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不法侵入、気付けば美味しそうな朝食

 

 サクサクと私以外の人が歩く足音が聞こえ始め反射的に音の方へと視線を向ける。


 そこには脚立と道具箱を持ち、麦わら帽子を被った中年の男性がこの庭園に近づいてきていた。


 見た目からして、ここの庭園の庭師なのだろう。


「やっばいっ」


 現地の人に出逢えたはいいが、よくよく考えてみれば、知らない人が突然庭に居るとなるとやはりただの不法侵入した不審者としか思えないだろう。


 少なくとも私はそう判断するね。


 逃げようと思い、背を向けてその場を離れようとした。


 が、後ろには。知らない燕尾服に身を包んだ執事らしき方が佇んでいた。


 彼は目の前にいる不審要素の塊である私を驚いた様に見つめ、こちらへと手を伸ばし始めていた。


「いやぁあ!うちは不審者じゃないですぅ!!!」


 いや何言うてんねん。


 不審者が不審者じゃないと言うのは何かやましい事があったから言う言葉であって。それでは余計に怪しまれる。


 それでも反射的に出てしまった言葉は取り消せるはずはなく、差し出された手に思わず仰け反り脱兎のごとくその場から走り出した。


「ちょっ!お待ち下さい!!」


 唯一の心の拠り所である花束を抱え、必死に駆け回った。




 けど、体力不足の二十一歳が健康的な男性の脚力に勝てる訳もなくあっさりと捕まってしまった。


「うっうっ…………命だけは取らんで下さい……」


 地面に倒され、後ろ手に腕を拘束された私は悪い思考が脳を支配し始めていた。


 ここが本当に異世界ならば、こんなにも手入れが行き届いた庭園と身のこなし軽やかな執事が居る所なんて。

 絶対に爵位が高いお屋敷に決まっている。

 そんな場所に不法侵入した不審者なんて牢に囚われ、目的を吐かせる為に拷問され、最悪…………死ぬ!?


 やだやだやだやだぁあああ!!!


「死にたくないですぅ………」


「っ!?すみません!急にこんな事をされてしまえば、そんな事を思うのも仕方がありません!」

「へ?」


 腕を拘束し私を取り押さえていた手を緩ませ、執事は私を地面に座り直させ目の前で片膝をついた。


「女性に対し大変失礼な行いをいたしました事、ここに深くお詫び申し上げます。」


 燕尾服を着た執事は先程の行動に心からの誠意を示し、頭を下げた。


「え、いえいえ!こちらこそ見ず知らずの人が敷地内(?)に入っていたら怪しいのは当たり前ですよね!」


 そうそう。現代の日本でも物騒になってきた世の中で、自分の家の敷地内に知らない人がいたらそりゃあ誰だって不審者だと思います物ね!


「ご紹介が遅れまして大変申し訳御座いません。(わたくし)はこのお屋敷の執事長を拝命しております。カイルと申します。どうぞお気軽にカイルとお呼び下さい」

「あ、ご丁寧にありがとうございます。私は河合夏夢と言います。」


「カワイ様」

「夏夢で大丈夫です」

「ではナツメ様とお呼びさせていただきます」


 一先ずは、話が通じそうなカイルさんに一番に出会ったことに感謝をしよう。


 感謝の念に浸っていた私をカイルさんは丁寧に立たせてくれた。


「それではナツメ様。突然なのですが無礼をお許しください。」

「はい?」


 そう言われた次の瞬間、腰と膝裏に腕が回され私の体が地面から離れた。


「!?!?」


 これは、可愛い子がやられるお姫様抱っこと言うやつなのではないでしょうか!?


