養子縁組、気づけば帰宅
開いた口が塞がらないこの状況は本日二度目。
聞き捨てならない言葉が耳に届き、衝撃のあまりそれ以上声を出すことが不可能になった。
「突然の事で驚くのも無理もないであろう」
しかし私とは真逆に、公爵は一切の動揺も見せずその場に居座り続ける。
「よ、養子……ですか」
ようやく振り絞った言葉は先程と殆ど変わらぬワードで、ただ只管に疑問が抑えきれない。
「うむ。先も言ったが、異界からの転移者は法律で保護対象として本来であれば国に保護される事が決まっている」
「国に……?」
この法律が存在すると言うのであれば、陛下の言い分では、少し矛盾が生じている。
国に保護するのであれば、公爵家の養子として私を保護するのではなく、王室で保護する、もしくは、王室庇護下の他の施設などに身柄を移すことが最良の決断だ。
「本来であれば……だ」
妙に強調された言葉に少し違和感を覚えた。
「ただの異世界人は主に教会で保護されることが多い」
「だが、今回に限ってはそうもいかない」
ここまで聞いて、何となく陛下が仰りたいことの意味が分かった気がした。
何の才能もなく、平凡な異世界人であれば、教会に保護されそこで暮らしていける。
だが、今回の私はそこに当てはまる条件の人間では無いから『本来であれば』と言っているのだろう。
心当たりは……………大いに有る。
ゴクリと生唾を飲み込むと同時に陛下が口を開く。
「民の心を掴まんとするその肩書きは、王室が後ろ盾にある教会に身を置くとした時、民間開放されている教会では、ナツメ個人を確実に守れると言う確証が無いのだ」
「そこで私が、我が公爵家の養子になることを提案したんだ」
悩ましげに自身の顎を撫でながら話していた陛下が目を見やると、ここぞとばかりに公爵が告げる。
「公爵家の養子になれば、実質上の家族。民間開放もされず、民の目に付くことも滅多に無く、公爵家独自の騎士団もある為安全も確保しやすい」
教会の神父様による後見人が宛てがわれた暁には、教会で暮らす事が絶対だと言う。
だがしかし、私はただ平凡なる異世界人では無く、今しがた国王陛下により『聖女』の称号を賜ったとこにより非凡となった異世界人。
そんな大それた称号を持つことにより、貧しき心を祈りによって鎮めるものが多い民達にとって私は良いカモなのだろう。
民間開放されている教会では中立機関と言うのもあり、秩序を保つ為の衛兵は居るものの、騎士が常駐している訳では無いのでどうしても危険が伴うのだそう。
「そして何より、我が妻が命の恩人であるナツメ殿を是非家族に迎えたいと望んでいるんだ」
「………公爵の……奥様が?」
おっと、ここで公爵の奥様もとい、公爵夫人の意思が表明されてしまった。
病に伏せって居た奥方様の症状を完治させるほどの効能を持つ植物を持って現れた私は、実質的な恩人。
余程、人の心が無い人で無ければ恩人を危険に晒すことなどしようとしないだろう。
何度も言うが、私は肩書きを貰っただけのなんの力もないただの異世界人。
答えなど最初から決まっている。
所詮、現代日本で何不自由なく暮らしていた人間が、もしここでこの誘いを断れたとして。
一人で常識も文化も何もかもが分からない土地で生きていけるわけが無いのだ。
心の準備は整った。
これは生きるための手段。恐れ多くも公爵家の養子となることは光栄な事だ。
ここは開き直って第二の人生としてまた初めから思い出を積み上げていっても良いのかもしれない。
「…………そのお話。謹んでお受けいたします」
「あぁ、良かった……!マリエッタも喜ぶだろう」
ただやっぱり令嬢暮らしというものは落ち着かなさそうなので、是非とも働きに出たいものだ。
そんな事を考えながら諸々の手続きを踏み中立機関立会いの下、私はエリアル公爵家の養子となり本日からの名前は河合夏夢改め、ナツメ・エリアルとなった。
バタンッと重厚な扉が閉じられたと同時に大廊下でただ一人佇んで待っていたカイルさんと目が合う。
言葉に言い表せられない安心感故、思わず顔が綻びカイルさんの元へ駆け寄る。
「カイルさん!」
「!……謁見お疲れ様でございます」
静かに行われる一礼は優雅で、自分との教養の差を見せつけられるかのよう。
きっと、令嬢方ははしたなく廊下を駆け回ることなどしないんだろうな……
「馬車の用意は整っております」
「あぁ。では帰ろうか我が家へ」
そう言い、公爵はこちらへと手を差し伸べる。
急になんだと思い、一度差し出された手を見つめ、両手で握り返し握手をした。
「グ…………ッ!!!」
何らかの音が聞こえ、気になり音のした方に、目を見やると公爵がもう片方の空いた手を眼前に持って来させプルプルと武者震いしていた。
「え?」
訳が分からず、後ろに控えていたカイルさんの方へ視線を移すと、目を瞑り澄まし顔をしていた。
「…………ナ、ナツメ様………そちらは旦那様からの……エ、エスコートでございます……フッ」
言い終わると同時に口元に上品に手を添え、顔を背け震え出す。
「………えすこーと」
聞きなれない言葉に少しの合間考えを巡らせ脳天に衝撃を受ける。
これがエスコート!!!文化の違いで馴染みが無さすぎて全く意図を理解していなかった!だからこんなにも公爵は笑っているのか!
