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【改稿版】猫耳王子に「君の呪われた力が必要だ」と求婚されています  作者: こうしき


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18話 待ちに待った初夜

 始めは王太子妃になりたいと強く望んだわけではなかった。ただ、この国の人々の為に動くならば地位が必要で、それを自分が担うことが現状としては最善なのだという見解が広がった、それだけに過ぎなかった。


「殿下……力及ばず申し訳ありません」

『にゃにゃ──エステルが謝ることではない』

『にゃお──そうです、根回しをして金を積み、圧力をかけた者たちがいることが問題なのです』


 涙を拭った宰相は、悔しそうに歯を食いしばると、皺の刻まれた大きな手をぐっと握り締めた。


「そうかもしれませんが、実力が伴っていないのは事実です。わたくし、今回の外交で国の人々の人柄を見て、心の底から役に立ちたいと思ったのです。認めて頂けるよう、励みますわ」

『にゃにゃ──エステル、頼もしいな……ん? 外が騒がしいな』


 王宮は広く、静かなのが日常だ。騒がしいのはシャーロットとエリオットが遊んでいる時くらいである。しかし何やら艶めかしい猫の鳴き声が聞こえてくるのだ。


『にゃああ──で、殿下』

『うにゃ──どうした宰相』

『にゃあみゃ──あれを……!』


 応接室の窓を開け放った宰相が、驚いて声を上げた。


『にゃん──あれは一体何事だ……』


 建物から建物に通じる外廊下で、女性の使用人達が男性の使用人達に抱きついて鳴いているのだ。抱きついて柱の陰に連れ込み、顔を舐め回している者や、中にはその場で押し倒している者もいる。


「もしかしてこれは……」

『にゃにゃ──エステル、何か知っているのか?』

「これは──きゃあ!」


 部屋の入口がノックもなく開く。そこには苦しげに肩で息をするアルフを支えるベルナールの姿があった。


「アルフ! どうしたの!」


 エステルが駆け寄ると、アルフの閉じていた瞼がとろんと持ち上がった。色っぽい女性の顔になったアルフに、エステルの胸がどくんと跳ねた。


『うみゃ──うッ……すごく気持ちいい……』

「ベルナール、一体何が……」

「わかんないんです。突然、女性の使用人達が鳴き始めたと思ったら、アルフもこんなになちゃって」──『すごく可愛いんですけどね』


 ベルナールが心の中で人を褒めた後、自分のことも同じように称賛しなかったことが一度でもあっただろうか。


『うにゃ──大丈夫か、アルフ!』

『にゃ──で……殿下ぁっ……』


 苦しげに悶絶するアルフの様子を見て、宰相が気の毒そうに首を横に振る。ライナスに頭を下げて一言二言言葉を交わすと、彼は部屋から出て行った。


「さ、宰相様は何と?」

『うみゃあにゃん──気まずいので退散するとのことだ』

「そうですか……」


 ベルナールの腕から逃れ、床に這いつくばったアルフはどんどん雌の顔になってゆく。それを見てエステルは「やはり」と口を開く。


「これ……もしかして」

『にゃ──何だ?』

「……雌猫の発情期かもしれません」

『うみゃあ──は、発情期?』

「ええ……アルフがくれた本に書いてありました……」


 アルフが用意してくれた猫に関する本に書かれていたのは、今この時期に雌猫が繁殖のため発情期を迎えるということだった。


『にゃおにゃお──それではアルフも、あそこの使用人達も……皆、その、は……発情していると?』

「恐らくは」

『うみゃ──なんと……』


 苦しむアルフにエステルが手を差し伸べようとするが、アルフはそれを振り解き首を横に振った。


『みゃ──だ、駄目ですエステル様……! 私に近寄っては……』 

「でも見ていられないわ!」


 同じ女として、このままアルフを放っておくことはできない。


(何かできることは……!) 


