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いざ実食、気づけば恐怖

 

「まぁ………とても食べやすくて、美味しいわ」


 グツグツと煮えたお米を再び水分と共に煮込む。


 お義母様が食べ慣れている調味スパイスと溶き卵を垂らし、出来上がった雑炊風のお粥を一口食べたお義母様が目を丸くする。


 ホカホカと漂う湯気に少し感動している節もある。


 恐らくだが、公爵家と言う身分のお二人には常に敵が付きまとう。


 どういう事かと言えば、それ即ち、二人の命を亡き者にしようと立ち回る勢力により暗殺される可能性があるという事。


 毒殺はその最たる方法の一つだ。


 それを回避する為ならば、作られた食事が二人の前に出される前に誰かしらが毒味をする。


 そんな過程を得て届けられた食事はほとんど冷めきってしまう。


 実際私がお義母様達と頂いた食事も暖かいとは言えない食事だったのだ。


 今回に関しては、料理長のミルヴァさんと共に全ての工程をこなし、私が味付けの確認として目の前で食したことにより安全性が確認されたのだろう。


(まぁ、その時のミルヴァさんの反応にすっげぇびっくりしたんじゃけど)


『なっ……!いけませんナツメさまいくら御自分の手で作ったからと言ってすぐに食べては!!』


 あってはならないが、もしかしたら使用する調味料等にも毒が使われている可能性もあると教えられ流石に少し恐怖した。


 それだけ厨房を任されるミルヴァさんの責任も重たいのだろうと尊敬も覚えた。


「変わった料理だね。ナツメこれは?」


 お義母様が食す雑炊風のお粥に興味を示したお義父様が興味津々といった様子で問いかける。


「これはお米を使った雑炊風のお粥です。お米を少し多めの水と共に鍋で炊いて溶き卵を散らして味付けしたものです」

「ほぉ、これはかの米なのか……!」


 ミルヴァさん含めた料理人達がパエリア式の米を直接焼いて食べる手法しか知らなかった所を見るに、こう言った日本で一般的に見られる米を炊くという文化は目新しく映るだろう。


