21話 闇色の魔女の素顔
魔女が頭を下げる姿に、緊張からエステルは息が詰まってしまった。全国民に呪いをかけるような恐ろしい魔女が人にものを頼むなど、何か裏があるに違いない。
(けれどこの人……心を見た感じでは、悪い人には思えないのよね)
「……見て欲しいものがある」
大きな三角帽子を脱いだ魔女は、それを大きく横に振る。次の瞬間、エステルの視界が闇に包まれた。
「……っ!」
瞬きをした刹那、大きな部屋に通されたことに気が付く。壁も床も暗い赤で、金の装飾が施された派手なものであった。
「ここは……って、殿下?」
エステルの体にくっついていたままだったせいか、ライナスも同じ空間に通されていた。
『にゃにゃ──エステル、僕から離れないで』
「は、はい……!」
ライナスの凛々しい態度に胸が跳ねるが、今はそれどころではないとエステルは首を横に振る。
二人揃って魔女と対峙すると、魔女は先程よりも憂い顔で、背を向けると空間の奥へと進んだ。
「ここはわしの部屋じゃ」
「部屋……?」
「そうじゃ」
部屋の奥へと進んだ魔女は、豪奢な天蓋付きベッドの前で足を止めた。
「見てほしいものというのは……これなんじゃが」
言って魔女は天蓋をはらりと捲る。ベッドの上では亜麻色の髪の少年が布団を被り、苦しげに横たわっていた。
「この子はルカ。人の子で、わしの…………大切な人じゃ」
ルカと呼ばれた少年の顔は赤く染まり、額には玉のような汗が浮かぶ。呼吸は苦しげで、時折唸り声を上げている。
「あぁルカ……」──『このままではルカが死んでしまう……! そんなの嫌っ……』
魔女の顔がくしゃりと歪む。枕元のタオルで汗を拭っては優しく頬に触れていた。
エステルはライナスと目を合わせると小さく頷き、魔女の背に寄り添うように身を寄せた。
「この子の熱はいつから?」
「五日程前からじゃ。この国に滞在していたんじゃが突然熱が出て……全く下がらんのじゃ。わしには医学の知識はなく困っておった」
震える魔女の声は、尻すぼみになって消えた。細い肩ががたがたと震えている。
「魔女様……」
「そちらの男は王太子であろう? 頼む……この子を医者に診せてくれないだろうか? 何でも言うことはきく。だから……お願いじゃ」
頭を下げた魔女を見つめながら、ライナスの顔が険しくなった。
『にゃにゃ──エステル、通事を頼めるか?』
「はい。魔女様、わたくしが通事を務めます。改めまして、こちらはライナス王太子殿下です。わたくしは……妻になる予定の、エステルと申します」
魔女の顔が持ち上がる。エステルの言葉に不思議そうに首を傾げた。
「妻になる……予定?」──『この女、妻でもないのに身籠っているのか? この王太子の子……なのよね?』
「すみません、その辺についてはまた説明しますね」
「そうじゃな、ええと、通事というのは? おぬし、この猫の言葉が理解出来るのか?」──『聡明な女じゃな』
「それは……」
魔女に過去にかけられた呪いについて、正直に話しても大丈夫だろうかとエステルは一瞬不安になった。呪いをかけられたせいで、少なからず魔女のことを恨んでいたし、それについて話すことで魔女との関係が悪化してしまわないかと心配になったのだ。
(けれど、正直に告げないと……話が進まないわよね)
エステルは意を決して口を開く。口の中が乾いて、上手く言葉が出てこない。
「あ……わたくしは……十二年前に、ここハルヴェルゲンで魔女様に呪いをかけられました。相手の顔を見つめれば、その人の心の声を見ることができます」
「……十二年前」──『つい最近か』
「ここにいらっしゃるライナス殿下を、あなた様から庇ったのです。その時に呪いを受けました」
魔女は眉間に皺を寄せてライナスをじっと見つめる。そして何かを思い出したように、ハッと目を見開いた。
「……ああ、その美しい髪、思い出した」──『毎日のように幼子と遊んでいる姿が羨ましくて……呪いをかけたんだった』
「え?」
「あ……そうか、心が見えると言ったな。そういうことじゃ」──『隠し事は無意味というわけだな?』
「そうです」
「我ながら面倒な呪いをかけたものじゃ」──『嫉妬深くて恥ずかしくなるな』
そう言うと魔女は帽子でスッと顔を隠す。
『にゃにゃ──エステル、いいか?』
「はい殿下、何でしょうか?」
『にゃーぁ──魔女殿に伝えて欲しい……我が国の国民達にかけた呪いを今すぐ解くと約束出来るのであれば、その子を医者に診せよう』
ライナスの言葉に、エステルは胸を撫で下ろした。
「はい……魔女様、我が国の国民達にかけた呪いを今すぐ解くと約束出来るのであれば、その子を医者に診せようと、殿下は仰せです」
悪い話ではないはずだ。ベッドで苦しげに横たわる少年は今すぐにでも医者に診せたほうがいいだろう。医学に詳しくないエステルにも、そのくらいのことは理解が出来た。
「ありがたい話じゃ……しかし……それは出来ない」──『すぐにでも解いてあげたいんだけど……』
「で……できない?」
『みゃ──な……何故!?』
ライナスが必死に訴える。魔女に詰め寄ろうとした所を、エステルがライナスの胴に抱きついて引き止めた。
「殿下、お待ち下さい!」
『みゃおん──すまない……取り乱してしまって。しかし……出来ないというのは何故……!』
「魔女様、何故呪いを解けないのでしょうか?」
魔女はエステルに背を向けてベッドに腰掛け、ルカの汗を拭く。冷水で冷やした布を何度もルカの額に押し当てる。
「それは……すまない、単純に魔力が足りないのじゃ」
「魔力?」
「ああ。魔女の魔力はな、術者の幸福度が上がらねば元に戻らんのじゃ。わしの場合、残しておいた魔力が先程尽きてしまった……あの男を猫にしたことによってな」
魔女の機嫌を損ねて猫にされてしまったサルサ伯爵。彼のことを思い出し、エステルは気の毒そうに目を伏せた。
『うにゃ──では、どうすれば魔力が元に戻る?』
「そ……それは……」
「それは?」
魔女の頬が薔薇色に染まった瞬間伏せられた。
「ま、魔女によって様々なんじゃが……」
「ええ」
「わしの場合は……その……」
『みゃあうにうに──勿体ぶらずに教えてくれ。この子を早く医者に診せたい』
「魔女様、早く医者に診せるためにも教えて下さいませんか?」
唸りながらも顔を上げた魔女は、帽子で顔を隠す。その仕草はなんとも可愛らしいものだった。
「わ……わしの幸福度は……美味しいものを食べ、幼い子供とたくさん遊べば上がるはずじゃ」




