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05:傭兵と魔術師

更新が遅れました~

またゆるっと書いていきます。

よろしくお願いします。

 団長室に戻ったロアは積み上がった書類を無心で捌いていた。報告書の確認、訓練計画、人員計画に資金繰りの草案、そして「上」からせっつかれている報告書の作成。

 それぞれ内容を確認してサインをし、ものによってはリジェクトの判子を押す。無心で作業を続け、書類の山が3分の1になった時だろうか。ドンドンドン、と遠慮のないノックの音が響く。

 入れ、と許可を出す前にもう扉が開いていた。ロアに対してそんな事をできるのは、この部隊においては1人だけだ。

「おはよう!ロディ」

「……ドアは許可が出てから開けるもんだぜ」

「出る許可を待つ必要がどこにある?」

「マナーってもんを知らねぇのか……」

「知った上で無視しているのさ」

 悪びれもなく言い切った侵入者の名はレオファルディス。ロアとはかれこれ10年の付き合いになる魔術師で、グレイハウンド傭兵団では魔術師部隊の隊長の立場にある男だ。金髪碧眼に、文官が着るようなスーツを身にまとう姿は魔術師、というよりおとぎ話の王子様のような印象を与える。だがその中身は筋金入りの魔術オタクで戦闘フリークだ。どうしてレオといいアステルといい、俺の周りにはこんなやつばかりなのだろうとロアは自然と力がこもる眉間を軽くもんだ。

「……んで?要件は」

「例のポーションの解析が終わった。私に何か言うことはないかな?」

「……ドーモ。で、結果は」

 レオはやれやれと肩をすくめると、ポケットから緑のポーションが半分ほど入った小瓶を3つロアの目の前に置いた。小瓶にはそれぞれ濃い群青のインクでLot78、Lot94、Lot100、とタグがつけられていた。

「早漏は嫌われるよ、ロディ」

「うるせぇな、さっさと話せ。遅漏は嫌がられンぞ」

「情緒がないな、全く」

 爪の先でロアの机を叩いたレオはずい、とロアに顔を近づけるとにんまりと笑った。

「報告の前に一つ聞きたいのだが。このポーション。誰が作った?」

「言えねえからわざわざテメェに頼んだんだよ」

「だろうね、本当に詳細が知りたいなら王城の錬金術師連中に頼んだ方が確実だ」

「何が言いたい」

 ロアは報告書の筆を止めるとインクが滴るペン先をレオに突きつける。眼球すれすれまで近づくペン先に怯えるどころか、目の前の男にとってはどこ吹く風で、すいと手をどかされてしまった。

「おお怖い」

 おどけたように両手を上げたレオは右手の指を弾き、軽快なフィンガースナップの音を団長室に響かせた。音に合わせてパッと現れたのはブルーの液体が詰まった三本の小瓶。ペールブルー、スカイブルー、そしてネイビーブルーの液体。その瓶を見てロアはひくり、と頬をひきつらせた。見覚えのある色味の液体、アステルが塔の一階で無人販売しているポーションと酷似しているそれ。

「これは星見台で売ってるポーションなんだけどね、ロディ?お前も知っていると思うけど」

 ロアの想像通りの代物であった。

「……まあ、たまに使ってっからな」

「ああ、実に高性能かつ安価!ウチでも世話になっている団員は多い。かくいう私もね。……ところで。往々にして!職人が作ったものというのは、何であってもその職人本人の傾向や手癖という物が出てくる。まして同じものであるなら猶更。そうは思わないか?」

「……何が言いたい」

 大方の核心を掴んでいるだろうに、じわじわネチネチと周りを切り崩していくこの態度。腹立たしいったらない。なんでこんなのと俺は10年も友人をやっているのかと、ペンを持つロアの指先に力がこもる。ロアの苛立ちもなんのその、芝居がかった手つきでネイビーブルーのポーションをずい、と押し出したレオは意地の悪い顔で言った。

「往生際が悪いな、ロディ。君が解析を依頼してきたハイポーション、星見台の錬金術師が作ったものだろう。違うか?」

 パキ、とロアの手の中のペンにひびが入る。レオを見上げた深いグリーンの瞳が剣呑な光を湛えて突き刺さる。

「だったら、なんだ」

「おや、こんな神腕ポーション職人が二人も三人もいたら怖いなぁ、って」

「……遺言はそれだけか?」

 立ち上がったロアの手に剣は無く、本気の殺意は感じられない。しかしこのまま言葉遊びを続けたなら確実に骨の一本や二本は持っていかれそうな空気を纏っていた。

「おお怖い。でも事実だよ、ロディ。こんなの専門家じゃなくてもすぐわかる。お前が何をしたいのかは知らないが、情報を渡す相手は良く選んだ方がいい」

 レオの言葉にチッと舌打ちをしたロアはどっかりと椅子に座り込む。レオが右手の人差し指を上に持ち上げるように動かせば、きゅぽん、と緑のポーションの栓がはずれ、中の液体が重力に逆らってゆっくりと浮かび上がる。くるりと回る指に合わせるように、ポーションは空中で渦を巻いて水球を作り上げた。