女性をエスコートしようと思い、差し出した手をなんの意味も分かっていない私が握手したことによって、意味の分からない状態になった。
少し恥ずかしく思いながらも、段々笑いが込み上げてきたのか、カイルさんも噛み殺しながら笑っていた。
先程の澄まし顔もきっと、笑いをこらえる為の仮面だったのだな。
「クククッ……いや、こちらこそ済まないね。ナツメ殿の故郷ではこういった習慣は無かったのだね?」
「…………はい。おっしゃる通りで……」
可笑しそうに目を細め、喉をクツクツと鳴らしながら笑う公爵の表情は先程陛下と相対していた時と比べ明らかに緩んでいた。
やはり、公爵とあろう方でも自身より身分の高い者に対してそれなりに緊張するのだなとしみじみ思った。
・
ギギッと揺れる馬車が止まり、扉が開かれる。
先にカイルさんが降り、続いて公爵が降りる。
一段落したと思い、席から立ち上がり扉へと向かうと、公爵がこちらへと手を差し出していた。
先程教訓を得たばかりなので、その意図を今度は瞬時に理解し、迷わずその手を取り馬車から降りる。
最も、私は転移したまんまの格好で謁見に行った為、令嬢方が着ているようなドレスを着用している訳では無い。
それ故、貧相な私服の私を優美なお姿である公爵がエスコートする様に若干の気恥ずかしさの影響で少しムズムズする。
降りた矢先には、エリアル公爵家が保有する豪奢なお屋敷が目の前に佇んでいる。
養子縁組の手続きを行った事により、先程昇ったばかりだった朝日は高々と昇り、既に数時間が経過していると実感する。
数名程整列された使用人方に出迎えられながら屋敷に繋がる石畳を歩く。
ふと、他に遠くからこちらへとやってくる人の気配を感じ屋敷の扉の方を眺める。
段々と小走りで近づいてくる人影は小柄で、少し遅れたところにもう二つの影が見える。
「いけません奥様〜!」
「いきなり走ってはダメですー!!」
「………お?」
「奥様!?」
聞こえてきた叫びに一瞬疑問を持つと同時に、悲鳴のような声色で反応したカイルさんが直ぐ様こちらに駆けてくる人物の元へ走り出す。
奥様とは、難病に侵されていたと言うあの奥様の事だろうか?
だとして、生活の殆どをベッドの上で過ごしていた人間が歩くはおろか、今現在小走りとは言え、走っているというのか!?
「いやいやいや………え?どゆこと?」
訳も分からず隣に佇む公爵の方に視線を送ると、声のした方をじっと見つめていた。
瞠目した瞳には太陽の光を浴びてキラキラとした光が多く集まり、一筋、二筋と涙が零れ落ち始める。
「マリエッタ……………」
喜びをかみ締めた絞り出すような震えた声で最愛の名を呼ぶ。
「スワン様………」
カイルさんにお姫様抱っこをされ、目の前に現れたのは見る者の目を引くブルートパーズのような髪色を持った可憐な女性。
青白い肌を見るに病み上がりだと言うのがひと目で分かる。
「お、お帰りなさいませ……スワン様…!!」
「あぁ……!マリエッタ!!君の声で名前を呼ばれたのはいつぶりだろう……!!」
公爵が奥様を抱きかかえてひしと抱きしめ合う。お互いがお互い微笑む表情はこれ以上ない幸せを表しているかのようだった。
画角的に邪魔になると思い、直ぐ様手の空いたカイルさんの横へと並ぶ。
傍から見るとこの光景をそっくりそのまま絵画にして残しておきたいと思う程の美しさに見惚れる。
美男美女の最強夫婦がこの公爵家の主。もとい、書類上での私の義両親となるのだ。
なんとも素敵なことなのだろうか。
ただ一つ、気になる事があるとすれば……
「………カイルさん。失礼ながら、奥様はとてもお若く見られるのですが一体おいくつなのでしょうか……?」
「はい。奥様は二年前にエリアル公爵家へ嫁がれて来ました。見た目の通り大変お若く、御歳十八歳になられておいでです」
「じゅっ!?!?十八歳!?!?」
自身が想像していた倍以上の若さに驚愕し、思考が働かなくなった。
確かに見た目相応って言っちゃあそうなんだけど、私より二歳年下の母親………!?
この文言だけ見たら、日本じゃあ昼ドラ一本は作れそうなドロドロの愛憎劇が作られちゃうじゃないか……!
「今、スワン様にこうして頂けているのが夢みたいでとっても嬉しゅうございます……!」
「あぁ。本当に……私もそう思うよ」
年下の母親と認識してしまえば、この光景も完全に大人になりかけの妹が彼氏に甘えているようにしか見えなくなってしまった。
前言撤回。
素敵なのは素敵なことなのだが、このなんとも言えぬとても複雑な今の心境はどうしたらいいんでしょう。




