かなりの緊張、気付けば招待
血の気が引きながらも、空腹の前では暖かな朝食には勝てぬもので。
傍に控えていたカイルさんに小声でカトラリーの扱い方を教えて貰い、もくもくと食べ始める。
(うぅ………この後どうなるか分からん過ぎて怖すぎるけど……クロワッサンのバターが美味しいよぉ…………)
これが己の最後の晩餐なのかもしれないと思うと余計に味が染み渡り一つ一つ噛み締めるように咀嚼する。
この大きな食堂に私が扱うカトラリーの音だけが鳴っているのもより一層緊張感を感じさせる。
こういう時に、緊張しすぎて豪華なご飯の味なんて分からないとよく言われるが、私の場合は全然そんなことない。
クロワッサンは芳醇なバターの風味が美味しいし、ナイフで切れ目を入れたエッグベネディクトはベーコンとパンに濃い黄身が絡まり非常に美味。
やはり私は図太いのだろう。
「お食事中失礼しますナツメ様。」
「………はい?」
スパイシーなウインナーを咀嚼している途中、傍に控えていたカイルさんから声をかけられた。
返答をする為、頬張っていたウインナーを急いで飲み込む。
「当家の旦那様よりナツメ様にお会いしたいとのことで。」
「旦那様………」
という事は、このお屋敷の一番地位の高いお偉い様……つまりは執事長のカイルさんを始め、ここで働いている全ての使用人さん達を雇っている当主という訳であって。
「わ、私にですか………」
「はい。お食事の後、執務室までお連れするよう申しつかっております」
私が微妙な表情をしたからなのか、慌ててカイルさんが「決して悪いようにするためにお呼びしている訳では御座いません。寧ろその逆で御座います」とフォローしてくれた。
まぁ、でも一市民と思われる(なんならこの国の市民でもない)私にこのお屋敷の当主様がお呼びという要件に逆らう程強固な心臓は持ち合わせていない。
ここは素直に頷いておく。
そうと決まれば、少しペースアップして食事を行わなければならない。
ただでさえまだ半分も食べ終わっていないのだから。
少しペースが早くなった事に気がついたのか、カイルさんは旦那様にも身支度があるので急がなくて大丈夫だと付け加えられた。
「ご馳走様でした。」
手を合わせ、様々な食材と見ず知らずの人間に食事を提供してくれたことへ感謝を述べカイルさんの方へと視線を向ける。
私の視線に気がついたカイルさんはまた扉の前に控えていた他のメイドさん達に目配せをし、私をエスコートし食堂を離れた。
長い廊下を歩いた先にある、他とは少し違う装飾が施された扉の前に辿り着いた。
「旦那様。ナツメ様をお連れ致しました」
「あぁ。通してくれ」
カイルさんの言葉に扉の向こうに居らっしゃるであろうご当主の扉越しで少しくぐもった返事に、ドクドクと心臓が早鐘を打ち始める。
「し、失礼いたします………」
開けられた扉からゆっくりと中へと入っていく。
応接テーブルを挟んだ、部屋の一番奥に書類の山が積み上がった執務机に座っていた当主と思われる威厳溢れるお方。
全体的に横に流された黒髪は顔に添えられた髭と共に綺麗に手入れされていた。
私を見かけた当主様はすぐさま立ち上がりこちらへと歩み寄り、男性らしい大きな両手で握手される。
「君がカイルが言っていたナツメ殿かね!」
「は、はい!河合夏夢と言います!恐れながらそのように呼ばれる覚えが御座いませんのでどうか夏夢とお呼びください!」
対面してすぐにご当主は、小物と同様の私をあろうことか「殿」と言う敬称をつけてお呼びになった。
カイルさんからも様を付けて呼ばれることに対して抵抗があり、直してもらうよういつ言おうか迷っていたところでこれだ。
目上の方から敬称をつけて呼ばれるなど恐れ多すぎる。
「それは出来ないよ。君は、いやナツメ殿は我が妻の恩人になり得るからね」
「………………はい??」
恩人………?変人の間違いではなくて??