「僕がアルフに付き合いますよ〜!」


 エステルとアルフが声を大きくしている間に入ってきたのはベルナールであった。彼はアルフを軽々と持ち上げると、ニコッと微笑んだ。


『にゃ──ベ、ベル!』

「ベル!?」


 親しげな呼び名に、エステルとライナスは目を丸くする。


「お嬢様、ライナス殿下。アルフのことは僕に任せてください」──『全てお任せあれ!』

「でもあなた、アルフはその……は、発情期って聞いてた?」

「ええ、まあ」──『大丈夫ですよ、アルフとはもう済ませてますから』


 何ともない顔でとんでもない事実を突きつけたベルナールの態度に、エステルは開いた口が塞がらない。


「済ませてるですって!? なっ、なっ……ちょ、ベルナール待ちなさい!」

「お任せあれ〜!」

 

 ベルナールは手をひらひらと振りながら部屋を出ていく。ベルナールの体に巻きついたアルフは、甘い声で鳴きながら彼に体を押し付けていた。


 扉が静かに閉まる。取り残されたエステルとライナスはしばらくの間、開いた口が塞がらなかった。


「ベルナールったら……いつの間に。殿下、うちの者が申し訳ありません」

『にゃん──なに、気にすることはない』

「しかし……」

『にゃにゃん──僕たちも僕たちで楽しめばいいだけだ』


 遠慮もなしにライナスはエステルに身を寄せる。エステルの体に巻きついた腕は、細い体を絡め取って離れない。


『にゃにゃ──エステル、さっきのことを褒めてくれる?』


 サルサ伯爵とのやりとりのことを褒めて欲しいのだろう、ライナスは少しだけ腕を緩めると、エステルに向かって頭を傾けた。


「ふふ、殿下、冷静になれて偉かったですね」


 エステルはライナスの頭を撫でようと身を捩り、腕を捻り出した。黒い耳を後ろからそっと撫でると、ライナスの目が心地良さそうに細くなった。


『にゃう──耳は……駄目だと』

「でも心地よさそうですよ?」

「うにぃにゃ──だから駄目なのだ……襲うぞ?』

「え?」


 ライナスの目の色が変わる。狩りをする獣のようにぎらりと光る青い瞳。


「にゃおん──アルフのアレにあてられたのかもしれない』

「……え?」


 ライナスがスッと迫り、絨毯に映し出される二人の影が重なる。不意に重なった熱く柔らかな初めての感触に、エステルは足から崩れてしまった。


『にゃっ──おっと』

「あ……あ……の……」

『にゃにゃ──エステル、いい香りがする』


 ライナスの鼻がエステルの胸元に迫る。鎖骨に押し当てられた高い鼻は、エステルの胸元の香りを吸い込んで頬を緩めた。


「殿下……あのっ……!」

『うにゃぅ──悪いが今夜、離すつもりはない』


 ライナスの目がとろんと溶けている。しきりに鼻を押し付けてエステルの胸元を嗅ぐ様子は異常に見えた。


「あ……」


 ライナスは遂には唇を押し当て、口内の温かなものがエステルの肌に触れた。エステルの口からはくぐもった甘い声が落ちる。


『みゃおみゃ──そんな声を出されては……こちらが気持ちよくなる……』 


 首元のホックを緩めたライナスは、あろうことかエステルをソファへと誘う。エステルの上にのしかかるライナスの尻尾が、ゆらりゆらりと揺れていた。


『にーにー──待ちに待った初夜だ』

「しょっ……初夜は婚約の後では!? それにここ、応接室ですし、まだ夜では……!」

『みゃうにゃぁ──子を作らねば婚約を認めないと言われたばかりだというのに。何を言っているのだ?』

「けれど……!」

『うにうに──諦めろエステル』

 

 蕩けるようなライナスの顔付き、それに声。おまけにぐいぐいと積極的過ぎて、エステルの胸はドレスの上からでもわかるくらい上下に脈打っていた。


『うににゃにゃ──大丈夫だエステル、怖くない。さ、部屋に戻ってアレに着替えて? そのくらいは待てるから』

「アレ、とは……まさか!」

『にゃおん──そうだよ』


 ライナスの口角がキュッと持ち上がる。この表情から逃れられる自信が、エステルにはなかった。




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