03:錬金術師と傭兵
アステルの風呂、あるいは洗浄作業を終えたロアはびしょ濡れのまま風呂場を出ていこうとする後ろ姿にバスタオルを投げつけた。そのままアステルの髪の毛を乱雑な手つきで拭いていく。この無駄に長い髪から水分を取ればこちらのものだ。手の下からくぐもった文句やうめき声が聞こえるが、そんなの知ったことではない。
「おら、終わりだ。さっさと服着てこい」
「……」
バスタオルから覗く金の瞳はじと、と半目になっていて随分ともの言いたげであったが、言葉にすることはやめたらしい。ぷいっとアステルはそっぽを向くと、部屋の隅に置かれた木製の籠からシャツを引っ張り出している。クローゼットなんて洒落たものはこの塔にない。アステルが服を適当な籠に突っ込んで管理していると知ったときは、その手があったか、という気持ちと人として終わりだな、という気持ちが同時に沸き上がったものだった。
ここ最近、あのシャツを毎度毎度洗濯して籠に補充してるのがアステルの使い魔ではなくロアだという事にアステルが気づく日は来るのだろうか、と思ってまあ来ねえだろうな、とロアは結論づけた。
本当は使い魔に丸投げしておけばよかったのに、洗濯方法があまりにも野蛮かつ大雑把で見ていられなくなったのだ。沸き立った鍋に洗浄液と服を突っ込みぐつぐつと煮る。確かに清潔にはなるが加減を考えず長時間ぐらぐら煮ているので普通に繊維が傷む。加えて、以前作りかけのスープでその「洗濯」をやられたためもう自分でやった方が速いし心労も減るだろう、と手を出した。というか出してしまった。それ以来、洗濯がロアの仕事に追加された。
ロアは食器棚から割れてないマグカップを二つ取り出し、飲み水でいっぱいに満たす。井戸からくみ上げたそれは未だひんやりとしていて、旨い。乾いた喉に染み渡るそれに、ああ、喉が渇いていたのだと遅れて自覚する。
「アステル」
「……ん」
服を着て戻ってきたアステルにもマグを手渡した。アステルもまた、喉が渇いていたのだろう、ごくごくと勢いよく水を飲むアステルの口の端からはだぱ、と水が垂れてシャツに盛大なシミを作る。
「あ、」
3回に1回はこんな風に水の量を見誤ってこぼしているので、本当にこの生き物は生きるのがヘタクソだな……とロアは毎回感心していた。口をごしごしとぬぐうアステルからマグを受け取ると自分の分と一緒に濡れ布巾で洗ってしまう。
マグを食器棚に片付けたロアはアステルの方に振り返ると、ぴっと親指で冷える戸棚――もとい「ひえひえくん3号」を指さして言った。
「アステル」
「なんだい」
「ポーション1本貰っていいか?金は払うぜ」
「構わないよ。使用感を教えてくれるなら代金なんて不要だとも。で、前あげたやつは使ったのかい?どんなかんじだった?どこ吹っ飛ばしたんだい?」
紙とペンを呼び出したアステルがキラキラと目を輝かせながらずい、と身を乗り出してくる。ロアの服をひん剥いて検証しかねない勢いだ。
「使ってねえ。使う前に消費期限が来たんだよ。ウチにはこの冷える戸棚ねえしな」
「なんだい。そうかい。……まあ別にいいよ。お金は」
むす、と表情を不機嫌なものに変えたアステルは空中でペンをぐるぐる回しながら唇を尖らせていた。
「毎回それだろ。採算はいいのか」
「別に。君に世話になってることぐらいわかってるとも。君が勝手にやってることだけど」
「そうかよ。なら、ありがたく貰ってくぜ」
アステルの言葉に、ふ、と知らずロアは笑みを浮かべていた。冷える戸棚を開けると、中にはずら、と並んだ大量のポーション。
「で、どれならいいんだ?」
「持っていくならロット100から120にしておきたまえ。治験済みだから。120以降は効果が強い分副作用も強い。使ってくれても構わないけどね」
「ああ、わかった」
ロアは110、と書かれたポーションに手を伸ばし――手に取ったのは、その横、130と書かれた小瓶であった。それをスラックスのポケットに素早くねじ込む。ロアは足早に戸棚から離れると、椅子に掛けてあった黒い外套を羽織って剣を腰に下げる。もう少し塔での仕事を済ませて置きたかったが、ロアの「本業」は別にある。
「俺は行く。ちゃんと飯食えよ、アステル」
「……んー」
間の抜けた生返事を返しながら、アステルはロアを一瞥もせずにラボへと続く扉の向こうに消えていった。もう頭の中は新しいアイデアや実験の改善案でいっぱいなのだろう。アステルの背中を見送ったロアは軽く息を吐くと反対の扉――塔の階下へと続くものへと足を向けた。
塔の外周をなぞるように配置されたらせん階段をぐるぐると下りていく。二階の物置スペースを抜け、1階フロアへと続く重い木製の扉を押し開ける。
塔の一階は玄関兼応接室兼店、と言ったところだろうか。革やら布やらでつはぎだらけの長いソファが一対、向かい合うようにして部屋の中央に置いてある。壁際には本やらがらくたが無造作に置かれており、ロアが来るたびに減ったり増えたりしている。そして最も目を引くのは玄関近くに置かれた大きな箱型の道具だろうか。その道具――ポーションうるうるくんはつまるところ無人でもポーションの売買を可能にする装置だそうで。売っているのはアステルが吹っ飛ぶたびに使うような規格外のポーションではなく、効果を一般的なレベルまでにグレードダウンしたものだが。その売り上げで生活費や研究費を稼いでいる、と以前アステルが言っていた。
並んでいるポーションは1級、2級、3級と3つのランクがあり、1級は金貨2枚とそれなりに値が張るが、致命傷以外なら大概の傷や病気がどうにかなる優れものだ。さすがに失った四肢の再生には力不足だが。2級は銀貨3枚、3級は銅貨5枚と値段相応の効果が得られる。
ロアはいつも通り、1級ポーションを購入しようとしたのだが、コインの投入口がふさがっている。どういうことかと本体を叩けば「ウリキレ!!ウリキレ!!」とどこかアステルに似た声で販売機が喚きだした。
「珍しいこともあるんだな……」
ここの売れ行き商品は2級ポーションだ。次点が3級。1級も売れるには売れるがなんせ値が張る。金貨2枚はそこそこでかい。とはいえ売り切れならば仕方がない。
2級ポーションを購入したロアは塔を後にして、麓の街へと足を向けた。
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