。きっと余裕の笑みなのだろう。


 どちらにしても、これは白い結婚だ。エステルはハルヴェルゲンという国を救う為の道具として、こき使われるのだろう。


(それならばどちらの妻となっても同じ……かしら)


 エステルは国王とライナスの顔を順に見つめる。二人とも深く青い瞳が美しかった。


『にゃーん──申し訳ない。私は妻を深く愛しているので、あなたを妻とすることはできない。公妾としてならば、共に外交に参加することも許されているのでね』


 なるほど、とエステルは小さく頷いた。


『みゃおん──すぐに決めて欲しい、とは言わない。ライナスの婚約者ということにして、共に何箇所か通事として動き、考えてもらっても──……』

『みゃ──父上、お待ち下さい』

『にゃ──なんだ』

『みゃおーん?──私に娶らせて頂けませんか?』


 ライナスがくるりとエステルを振り返り、片膝をついた。エステルの指先を摘み上げると、その先端に唇を落とした。


『うにゃにゃ──君の呪われた力が必要なんだ。私の妻として外交に加わってほしい』

「……え? 何ですって?」


 先程までの態度は何処へやら。これは果たしてライナスの本心か、はたまた偽りか。エステルはライナスの顔をじっと見つめた。


『エステル……やはりエステルだ絶対にエステルだ。この吸い込まれてしまいそうな金色の瞳は唯一無二……! 美しさは変わらないな。まさか再会できるだなんて、夢みたいだ』

「……え?」


 ライナスの心の声に、エステルの眉が寄せられる。


(再会……? わたくし、会ったことがあるの? この方に?)


 こんな見目麗しい男に会ったことがあるだろうか。記憶の引き出しを片っ端から開けてゆくが、目の前で目を輝かせるライナスが眩しすぎて、どうにも集中出来ない。


『ああエステル……本当に美しい』


 剥き出しのライナスの本心に、エステルの顔が熱を持つ。他人にここまで好意を寄せられたのは、初めてのことであった。


『にゃお──エステル、駄目だろうか?』

「駄目とは言いませんが……何故」

『にゃお──やはり覚えているわけがないか……』

「えっと」


 ライナスの黒い耳が前のめりにぺこりと倒れる。あからさまに残念そうな態度に、こちらが動揺してしまう。


『うみゃー!』

『うみゃー!』


 と、背後からの突然の叫び声にエステルは振り返る。それと同時にドレスの足元に飛び込んでくる二人の子猫。


『みゃうみゃう?──お姉さんがお兄様の婚約者?』

『にゃ──違うよ、お嫁さんだよ!』


 可愛らしい子猫──否、半子猫たちは、顔がそっくりであるので、きっと双子なのだろう。


 二人はにこにこと微笑みながらエステルのドレスにしがみついて離れる様子もなかった。




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