第一話
意識が朦朧とする中で、気がつけば彼女の胸に抱かれていた。
多方面から罵詈雑言が飛んでくる中でも、彼女は僕のことを最愛なものを見るかのように笑顔を向けたまま、優しく包み込むように抱きしめてくれたのだ。
――
僕が生まれてきたのは、魔王を倒すためである。
そう言い切れてしまう程に、僕は生まれてからずっとその為だけに動き続けていた。
二百五年四月二日のこと、ある魔族が自身を魔王と称して世界侵略を始めたのだ。
誰一人として勝てぬ魔王の脅威に、人々は怯え、やがて服従することを選んだ。
しかしながら、僕だけは違った。
優しい両親につれられて、僕は魔王の脅威が届かぬ山奥で祖父と共に暮らすことが出来ていた。
そのため、魔王から得る恐怖によって視野が狭くなることはなく、広い視点でその山から思考を巡らせることができた。
そこから見える光景は正に地獄と変わらぬもので、いつの日か誰かが現状を変えなければならないと、ひたすらに思い続けた。
子を助けるために親が魔族によって殺され、妹の変わりに兄がムチを向け、村のために村長が吊し上げられる。
優しい人々が苦しむ姿を見るというのは、ここまで距離が離れていようとも苦痛な物だった。
『誰かが変えるのを待つのではなく……僕が動くんだ』
その一心で僕はその後の人生を全て魔王討伐のために捧げたのだ。
禁忌とされる魔法を用いて老いのない体を手に入れ、三百年にも渡る程の期間を魔法の修行に費やした。
そしてある日のこと、遂にチャンスが訪れた。
魔族の中で内乱が起き始め、魔族内が不安定になる瞬間が訪れたのだ。僕はその隙を見逃さず、魔王に勝負を挑んだ。
三百年を掛けて得た魔法の絶技の数々でも、魔王の力はあまりに強大で、常に僕は劣勢だった。
しかし一瞬のすきをついたことで、何とか相打ちまで持ち込めたのだ。
勝負で言えば引き分けかもしれないが、僕の目的は成せたのだ。そういった意味では僕の勝利と言える。
『我を倒したところで、人類が救われるわけではない。家畜と化した彼らに、希望などありはしない』
魔王は最後にそんな言葉を吐いていた。その言葉は意識が薄れいく中で、酷い程に頭に染みついた。
しかしながら僕は信じている。人類が再び立ち上がる力を持っていることを。
――
そんな最後を迎えた僕だが、何故だかこうして再び目を覚ました……どういった状況だ。何がどうなっている。
「これからよろしくねぇ。ドラゴンくん」
僕を抱きしめる女性は優しい口調でそう囁きながら、頭をそっと撫でてくる。
とても心地よく落ちついてしまうが、そうじゃない。
何が何だか分からずに、僕は咄嗟に辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「何だっけあれって?」
「ドラゴンでしょ、ドラゴン」
「うわーじゃあハズレだね」
周りにズラリといる人々の服装は似たり寄ったりで、恐らく制服か何かなのだろうなと察しがついた。皆似たような年代かつ、まだ若い姿を見るに学生といったところか。
ならばここは学校か何かだろうか。
パッと見たところ教会のようにも思えた建物内だったが、よく見てみれば全校生徒が集う校舎のようにも見える。
それにしても何の話をしているのかと思ったが、周りの様子と話を察するに、どうやら召喚の儀式でもしているみたいだ。
召喚魔法なんて低レベルなことを何故しているのか分からないが、もっと分からないのはドラゴンがハズレだという点だ。
召喚獣の中ではドラゴンなんて大当たりだろう。彼女たちは何を言っているんだ、それ程の知識もないのか。
そもそも、そのドラゴンとやらは何処にいる。先程からいくら周りを見渡しても見当たらないが……。
「アヤミー・クレンジャーさん。召喚の成功おめでとうございます。ドラゴンは育てるのが難しいかもしれませんが、大切にしてあげてくださいね」
祭壇の前に立つ水晶を持った女性。見たところ教師か何かで、生徒たちの召喚のサポートでもしているのだろう。
僕を抱きしめる女性が相手に返事をする。
彼女はアヤミー・クレンジャーというのか、綺麗な名だな……って、ん? いや、待て。それよりも彼女が返事をしたということは……つまりはまさか――
思考が纏まらない中で、ふと大きな鏡が視界に入った。そこには僕を抱きしめる彼女の姿と、ドラゴンの姿が確かに映っていたのだ。
なるほど……どうやら僕は、ドラゴンとして生まれ変わり、彼女に召喚されたみたいだ。