美少女奥様、気づけば号泣
今日から晴れて我が家となったこのエリアル公爵邸。
現在私は、王宮に出発するまで招かれていた公爵、では無く。『お義父様』の執務室に再び帰ってきた。
先程と違うのは、その場にあるソファに座っている事と、向かい合わせに『お義母様』も座っているという点だけ。
(言葉に表してみたものの、さっきとはえらい違いじゃな………)
お義父様に支えられながら座るお義母様は、髪色と同じ輝くブルートパーズの瞳でこちらをじっと見つめてくる。
とてもキラキラとした瞳は、まるで好奇心旺盛な少女のよう。
「初めまして、ナツメさん。この度は私のお命を救って頂いた事。心より感謝申し上げます。」
そう言ってお義母様は深々と頭を下げ、感謝の念を唱える。
「え!?そんなっ!お顔をあげてくださいっ!」
高貴なお方の謝罪や、丁寧な礼を私自身に向けられるのは些か落ち着かず、思わず立ち上がって静止する。
すると、お義父様までもが共に頭を下げ、改めて感謝を述べられた。
何も私がその花を作った訳じゃなく、ただ転移前に持っていたものをそのまま持ってきていただけだったのだから、お二人の感謝を受け取っていいのかが分からなかった。
ムズムズと落ち着かない心を抑えながら渋々元の位置へと座る。
「それに今日から私達は家族になるのですよ?敬語など要らないわ」
「う、あ。あの、その件についてなんですけども……」
ふと口を開き言葉を紡ぐと、お義母様はジッとこちらを見つめ続け始めた。
(あ、敬語だからか………いや初対面から外すのは中々……)
「その件についてお話が………は、話がある………の……」
「えぇ!なぁに?」
くっ……年下の女の子に敬語を使わずに接するのは普通のことだとは思うのだが、如何せん身分が高いとなるとどうしてもそっちの方が気になってしまってどうしようもない……!
葛藤を抱えながらも、伝えておきたいことだけは伝えなくてはという思いで、再び口を開く。
「あの、私には家族というものが分からなくて………」
「分からない……?」
自らが言い出す言葉が、自分の胸を突き刺すようで、思わず俯く。
「その……私は物心が付いてすぐに両親を無くしてしまったので本物の家族という物が分からないのです」
沈黙に包まれた空間に息を呑む音が木霊する。
「ですので……その、あまり家族が何たるかを知らないのです………」
世界の多くは誰かしら家族を持ち、愛し、愛される感覚を知っていることだろう。
だが、幼き頃に両親を亡くし、人生の大半を血の繋がらない他人との共生生活で生きてきた私にとっては、本物の家族の愛情を知らない。
「そんな私には、ここは………あまりにも勿体ないと………貴方達を見て思ってしまったんです………」
削ぎ落としたい感情を隠す為、手元にあるポプリを握りしめる。
幸せそうに笑っていた二人は輝く宝石のよう。反対に私は宝石の輝きを翳らせる可能性のある不安要素。
長い時の中で自身に注がれていた愛情を忘れ去った。
そんな私がこんな幸せの塊である夫婦のもとに血の繋がらない家族として留まるのは、とても場違いだと思い知らされた。
愛情を忘れた人物が、愛情を育む者達のもとに居座るのは甚だ烏滸がまし……
「勿体ないなんて、自分を卑下するのはいけないわ」
「!」
思わず俯いていた顔を上げる程に、先程とは打って変わったかのような凛とした声色に肩を震わせた。
こちらを真っ直ぐと見つめてくるブルートパーズの瞳は、凪いた濁りのない湖の如き冷静さを象徴するかのよう。
「知らないのなら、これから知れば良い。忘れたのならこの地で共に思い出せば良い、ただ、それだけの事」
とても昨晩まで病床に伏していたとは思えないほどの気高さは、貴族所以のお義母様本来のお姿なのだろう。
「ううむ。どうしたって……そんな事で私達が貴方、いや。ナツメに、失望するとでも思っていたのかい?」
お義母様の隣に座り込んでいたお義父様もこりゃ心外、と言うかのように顔を見合せる。
勿論、このような理由でこのお二人方が失望するなどとは、少しの時間ではあるが人柄を見ていて無い事は感じている。
しかし、私は今しがたこちらに来ただけのただの異世界人。こちらで言うところの身分は平民に等しい。
そんな私が現代日本での生活水準より遥かに上回るこのお屋敷に住まわせてもらうことが、ただただ信じられないだけなのだ。
黙り込んでしまった私を見かねてか、二人は立ち上がりあろう事か私を挟んでソファに座り込む。
「!?!?」
あまりの驚きに身が硬直し、瞳だけが忙しく動かされる。
ふと、体全体が暖かく息苦しくなったと思った時には、優しく二つの腕に抱き止められていた。
「私では母親の代わりにはなれないかもしれないけど、ナツメはもう、エリアル公爵家の家族となったの」
「あぁ。本当の父親だと思わなくても構わない。ただ一つ、我々はナツメの一番の味方だと分かってくれていればそれで良いんだ」
一つ、一つ、心に流れ込んでくる言葉は己の胸を熱くさせ、燃え上がる。
「生まれてきてくれて」
「私達を助けてくれて」
「「ありがとう」」
気づけば、大粒の涙がとめどなく流れ落ち、堪えようのない嗚咽が溢れ、首に回されたお義母様の袖を濡らす。
より一層固く抱き止められた体は緩くほぐれていき徐々に意識が掠れていった。




