揺れる道中、気づけば謁見
コトコトと体が揺れるのを感じながらすぐ側にある窓から流れる景色を眺める。
意識を逸らすため移りゆく情景に目を向けながら傍らにある布をぎゅっと握りしめる。
握りしめる………?
「はっ!すみません裾が皺になりますよね!!」
「いえいえ、お気になさらず。お気持ちが和らぐのなら幾らでも」
過度な緊張ゆえか無意識のうちに隣に座って下さったカイルさんの裾を握ってしまっていた。
本来は主人である公爵が乗る馬車には公爵本人とその家族及び、客人が乗るだけであって使用人は他の馬車に乗る事が通例らしい。
そこを私がこれから陛下に謁見に行くと言う緊張と公爵と二人で乗ると言う緊張。おまけにこの状況を奥様が見たらどうなってしまうのかと言う要らない心配までした結果。
馬車に乗る寸前何を血迷ったのか、傍に控えていたカイルさんの腕を握りしめながら一緒に乗りたいと懇願してしまったのだ。
なんと言う奴。
だってしょうがないじゃない。恐怖で気が狂った人間は時折、自分が普段しない様な行動を突拍子もなく行ってしまうものだから。
泥酔と一緒だな。
「うぅ……すみません…………」
そんなこんなで公爵様と同じ馬車にカイルさんも同乗して屋敷を離れる為、わざわざ他の方に代理執事長を任命していらした。
責任がある人を連れ出してすみません。
「まぁ無理もないだろう。ナツメ殿。残念ながら馬車を止めることは出来ないが、落ち着かないようならいっそカイルの肩を借りて一眠りしてみてはどうだろうか」
「え゛」
公爵。トンデモ発言。
いやいや、公爵様がいらっしゃる車内の目の前で堂々と私が眠る??それもそれで如何なものなのでしょう。
「ナツメ様。ご遠慮無くどうぞ」
いきなりの公爵の名案!と言うような声色で繰り出された発言に、当の本人であるカイルさんも何時でもどうぞと言わんばかりに体勢を整えていた。
(えぇ……?どゆこと?もしかしてうちが思っとるよりめっちゃアットホームな関係って事………?)
「や、流石に無理ですね、はい」
遠慮がちに首を振るとスルッと左手を握り込まれた。
吃驚して左手を繋いだ人物、及びカイルさんを仰ぎ見る。
「で、あればこちらはいかがでしょうか」
「?」
「先程よりも更に緊張しておられるようですので、ポプリの香りなど嗅いでみてはどうでしょう」
そう言って握られた左腕を自らの眼前にもって来させるとふと、掌と掌の間に小さな異物があるのを感じる。
ふわっと香ってきたラベンダーのような香りに知らず知らずのうちに強ばっていた方が脱力し、嗅ぎ慣れたラベンダーの香りと手の感触に安心感を覚えた。
・
多くの装飾が施された広く長い大廊下を歩いた先にあるのは重厚な扉。
ここが謁見の間であるというのがひと目で分かるかのよう。
「陛下は大変聡明なお方だと聞き及んでおります」
「あぁ。決してナツメ殿の言葉に耳を傾けない愚王なのではないからな。安心したまえよ」
ちょっとそれ、城の衛兵さん達に聞かれたら不味くないですか??
私の緊張をほぐそうと放ったお言葉は勇気づけられた途端、不敬罪とか大丈夫なのかなと思うものだった。
大扉の前の衛兵と目配せした公爵を見たカイルさんは、一歩後ろへと下がり一礼する。
恐らくカイルさんはこの先へ足を踏み入れることが出来ないのだろう。
勝手にカイルさんを精神安定剤としていた為、若干の不安が湧き上がって来る。
「ナツメ様」
名前を呼ばれ私より背が高く、馴染み深い艶やかな黒髪を持つカイルさんを見上げる。
その先には、にこやかに細められたダークブラウンの瞳が私を見ていた。
「大丈夫ですよ」
あぁ。この人、本当凄い。
私の不安な感情を読み取ったのか今、私が一番欲しい言葉と表情を向けてくれた。
うん。これは確かに気遣いの塊。執事長に任命されているのも納得のジェントルマンだ。
「ありがとうございます」
「ではナツメ殿。行こうか」
カイルさんにお礼を一つ捧げ、公爵の声と同時にいよいよ大扉が開かれる。
謁見室の大きな窓から差し込まれる朝日に包まれた輝かしい空間。
赤いカーペットの両端に整列した騎士様の間を通り、突き当たりの中央に佇む玉座。
そこに鎮座するこの国一番の人物、国王陛下が静かにこちらを眺めていた。
ドッと緊迫感が増し、手汗が滲み出る。
「スワン・エリアル、陛下の招集の元、只今馳せ参じました。」
玉座から少し距離をとった位置で膝まつく公爵に習い、見様見真似で同様に膝をつく。
「うむ。急な召集にも関わらずよくぞ参った。」
朝日に照らされた金髪は輝くプラチナのようにキラキラと私の瞳へと情景を焼き付ける。
「そなたがナツメ殿かね?」
「は、はい!お初にお目にかかります。河合夏夢と申します。どうか夏夢と呼び捨てでお呼びください……!!」
や、やめてくれ………!
