04:錬金術師と傭兵
更新が遅れました…!またのんびり続けていきます。
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麓の町は王国内でも三番目に大きな町で、大きな街道がそばを通っていることもあり常に活気に満ち溢れている。街を囲む城壁は大きく開かれており、馬車用の出入り口と人間用の出入り口の二つがある。門から続く通りは職人たちの工房が密集しており、鍛冶場の槌の音や機織りのにぎやかな音が絶え間なく響いている。そのまま通りを進めば市場街にたどり着く。魔法道具や武器、日用品、食料品などの店が立ち並んでいる。商人や職人たちを束ねる商業ギルドや職人ギルド、傭兵ギルドの建物も同じ通りにあるのだ。
ロアが大きな剣の紋章を掲げた傭兵ギルドの扉を引くと、ガロン、と重たいドアベルが音を立てる。室内は薄暗く、ひんやりとした空気が流れていて、どこか毛皮のようなにおいが漂っていた。
正面には受付があり、一人の青年が退屈そうな顔で座っている。左の壁には仕事の依頼文、右の壁には所属している傭兵団や、傭兵の戦歴や依頼料が示された名簿リストが所狭しと張り付けてあった。ロアはそのどちらにも視線をやることなくツカツカと受付の青年、フーゴの下へと足を進める。
「こんにちは、ロアさん。仕事はあっちですよ」
やる気のない顔で依頼が貼り付けられた壁を指さすフーゴにロアはフン、と鼻を鳴らす。
「あれ整理すんのがお前さんの仕事だろ」
「……ハイハイ。で、ご用件は?いつもの噂話ですか?」
「ああ、なんか面白い話があったら教えてくれや」
「酒場で聞いた方がましだと思うんですけど」
「ハハ、酒場よりましだから聞いてんだよ」
フーゴはハア、と息を吐くと羽ペンで名簿の先をトントンとつつきながら話し出した。
「噂っていうか。変な客が最近来るようになった話とかどうですか。……浮浪者の子供です」
「アア?ガキがここに?」
「ええ、人を探してくれと。友人がいなくなった、とここ一月で……5人は来ましたね。掲載料も依頼料も払えないので門前払いでしたが。なけなしの銅貨を握って」
淡々と話すフーゴにロアは顔をしかめた。傭兵家業も傭兵ギルドも楽じゃない。金を出せばいい傭兵を直接雇えるし、金が無ければ新人や実力不足の傭兵を雇うことになる。あの掲示板だって金が無ければ仕事の依頼文は乗せられない。
「にしたって…ガキが傭兵を雇おうなんざ相当だろ。そういう人探しとかは騎士連中の領分だと思ってたんだが」
「門前払いだそうです。……まあ、貧民の子供がいなくなるなんてよくある話ですからね」
「……気分の悪ィ話だ。……で、ほかには?」
「他に…、これ以上は情報料取っていいですか?」
「だったら裏取りまで依頼すんぜ、いくらだ?」
ニヤ、と笑って財布を取り出したロアにフーゴは大きなため息をついた。
「結構です。……、で、他。他ねえ…」
「何でもいい。下らねえ話でもな」
目を閉じてフーゴが記憶を掘り返している様子を横目にロアはクァ、と大きなあくびをした。朝一でアステルの様子を見てきたのでまだ少し眠い。と、フーゴが顔を上げた。
「……そうだ。最近、猫がいないそうで。マルゴーさんが言ってましたよ。ギルド周辺を縄張りにしてた猫たちもとんと姿を見せないので猫好き達が嘆いていましたね」
「猫か。へぇ、あいつらの何がいいんだろうな」
「さあ、私は犬派なので。気まぐれで、振り回されるのがいいのだとか。理解できませんが」
「………………そうだな」
即座に同意の言葉を返せなかったロアはフーゴの胡乱な視線を遮るように手をひらひら振って、もたれかかっていた受付から身を起こした。
「いい話が聞けたよ。今後ともウチをよろしく」
「……、次は飲み物の一本ぐらい奢ってくれると嬉しいですね」
「わーったよ、リンゴジュースでいいか?」
「大人のぶどうジュースでお願いします」
「勤務中だろ」
「勤務後に飲むので」
来たときと同じように、ガロンと大きな音を立てる扉を押し開ける。薄暗い室内から一転して、雲一つない空は高く、日差しが目に刺さるようだった。目を細めたロアは傭兵ギルドを後にすると、街はずれ、西の城壁の方へと足を向けた。西側はどちらかというと所得が少ないものたちが住んでいる区画で、治安はあまりよろしくない。酒場や娼館と言った夜の店も立ち並ぶ区画で、昼間は静かなものだった。
その片隅にロアが所属する傭兵団「グレイハウンド」の拠点があった。
ちなみに反対側、つまり東側は職人街でも商業街でもなく、行政区画がある場所だ。戸籍の登録や変更をする公証人役場、信仰の中心である教会、騎士団の詰め所など、街の心臓となる機関が集まる一角だが、ロアがそこを訪ねる機会はあまりない。
グレイハウンドはこの国でも最大規模の傭兵団で、常に40人前後の傭兵たちが所属し、様々な依頼をこなしている。大規模なキャラバンの護衛から、時には戦時の臨時戦力として雇われることもあった。傭兵ギルドにもその名を連ねており、名の知れた傭兵が所属を志願することもあったが、大概は門前払いされるため入団方法が謎な事でも有名な傭兵団であった。
グレイハウンドの拠点はその名が示すような武骨な石造りの建物で、中庭は広い訓練場になっている。宿舎や医務室も兼ね備えたそこに常駐している者は多く、未婚の者は大半が宿舎で生活をしていた。風に流れて団員たちの訓練の声がかすかに聞こえてくる。
「おはようございます!ロアルディウス団長!」
「ああ」
入り口で敬礼する警備の団員に片手をあげて応じる。ぎい、と押し開けられた扉を気に留めず中に入れば、ロアの姿を見つけた者たちからの挨拶が四方八方から飛んでくる。それらに軽く反応を返しつつ、ロアは足早にロアの部屋――グレイハウンドの団長室へと足を向けた。…最近、アステルのところに行く習慣が出来たせいで、仕事が少し滞っていた。団員たちに疲れている姿を見せるわけにもいかず、ロアは――グレイハウンド傭兵団の団長、ロアルディウスは内心で深いため息を吐いた。