 前触れも無く行われたそれに口出す暇もなく、カイルさんは私を抱えたままスタスタと何処かへと連れて行く。


 通りすがったクラシカルメイドの様なのお姉様に目配せをしたカイルさんは優しくこちらを見下ろす。


「ナツメ様は異界からの転移者様でございますね」

「あ、私の認識が間違って無ければ、多分……そうです?」


 服装からしてきっと。いや確実にここは異世界だろう。


 何せこんなだだっ広い西洋風の庭園が地元にあったら浮きすぎて絶対有名なはずだから。


 おまけに、燕尾服だったりメイド服を着て外を歩く人等、日本では見たことが無い。


「この国では、異世界転移者は見つけ次第、保護対象として丁重に扱う決まりとなっているのですよ」

「ほ、ホンマですか………良かった……」


 取り敢えずは、保護対象として不法侵入した事を罪に問われることは無いという事実に胸をなで下ろした。


 ぐぅ。と安心したのも束の間、今度は緊張から解き放たれた代償に腹の虫が鳴き始めた。


「………………すみません」

「当家はこれからモーニングの時間です。お食事を召し上がりますか?」


「食べたいです」


 自らの腹の虫を聞いたカイルさんは嫌悪の表情を浮かべることなく、寧ろにこやかに笑いながら朝食を提供する様取り計らってくれた。


 こんな知らない土地でもお腹は減ってしまう事に、やはり人間は意外と図太いのだなと感じた瞬間だった。


 思考が朝食の事でいっぱいになりつつある最中、道中で出会う他の執事の方やメイドの方たちに寸分の迷いも無く事細かな指示を出していた。


(やっぱり執事長って凄い役職っぽいなぁ……)


 他人事のような感想を思い浮かべ、勤務先のシゴデキな上司の事を少しばかり思い出した。


 庭園を抜けた先に現れたとんでもなく大きい西洋のお屋敷を前にその思考は直ぐ様吹っ飛び、空いた口が塞がらなくなった。


 美しい建造物の中へと入館し、あれよあれよという間に食堂と思われる場所へと連れられた。

 純白のテーブルクロスが掛けられた大きな机のただ一箇所にカトラリーが置かれている席へ降ろされた。


 え、待って。今思ったけど私お墓参りの途中だったから服装全体が大分汚れている気がする。


 慌てて立ち上がると緩やかにまたその場へと座らせられ、膝の上へナプキンを添えられる。


 どうやら私の服はカイルさんにお姫様抱っこをされている間に魔法で清潔にしてくれていたらしい。


(魔法………本当にファンタジーだなぁ)


 日本との違いをまざまざと見せつけられた気がして最早恐怖とかどうでも良い。


 逆にここまで来ると好奇心が湧いてくるよね。


 コンコンと鳴り響いたノックにカイルさんが、大きな扉を開ける。


 扉から入って来たのは、フードカートに様々な料理を乗せてやってきたクラシカルメイドの様なお姉様。


 フードカートに乗っていたお料理達が、目の前の純白のテーブルクロスの上へと陳列される。


 日本の生活では見たことの無いような豪華な代物に唖然とする。


 唯一分かるとするならば、クロワッサンとエッグベネディクトらしき物だ。

 後者は聞いたことがあるだけで食べたことなどない。


「どうぞお召し上がりください。手にお持ちの花束とお荷物は(わたくし)めがお預かりいたしますね」


 ずっと手に持っていたお供え用の花束の存在を何となく忘れかけ、危うくこのまま食べようとしていた。

 ひしと抱えていた花束をカイルさんが日本酒が入ったビニール袋共々、預かってくれた。


「……………!?」


(うん。花束持ったままどうやって食べるんじゃってね。と言うか、カトラリーってどうするんだったかしら。外側………?)


 目の前にある食事にありつこうとする前に、それを行う為の肝心なカトラリーの扱い方を全く覚えていなかった。


 まぁ、人生で一回しかやった事が無いのだから忘れていて当たり前だろう。

 一生縁の無いものだと思っていたのだからこれは不可抗力だ。


「……………ナツメ様……お食事中申し訳御座いません。少々よろしいでしょうか…?」

「はい?」


 大丈夫です。食事中といいますか、まだ食事前といいますか。


「こちらに包まれた花は……一体何処で採取した物なのでしょうか………??」


 恐る恐ると言った表情で私が異世界転移と共に持ってきた、お供え用にホームセンターで買った花束と私を見比べる。


「えっと………お墓参り用にホームセンター………じゃなくて。お花屋さん?で買った物ですが」


 訳も分からず、ただ聞かれた事への事実だけを述べた。


 すると近くに居た先程のクラシカルメイドの様なお姉様に小さく囁いた言葉にゾッと血の気が引いた。


『旦那様にご報告を』


 え。もしかしてあれですか?


 アメリカの各地では麻薬の一部が合法だったりするけど、日本じゃ全部非合法だよ?的な…………




 この国ではもしかしてカラフルなダリアは国際問題になり得るヤバい植物なんでしょうか!?!?


 大変です!母ちゃんの大好きだった花によって私は今度こそ極刑になってしまうんでしょうか!?!?!?!?

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