目覚める私、気づけばお米と再会
鳥の囀りが遠くで聞こえ始め、何となく瞼を開ける。
働かない脳内は現状を理解できず、仰向けになって見える見た事ない風景に呆然とする。
寝返りを一つうち、横に目を見やるとそこは大層大きなベッドの上だと理解し勢いのまま起き上がる。
「…………は?」
現代日本では安月給で賄いながら一人、古臭いアパートで暮らしていた。いわば、貧乏寄りの一般人。
睡眠時など畳の上に布団を敷き寝ていた私は、ベッドで寝た事など一度もない。
それが、今の私の状況がどうだろう。
肌触りの良いシーツと布団に包まれ、体を包むかの如く程よく沈み込む天蓋付きベッド。
枕元のローテーブルに添えられていたアロマらしきキャンドルと、カイルさんから貰った小包のポプリ。
そして何より、着た事も無い細かな刺繍を施された美しいネグリジェ。
思わず広いベッドの真ん中で頭を抱え込む。
「……………昨日の記憶が、曖昧……」
昨日といえば、両親のお墓参りの途中でこの世界にやって来た。そこでカイルさんに拾われ公爵と共に王宮に行って聖女の称号を賜り、その後公爵家の養子となって馬車で公爵家に帰宅した。
無事元気になったお義母様とお義父様と執務室で話していてその後…………
お二人のお言葉で号泣寝落ち…………?????
「…………自分ウザすぎるじゃろ……何しとんじゃワレェ……」
ここまで来た記憶が無いということは、誰かしらに運ばれてやってきたということになる。
さぞ面倒くさかったであろうと感じ途端に話の途中で意識を飛ばした事に対してもとても失礼な事だったと思考が追い付き、慌ててベッドから降りる。
フカフカとした絨毯を駆け抜け、装飾が施された扉を開け飛び出した時、思い切り何かにぶつかった。
「わ、だっ……!!」
「なっナツメ様……!?!」
聞き覚えがある声だと感じ、直ぐ様声が聞こえた方を見上げる。
そのぶつかったお相手は黒い燕尾服に身を包んだカイルさんだった。
「あ、カイルさん」
おはようございます。と言葉を紡ぐ前に再び飛び出した部屋へと押し込まれる。
「その様な格好で、何処に行こうと言うのですか……!」
焦りが浮かんだ表情で、手に持っていた書類を脇に抱え、空いた両手で私の両肩を掴む。
その様な格好というのは、この格好のことだろうか……?
これは所謂寝巻きと同等のものなのでは無いのか。
余りにも意味が分からないと言う表情をしていたのだろう。
カイルさんがネグリジェで部屋から出る事は、貴族子女の間ではほとんど下着状態と同義とされている事だとヒソヒソと耳打ちで教えられた。
「……!」
日本基準で、普通に寝巻き用のワンピースだと認識をしていたが飛んだ間違いだったようで、とんでもない事をやらかしそうになったのだと自覚した。
「他の誰かには見られてしまいましたか……?」
「いえ、さっき目が覚めたのでカイルさんとが初めてです」
ほっとしたように息をついたカイルさんを見て、私はとんでもないことをやらかしかねなかったのだと反省した。
◇
「お、おはようございます……!」
「あぁ、おはようナツメ」
クラシカルメイドさんによってコルセットの無い簡易的なワンピースの様なドレスに身を包み、既に執務室で仕事に励むお義父様の元へと顔を出す。
「昨日はその……ご迷惑をおかけしました…」
書類と睨めっこをしていたお義父様は手に持っていたペンを置き、なんの事かと一考し、心当たりを探り当てた。
「いや何、疲れていたんだろう気に病む必要は無いさ」
そう言って席を立ち、こちらへやってきた。優しく右頬に手を当て顔を覗き込まれる。
「痕にはなって無さそうだね……よく眠れたかい?」
「はい……お陰様で」
頬を触られる感覚と自らを気遣ってくれる言葉に擽ったさを感じ嬉しさが募る。
丁度いい、とお義父様が呟き、執務室の明かりを消す。
「一緒に朝食に行こうか」
差し出された手を見つめ、そう言えばそんな時間なんだなと思い出し、素直に頷き食堂へと向かうこととなった。