何の心当たりもない事柄に対し盛大に感謝されているこの状況に脳内に大量の疑問符が浮かぶ。
目配せを行った当主様に呼応する様に、当主様の背後からメイドさんが姿を現した。
私が共に持ってきていた花束を抱えて。
「ナツメ殿には感謝をしなくてはならない。その事に関しての話をしようと思ってここに呼んだんだ」
未だに状況が理解出来ず、唖然としている時に突然先程私が入室してきた扉が音を立てて勢いよく開かれた。
「公爵!!!!」
「…………え」
執務室に入ってきたのは緑髪を振り乱した丸眼鏡が特徴的な青年と呼べる様な風貌をした男性。
手に持ったトランクケースからは少し書類がはみ出ている。
「あぁ、ポール。いきなり呼んですまなかったね」
ポールと呼ばれた男性は、当主様の傍に控えていたメイドさんが持っていた一輪のダリアを指差し、こちらに視線を向ける。
「こ、この花を貴方様は何処で採取なさったのですか!?」
待って待って待って。今それどころじゃない。当主様が地位の高いお偉い人だと言うのは分かっていた。だけどまさか公爵だなんて思いもしなかった。
そちらの驚きの方が強すぎて、今ポールさんから問われている疑問に数拍遅れて答えた。
「…………ええっと、お花屋さんで買いました?」
「花屋って言うと異世界の花屋だよね!?君の世界はこういう花がそこら中に咲いているのかい!?」
「場所によっては……そうかもしれないですね……でも多分自然に咲くのではなく、交配する事で出来た花かと……」
「!……交配…………なるほど」
段々と近寄ってくるポールさんの顔面に引き下がりつつ、返答する。
私は花に詳しいという訳では無いので、別段この花がどうやって育ったのか、どれくらい栽培されているのかと言うのは全くもって知らない。
交配を行って出来た花なのかどうかというのは自信を持って断言できない。
だが少なくとも道端にホイホイとこんなグラデーションの綺麗なダリアは咲いていないことだけは確かなだけであって、それが正解かどうかなどは微塵も分からない。
「この花はね。この国において、様々な病を治す決めての一歩になり得る幻の花なんだよ」
「病を治す???」
これまた理解するのを拒みたくなるような突拍子の無いことを耳にした気がする。
「君の世界に魔力というのはあった?」
「全くもって無いですね」
「魔力が無い?」「そんな世界があるのか……」と、私の発言が信じられないと言うようにここに居る使用人の方々が呟く。
だが、目の前にいるポールさんだけが、納得と言った表情で頷いていた。
「この世界には空気中に魔力が含まれていてね。育つ草花の多くにもその魔力が含まれるんだ」
「特に、草花の色に呼応した属性の魔力が付与されて属性花と言う花も生み出される」
「属性花……」
ポールさんが手に持っていたトランクケースから束にまとめられた冊子を取り出し、こちらへと見せてくれた。
「そして……先程鑑定させていただいたこちらの花は、四属性の魔力が込められた正に幻と言っても良い花なんですよ!!!!」
目の前に差し出されたカラフルなダリアは心做しか、地球に居た時より少しキラキラとしていた。
これが魔力と言うのであれば、確かに魔力が込められた属性花となっているのだろう。
「これはこの国の革命ですよ!!!付与された四つの属性が組み合わさる事により殆どの病状に対応できる効能が現在の医学で及ばぬ部分を補い、治療する事で数々の難病患者を救う事が出来るのだから!」
「は、はぁ………」
饒舌に語る熱弁っぷりに遂には壁に追い詰められてしまった。
「ポール。ナツメ殿が困っているだろう」
「あぁ、これは失敬。」
公爵に制されたポールさんは咳払いをして一歩下がってくれた。
目の前から掛かっていた物理的な圧からの解放にほっと胸を撫で下ろし、再び執務室の中央に佇む公爵に視線を投げかける。
私がお墓参りの為に買ったカラフルなダリアがこちらの世界にとっての妙薬になり得る代物だったという事は理解した。
だが、先程公爵はこの国の恩人ではなく我が妻の恩人と言っていた。
それが意味するというのはつまり、そういう事だろう。
「我が妻も難病に犯されていてね。完治させる算段が無かったんだが、ポールが調べてきた中で見つけた最良の選択肢がナツメ殿が齎してくれたこの花だったんだ。」
「…………なるほど」
「まぁ、つまりはナツメさんが持ち寄った花がこの国家を揺るがす程の代物だということだ。勿論良い意味で」
「それについては、申し訳ないが、ナツメ殿の許諾無く、既に国王陛下へと知らせを出しているのだ」
「え゛っ!?!?」
私の知らぬ所で既にこの国の一番のお偉い様に伝達されている様は実にシゴデキであるが、私の心の準備もクソもない。
「実は、それにおいての返答が既に手元にあるのだよ」
そう言って公爵は書斎机の上に置かれた開封済みの封筒から一枚の便箋を取り出した。
「ナツメ殿は今この時。我が国の《聖女》として認められ、国王陛下から至急王宮へ登城する様にと貴方様宛ての招待状が届いた」
「え、えぇ!?!?」
トントン拍子に話された内容は、私の予想を遥かに超えた物であり有無など言う間に、これはほぼ決定事項なのだと察する。
これが異世界転移した運命なのかと胃が痛む思いで立ち尽くした。