厨房に突入、気づけば調理
トントントンとまな板に包丁が打ち付けられる音が聞こえる。
ここは厨房前。
数人の料理人達がそれぞれの食材と向き合い、一つ一つの料理を作り上げていた。
木製の両扉の隙間から除く今の様は正に泥棒が現場を覗き見るかの如し。
お粥を作ると意気込んだものの、いざ現場に入ろうとすると、本物の料理人達の気迫に圧倒され、素人である私のここに入っていく勇気を削ぎ落とす。
「…………やっぱり止めた方がええかな……素人に器具とか触られたくないよな…?」
さっきの決意はどこへやら大人しく引き返そうかと思った瞬間、中に居た一人の料理人と目がかち合った。
「あぁ!!ナツメ様!!!」
「!?」
扉の隙間から見つめる私に気がついた一人の料理人がこちらへとやってくる。
「え!ナツメ様!?」
「うそ!?何処どこ!?」
その場に居た他の人達もそれぞれの作業を止めてこちらへとやってくる。
こっそり覗いたつもりが、既に厨房の扉の前には多くの料理人たちで埋め尽くされてしまった。
「あ〜……えっ……とぉ………」
さりげなく少人数の料理人に声をかけ、あわよくば厨房を借りようと思っていたのに、この状況。
流石に予想をしてい無さすぎて、咄嗟に降伏ポーズを取りながら目が泳ぐ。
「ナツメ様がお料理をとても美味しそうに食べていらしたとご報告をいただいたんです!!」
「へ?」
どうやってこの場を切り抜けようかと考えていた時、一人の料理人がそんな事を言う。
それを皮切りに、私がテーブルマナーに慣れていない故、鈍足で食べていたのが、お腹がいっぱいでも残さず綺麗に食べてくれたのが嬉しいなどという少し見当違いな感想を頂いた。
いや、本当にただ食べるのが遅いだけで量は適切だったのだ。
まぁ、単純に。貧乏性故あんなにも手間と費用が掛かってそうなお料理を残そうと思う思考が出ていなかっただけなのだ。
でも本当に、私には勿体なすぎる程に豪華な食事だったのだ。
「皆、持ち場に戻りなさい」
「料理長……!」
すると、奥の方から布巾で手を拭いながらやってきたのはベージュの髪を編み込み、お団子にしていたスレンダーな女性だった。
「貴方がナツメ様でございますね?」
「はい!かわ、じゃなくて。昨日からナツメ・エリアルとなりました」
「これはこれは。私はこの屋敷の料理長を務めさせて頂いておりますミルヴァと申します」
深々と頭を下げると、ミルヴァさんに慌てて頭を上げるよう諭された。
まだ自覚はないが、私は一応公爵家の養子となり、実質エリアル公爵家の長女なのだ。
この世界が中世ヨーロッパのような形式なのであれば、使えている屋敷の縁者の方が身分が上な為気が気では無い筈だ。
庶民の心地を知っている私としてもこういう事を相手からされたら大層焦るだろう。
気を付けよう。
「所で、こんな場所へ何か御用でしょうか?」
「はい。実は少しばかり調理場の一部と食材を頂きたいなと思って来たんです」
「調理場を?」
少し驚いた様な表情で問を返される。
それはそうだろう。食事に関してはミルヴァさんを含めた料理人が常駐している公爵家で使用人ではない、お義母様は勿論、ましてやお義父様は厨房で料理をするわけがないのだ。
いや、決めつけは良くないけれども今はそんな話ではない。
とにかく、要は常駐している料理人がいるにも関わらず、私が自らの手で料理を作ると申し出るとは恐らく思ってもいなかったのだろう。
少し考えた様子を見せたミルヴァさんは一度厨房の中を覗き見て閉めかけていた扉を再び開く。
「勿論大丈夫ですよ。ただ、少し不安なので私めがお傍で拝見していても?」
「あ、それは構わないんですが、何せほとんど待ち時間なので凄く暇だと思います」
それに、料理長と言う身分の方が、高々小娘が厨房の端っこで殆どが米を炊き、待っている間中ずっと束縛するのは気が引ける。
やんわりと拒否しようと思っていたが、ミルヴァさんの他の料理人たちを信頼しているから大丈夫と言う言葉で飲み込むしかないと悟った。
既に昼食用の食事の準備に取り掛かっていた厨房は慌ただしく料理人達が動き回っていた為、端から端をすり抜けて使われていない机の方へと移動する。
「所で何をお作りになるんです?」
私の後ろを着いてきていたミルヴァさんは布巾を手に持ってきて、空いている机の上を丁寧に拭く。
「雑炊風のお粥です!」
「ぞうす……?おかゆ………?」
私が言っている事を復唱したミルヴァさんは怪訝そうな表情を浮かべる。やはり、この国にはお粥や雑炊というお米を炊く習慣が無いのだろう。
そう、私が今から作ろうとしているのは、病み上がりで胃が弱っていると勝手に予想したお義母様の為の食事。
お米があるからには病み上がりで私が作るものは決まっている。
雑炊風のお粥だ。