「選んだ上でテメェだ。……で、何が分かった?さっさと言え。嫁に歯が折れた言いわけなんてしたかねぇだろ」

「はー、本当に情緒がない。それじゃ、何から知りたいんだい?」

 レオの指に合わせてコポコポと移動するそれを眺めながらロアは答えた。

「それが量産可能かどうか」

「無理だ」

「……即答かよ……。理由は?」

「技術的に無理、ほぼ不可能」

 そもそもお前はさ、と言いながらレオは左手の人差し指をすい、と動かす。青いポーションがしゅるりと瓶から飛び出して、緑のポーションと絡みつくように動く。ぐるぐると渦を作り、ぱ、とレオの指先によってきれいに分けられる。

「ポーションについてどの程度知っている?」

「飲むかかけるかすりゃあ傷が治る」

「OK、なんも知らないんだね」

 呆れた様子を隠しもしないレオは浮かべていた青いポーションを小瓶に戻すと、ピっとロアを指さした。

「前提として。ポーションはエネルギーの塊だ」

「ああ」

「普通なら怪我が治るのに何か月もかかるし、食事や睡眠で少しづつ体の補修をしていく。それの段階をポーションは全てすっ飛ばして修復してしまうわけだ。……つまり、数日、下手したら数ヶ月分かけて作りだすエネルギーを一気に補給し、肉体を修復するという複雑な作業に使う、ということになる」

「ああ、……なんだっけ、錬金史で聞いたような気がすんな」

 やったとも、と軽く答えたレオは緑のポーションをすいすいと動かしながら言葉をつづけた。

「で、ロディが持って来たこれは四肢欠損、内臓壊死もなんとかできるウルトラスーパーポーションなわけだ。……どのくらいのエネルギーが詰まってると思う?」

「……なるほどな、数年か、数十年か、あるいはもっと、ってところか」

「正解。そんなエネルギーを持ってる素材なんて早々無い。金に糸目をつけなければ作れないことは無いとは思うが」

 不死鳥の涙とか、赤龍の心臓とかそのあたりじゃないか?とレオが指折り数えてあげていく素材はどれもこれも過去数百年の間で目撃例があるかないか、というような伝説の生き物ばかりだった。

「無理だろ、そんな素材」

「そう、けどこのポーションはそれを可能にした。レア素材を一つも使わずに」

「……できんのかよ、そんなこと」

「理論上は。やってることは至極単純だ。単体では効果が生まれにくいが、かけ合わせることで大きなエネルギーを生む素材同士を組み合わせてるに過ぎない」

 その言葉を聞いてロアの脳裏によぎったのは、もはやお決まりのように繰り返されるアステルの爆死未遂案件だ。

「そのエネルギーってのは……」

「有体に言えば爆発力とかその辺だろうね。素材分析をして驚いたよ、かけ合わせるなと教科書に赤文字で記されている素材がこれでもかと詰まっていた。……それをこの量までに凝縮し、効果を正しく閉じ込め、安定した状態で保管する。まさに神業だよ、ロディ。山一つ分の雪崩を針の穴に通して小瓶に詰めるような所業だ」

 毎回アステルは何かしらの鍋をかき回しながら死にかけていた気がするが、その原因がようやくわかった。爆発は起こるべくして起きていた、という事だ。レオの指先で遊ばれていたポーションがギュウ、と圧縮され緑の雫がボン!!と爆散するように広がる。

「で、どうするんだい、ロディ?」

「ああ?」

「こんなものを持ってきてわざわざ量産できるか、なんてどう考えても訳ありじゃないか」

「だろうな」

「一人より二人、だろ?ロディ。教えてくれよ、お前の悩みをさ」

 チッとロアは苦々しい顔で舌打ちをした。レオの顔はいかにも心配しています、という顔だが唇の端が吊り上がりそうになるのをこらえるために、顔面に力が入っている。

「嘘つけ、好奇心オンリーで言ってんのは分かってんぞ」

「はは、好奇心オンリーでも私はきっと役に立つよ」

 ロアは盛大にため息を吐いた。革張りの椅子の背もたれに全身を投げ出すようにして天を仰ぐ。どうして俺の周りにいる奴はこんな奴らばかりなのだろうか、と。

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