私の名前に敬称を付けるんじゃない!
まるで先程の公爵を見ているかのよう。膝まつきながら恐れ多くも物申した姿は陛下にどう写ったのかは分からないが、居たたまれなさ過ぎるのでどうかやめてください!
「では、ナツメ。遠路はるばるご苦労であったな」
「い、いえ。とんでも御座いません。」
面を上げるよう促され、恐る恐るといったように顔を上げる。
「スワンから書状の内容は聞いたかね?」
スワン、と言うと先程公爵が名乗っていたので確実に公爵のお名前。その公爵から聞いた書状の内容と言えば、私があろう事か『聖女』と認められたと言う事に関してだろう。
「はい。そのことに関してなのですが、陛下宜しいでしょうか」
「あぁ。発言を許そう」
言葉を間違わぬ様、伝えたい内容を正確な言葉に変換出来るよう脳内で必死に文章形成を行う。
「私を聖女として認可なさると言うのは、些か早計なのではと思いまして」
「………早計…とな?」
投げ掛けられた返答の声色が少し低くなり少々無礼な言い方になってしまったかもれしないと若干怯える。
大丈夫。大丈夫だ。まだ焦る時じゃない。
カイルさんも言っていた。陛下は大変聡明なお方だと。であれば、これしきの言葉でお怒りになるほど狭量では無いはず。
「これはあくまで私の主観ですが、聖女というのは神の寵愛を受けた清らかな女性の事を指すものであって、間違っても異世界から来た怪しい人物が賜って良い称号では無いと思うのです」
一頻り言い終わった後の沈黙が辺りを支配する。
自らの呼吸音が少しずつ、浅く早くなっていく。
やはり国王陛下に物申すのは不味かっただろうか………?
「ワハハハハッ!!!」
シンとしていた謁見の間に軽快な笑い声が響いた。
他でもない国王陛下が、人目も憚らずに大笑いしていた。
「いや、すまんな。やはりお主は紛うことなき聖女だよ。ナツメ」
この主張をしても尚、称号の訂正は不可能であった。
重責が伴う身分であるが故に自身が発した言葉を軽率に取り消す事が出来ないと言うのもあるのかもしれない。
「聖女というのは何も、神の寵愛を受けた者だけを指す言葉では無い」
「その他にも、神聖な事績を成し遂げた者を聖女と呼ぶ」
「し、神聖な事績」
もう分かって居るだろうと言う様な物言いでこちらの瞳を覗き込むかのように目の奥まで見られる。
「確かにまだ事績と言う事績を残したとは言えぬ状況だが、お主が齎した幻花はこの国の多くを助く可能性を秘めた物だと言うのは、マリエッタ嬢の件で直に証明される」
これまた聞き覚えの無い名前を提示されたが、国王陛下の視線の先を見やれば、喜びを噛み締める公爵が居るのを確認し察する。
「それに加え、己が齎した功績を驕らず謙遜心を持ち合わせている人格は聖女と名乗っても遜色ない。ただ、過剰な謙遜は褒められたものでは無いがな」
その言葉にゾッと身の毛がよだつ感覚がした。
過剰な謙遜。それは一種の不幸自慢に聞こえ、更には私の事を評価した陛下の慧眼を疑っている等と言う一歩間違えればこれこそ不敬罪で投獄されかねない。
完敗だ。
これ以上謙遜しても、意見を述べてもどうにもならない。
最悪首が飛ぶ可能性も加味し、覚悟を決めたならばやる事は一つだ。
「…………本日はこの様な貴重な場に招待頂きました事、心からの御礼を申し上げます」
膝まついた姿勢から再び、頭を垂れ絶対的王者への敬意を払う。
ひと呼吸おき、心を落ち着かせる。
「不肖の身ながら、陛下から賜ったこの称号…………」
……………。
「あ……ありっ…ありがたく頂戴いたします……!!!」
ドッと湧き上がった割れんばかりの拍手が聖女誕生の歓声を助長させる。
緊張と、不安と、重圧でグルグルとしている心身は拍手を体に届く振動としか認知出来ず、何が起こっているのか明確に理解できていなかった。
「これでナツメ殿は陛下により転移者兼、聖女としてこの国に認められました」
「は………はい」
公爵の説明も話半ば。壮大な内容は日本での一般市民として生活していた私にとって余りにも非現実的な感覚だった。
「では、聖女の件とは別にもう一つ」
鶴の一声かのように陛下のお声で一瞬にして静まり返る。
皆さんが静かになるまで三十秒掛かりましたとか無いんだろうなぁ(現実逃避)
「この国には、異世界転移者が保護対象だと言うのは知っているだろうか?」
「はい。カイルさ……っと、公爵家お抱えの執事長様から」
転移した直後、カイルさんによって保護された時にこの国での転移者は保護対象になると教えて頂いたのを思い出す。
「なら、話が早いかもしれないな」
頷く国王と公爵の意図を理解できずにアホ面を晒す。
「単刀直入に言おう。ナツメには是非ともエリアル公爵家の養子になって欲しいのだ」
「ようし?」
「……………………養子!?!?!?」
もう全てが分からない。
聖女の称号を拝命した所までは防御体勢が整っていた。
だが、その先は防御体勢はミジンコも整っていなかった。