恐らくこの国の食事を食べた感じ、現代日本より少し味が濃いめな為、それを食べ慣れているであろう人達にほぼ無味に近いお粥と言うのは馴染みが無い。
その為、極限まで米を柔らかくし、雑炊のようなしっかりと味がありつつもこってりとしすぎない風味の雑炊を目指す。
まずは、お鍋の確保だ。
不思議そうにこちらを見ていたミルヴァさんに、少し深めの鍋と、食材であるお米と水と卵、そしてお義母様が食べ慣れた調味料を頼む。
この国に日本と同じ様な食材が有るかが分からないので、私の食事で出てきたことにより確実に存在するお米と卵を使った王道の卵雑炊を作る。
暫くして用意してくれた材料達が目の前に揃う。
次いで、ミルヴァさんによって私が身につけている服が汚れないようにとエプロンも、貸してくださった。
確かに思いつきでこの格好のまま厨房に来たが、服が汚れるかもしれないという懸念を失念していた。危ない危ない。
しっかりと腕まくりをし、まずは手を洗う。
早速私流の雑炊風お粥を作る為、提供してくださったお米をすりきり一杯。
ボウルに移して何度か研ぎ、鍋に移し替え、米と同量より少し多めに水を注ぐ。
そして蓋をして約五十分ほど待つ。
「………これで暫く待つのですが、このままここで居座っていても良いですか?」
「………あ!えぇ勿論です」
ジッとお米と水を入れ、火にかかっている鍋を眺め、先程と変わらない不思議そうな表情をする。
「不思議な調理法ですね……」
「これは、私の国では一般的な食べ方でして。少しお義母様に食べていただきたい物があって……」
そう言うと、ミルヴァさんは目を見張り、同時にフッと笑う。
何かおかしな事を言ったかなと思っていると、厨房の何処からか二脚の椅子を持ってきた。
そこに座りミルヴァさんと共に鍋を見つめながらひたすらに待つ。
「あ、そう言えば……」
ふと何かを思い出したミルヴァさんが席を立ち、何処かへ行く途中他の料理人達に指示を出しながら何かを持って帰ってきた。
ミルヴァさんの手元にあった物を見て思い出す。
それは、お墓に備えようと思っていた瓶に入った日本酒と、スポーツドリンクが入った水筒。
カイルさんが預かってくれて以来、ポーチは今朝部屋にあったのは見かけたが、この二つだけ見当たらなかったのだ。
「これをカイルさんから預かっていたんですよ。飲み物のようでしたので、時空停止魔法のかかった冷蔵庫で保管していました」
「へぇ……そんな冷蔵庫があるんですね……ありがとうございます!」
そういえば、スポーツ飲料もミネラルとか何とかが含まれているから病み上がりに飲むのに適している。
幸い、私は水筒に口を付けて飲まないタイプなので雑菌の繁殖などはされていないだろう。
そう思いながらミルヴァさんから受け取る。
「ナツメ様、この透明な物は水なんですか?」
ビニール袋に入った瓶入りの日本酒を見て疑問を持ったミルヴァさんが尋ねる。
確かに一見すれば、ただの無色透明な水に見える。
恐らく、日本酒は現代日本だけでの代物でお酒だとは思いもしていないのだろう。
「これは《日本酒》という私の国のお酒なんです」
「え!?これが………酒!?」
心底驚いた表情をしたミルヴァさんは私に渡った日本酒を見て目を丸くさせる。
「はい。詳しい醸造方法は分からないのですが、確かお米を蒸して麹菌と言う物で麹を作って……お水と酵母?を発酵させるのかな?多分何かが違うと思いますがそんな感じで作られるれっきとしたお酒です」
まぁ、私は飲んだことないんですけど。と一言付け加える。
現代日本では密造酒は立派な犯罪。勿論一般市民な上、お酒を滅多に飲まなかった私はどこかのサイトをちらっと見た程度にしか作り方は分からない。
それでも、この国にはお米がある。もしかしたら日本酒も作り方を一から研究し直せば作れるようになるのかもしれない。
ワインも先人の知恵によって作り出された代物。日本酒も頑張れば作れそうだ。
尚、私には到底無理な話だが。
「…………なるほど、なるほど……」
何かを考え込みながら、言葉を紡いだミルヴァさんは少しずつ表情が険しくなっていく。
「ナツメ様は、ご存知ですか?」
「……何をですか?」
一度席に座り直したミルヴァさんが私と体を向き合わせ至極真剣な表情で問いかける。
「ここ、エリアル公爵家が収める領地の名産品が、葡萄と米である事が」
「葡萄……って言ったらワインも名産ってことですか?」
「ご明察の通り」
ミルヴァさんの言い分がよく分からず、チラチラと鍋が吹きこぼれ無いか確認しつつ考えを巡らせる。
フッと脳内に降りてきた気づきにハッとした。
「ナツメ様………これはもしかしたらエリアル公爵領に。いや、もしかしたら国全体の貿易に、一つの革命を持ってこさせるかもしれません……」
「…………はぇ……」
クツクツと鍋の蓋が動き始めた音を耳で聞き流しながら、その場の状況を飲み込む事で精一杯だった。