道中、ぎこち無いながらも話題を振って話してくれる事がとても心地よかった。
「あぁ、それとナツメは今日からあの部屋を使うといいよ」
「! あんな素晴らしい部屋をですか……?」
「あぁ、当然だとも。本当はもっと大きい部屋が良いかとも思ったんだが、カイルが過度に大きすぎるとかえってナツメが遠慮するだろうと言ってね」
どうかね?と問われ正にその通りです、と返せばお義父様はカイルの言う通りか!と軽快に笑った。
驚いて目を見張り、同時にカイルさんの共感能力の凄さに感心した。
(昨日の私の態度で何となく察してくれたんじゃろか……執事長ってすご…)
廊下を歩き、食堂の扉が見えると扉前ではカイルさんが佇んでいた。
「……! カイルさん!」
「噂をすればだな」
お二方共お待ちしておりましたと、丁寧にお辞儀をし、食堂に繋がる扉を開ける。
先に席へと着席していたお義母様の元へとお義父様が駆け寄りそれに気づいたお義母様もこちらへ挨拶をする。
「カイルさん、お部屋の件ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。私の独断での意見だったのですがお気に召したようで何よりです。お召し物もとても可愛らしいですよ」
そう言ってにこやかに笑うカイルさんはとても嫋やかで洗礼されている。
見目の麗しさも加えて、それは驚異的なまでに私の心を鷲づかんだ気がした。
「あ、ありがとうございます……」
現代ではオシャレをする暇もなくただ身体が隠れていれば良いという考えのもと動きやすいスポーティな格好しかしてこなかった。
その為、こんなに愛らしい洋服を真正面から、それも異性の方から褒められたのは人生で初めてかもしれない。
嬉しさと少しの気恥しさに頬が赤くなり、つい、反射的に俯いてしまった。
「さぁ、食事にしよう」
お義父様の一言で、カイルさんに促され、席へと着席する。
昨日頂いた食事と同じく、舌が貧しい私にとってどれもこれもが今まで食べてきた物と比べ物にならないぐらいの美味だった。
ふと、目の前のお義母様の方を見やると、どのお料理にも手を付けておらず、唯一スープだけを完飲していた。
盛り付けられた料理を見るに、幾ら病が治ったとて、寝たきりによりあまり固形物を食べていなかった人の収縮された胃袋に対しては、味が濃く重たい料理ばかりだった。
これでは、病み上がりの胃に負担がかかりまともに食事も取れないだろう。そんなでは治るものも治らなくなる。
ふと、今日の朝食のラインナップを見てみると、ワンプレートの中心に主食として添えられたパエリアがあるのに気がつく。
「!?!」
何故、何も思わずに食していたのだろうか。
よくよく考えてみると、現代日本人の私から見てこの国は所謂、何世紀か前の西洋諸国のような国なのだ。
そんな世界に『米』があるのだ!!
「公しゃ……じゃ無くて、お、お義父様。」
「! どうしたんだい?」
「あの……この国では、お米が盛んに栽培されているのですか?」
「ん?あぁ。国と言うより、我が領地の特産品でね。育てる為の過程が多く難しくはあるのだが、麦と同じように保存が効くからね。重宝しているんだ」
「ナツメはお米が気に入ったのね」
はい。気に入ったというか、もう既にお気に入りの殿堂入りがはるか前から決まっていました。
でも、この話を聞いて一つ分かった。特産品ということは市場にも出回っているのだろう。
つまりは、故郷から離れて一番に恋しくなるのは食だと言うのだから、それについては問題なくなったのだ。
おまけにお米があると言うのなら、お義母様の胃袋を徐々に回復させる手立てが着いた。
せっかく公爵家の家族にしてもらったのだ。
であればとことん、この夫婦の役に立って健康に繁栄して最高に幸せになって欲しい。
手始めに私は、素人ながらも病み上がりのお義母様の為胃袋に優しいお粥を作る事にしよう。