 味見用にと、お義父様用にも小皿に持ってきていたお粥を差し出すと、暖かい食事に目を丸くさせつつも恐る恐ると言った様子で口に含む。


 瞬間、目を見開きこちらへと視線を向ける。


「うん……うん!これはとても美味しいね。優しい味だ……」

「こんな食べ方もあったのですね」


 にこやかに笑い合いながらお粥を味わう二人を傍目に、私は横に佇むミルヴァさんが先程から気になってしょうがない。


 二人の会話の切れ目を探すような真剣さに、先程のミルヴァさんの言葉を思い出す。


 彼女は、私が異世界である日本から持ち寄った『日本酒』がこの公爵領属する国全体に大きな影響を及ぼすかもしれないと言った。


 それはちっぽけな世界で生きてきた私にとって、大事になりそうな事はどうしても他人事の様に遠く感じる。


「旦那様。少しお話があります」


「………ミルヴァ」


 二人の視線が交わされた同時にこの場に居た他の使用人達が流れる様に食堂から退出して行った。


 皆が退室して直後、食堂のドアから入ってきたのは鮮やかな緑髪と丸眼鏡が特徴なポールさん。


 そしてポールさんの後ろに控えながら共に入ってきたのは黒い燕尾服に身を包んだカイルさんだった。


 カイルさんの手元をよくよく見れば、そこには私が転移と同時に持って来ていた瓶に入った日本酒が銀のトレーに乗せられていた。


 状況的にこれから行われるのは件の話であろう事が伺える。


 自然と強ばった肩に力が入り、思わず自らの服の袖を無意識のうちに握り締める。


「して、話とはなんだ」


 お義父様の厳かな声色が食堂に木霊する。


 先程までお義母様と共にお粥を口にし、仲睦まじく話していた面影が嘘かのよう。


 今は由緒正しき公爵家の当主たらんとする威厳に満ち溢れるている。


「旦那様、こちらをご覧ください」


 この食堂へと入ってきたポールさんが一言そう言うと、後ろに控えていたカイルさんが一歩前へ進み出る。


 お義父様はカイルさんが差し出した()()に視線が釘付けになる。


「……ふむ、これは?」


 疑問を持ったお義父様はその日本酒が入った瓶を持ち上げクルクルと様々な方向から眺める。


 すると、興味を持ったお義母様もカイルさんのエスコートを受け、席から立ち上がり共に眺める。


「旦那様。そちらはナツメ様が異世界から共に持ち寄った『日本酒』という代物です」


 ミルヴァさんが発した言葉にお義父様達は驚いた様に目を見張り、今一度その手元にある瓶を見つめる。


「『日本酒』と言うことは、これは酒なのか!?」

「まぁ……でも色が透明ですわ。まるで純真な真水のよう」


「……その確証はあるのかね?」


 ゆっくりと視線を上げ、先程食堂へとやってきたポールさんへと問いかける。


 ポールさんは自身に身に付けた丸眼鏡を外すと緑髪と同じ緑の瞳を赤く光らせた。


「はい。数刻前、執事長カイル殿から報告を受け私めの『鑑定眼』にて鑑定いたしました。この私、ポール・アサントの名に掛けまして」


 胸に手を当て一礼をしたポールさんを見たお義父様は再度手元に持つ日本酒の瓶を眺め再び口を開く。


「醸造方法は?」

「はい。先ほどナツメ殿が仰っていた手順をミルヴァ様殿経由でカイル殿から」


「!?」


 思わず隣に立つミルヴァさんの方を凝視する。


 さっきの厨房でお米を炊く合間、大して詳しくもなくフワッとした手順を説明しただけなのに。


 あの一回でそれらを覚え、カイルさんに伝えたのか。


 これはただの予想に過ぎないが、この国には酵母というものがあるものの、おそらく此処では名称が違うと思われる。


 異世界って多分そういうこと多い。


 視線に気づいたミルヴァさんとも視線がかち合いパチリとウインクされる。


 悪いようにはしれないから安心しろと、言われているようなそんな優しさが込められていた。


「………ふむ。それは可能なのか」

「成分を解析しこの国にある物と照合した後、代替品もしくはそれ自体があれば九割がた」


 既に説明をし終わって居たポールさんとお義父様は頷き合い、談義へと花を咲かせ始めていた。


 この場に置いてけぼりなのはきっと、その場の勢いに飲まれてしまった私だけ。


 当の本人なのに、状況が分からずワタワタとその場で足踏みをしていると近くへとカイルさんがやってくる。


 銀のトレーを脇に抱え、皺ひとつない燕尾服に身を包んだカイルさんを見上げる。


「これ、は一大事になってしまったのでしょうか……!?」


 私のその一言に紳士的なカイルさんの表情がにこやかになり微笑する。


「えぇ、そうですね……ある意味で言えば一大事ではありますが………」


 ハッと息を呑み込めば、カイルさんに人差し指で制され話の腰を折らぬよう口を噤む。


「寧ろこれはこの公爵領、ひいてはこの国全体の利益となり得る事態になるでしょう」

「…………あの日本酒で、ですか」

「そうです」


 若干納得のできるような出来ないような。


 実際現代日本でも無類のお酒好きの人達や何かに没頭する人達は、それらを得るために生活を削り傾倒している物に対して自身の全てを捧げている人も居た。


 私自身も仕事を頑張る為に、週末のご褒美としてよくクレープなどのスイーツを食していた。


 いわば、お酒は嗜好品であり、価値がある人にとっては価値があると言うのは知っている。


「納得行かないと言う感じですね」

「納得、と言うより実感が湧かない、です」


 ここに来てからまだ一日しか経過していない。


 そう。私は昨日日本から転移して来たばかりの異世界人。


 オマケにド庶民。


 そんな国に絡み付くような大事をしでかしたなど、言葉で聞いても理解するのを脳が自然と拒んでいるのだ。


「この国には嗜好品という物が少ないのです。そしてその中でもお酒は、貴族を始めとした下町の方々の間でもとても人気なのです」


 あれこれと論議を交わしているポールさんとお義父様の方を二人で眺めながらカイルさんが説明してくれる。


 どうやら主に貴族の方達がワインを嗜み、下町の方々が若干品質の落ちたワインやエールを好んで嗜んでいるそう。


「それこそ、今までのお酒とは全くもって違う物が市場に出回るとなったら……大金をはたいてでも買い付ける顧客は必ず居ますからね」


 フフフと笑っているようで若干ゲスそうな表情をしたカイルさんの微笑みに、意外なものを見たと目を見張る。


 この話が本当ならば。


 ワインやエール流通していないこの世界に《日本酒》という全く新しい分野のお酒が出ることによる影響は私の貧相な脳内では計り知れない。


 最早恐怖だ恐怖。


 もう一度大事な事だから言う。


 私はまだこっちの世界に来てたった一日しか過ごしていない。


 多分養子縁組を成されたという事は、百パーセント日本には帰れないのだろう。


 だが少しだけ弱音ぐらい吐いたっていいだろう。吐かさせてくれ。



 平凡だった日本に帰ってアッツアツの白米食べて何にも考えずにふて寝したい!!!!!!!


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