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31:決闘

 うんざりしたようなロアの声が、大歓声にかき消される。

 ブルータルとロアのいざこざに静まり返っていたギルドが「決闘」という言葉に一斉に沸き立った。


 傭兵ギルドには血の気の多い人間が集まる。

 当然だ。誰も彼も暴力を生業にしているのだから。そうなれば、些細な小競り合いから殺傷事件につながる事だって珍しくはない。傭兵の命は、誰にとっても軽いのだから。


 だが、それで困るのはギルドの方だ。所属している傭兵がつまらない理由で減ったり使えなくなったりするのを避けるため、彼らは「決闘」という場を用意した。ルールは先ほどの女性が言った通り、武器と魔法の禁止。たったそれだけ。


 勝者は敗者にギルドの立ち合いの下ではあるが、ある程度の要求を認めさせることが出来るというメリットがある。敗者は色々と失うことになるが、ギルドの立ち合いがあるので度が過ぎた非道な仕打ちを受けることもない。


 そして、その「仲裁」を行うギルドはその対価として決闘を興業にする。要するにギャンブルだ。これが意外と大きなギルドの収入源になっている。そういう小競り合いは同レベルのものたちで起きるので、いい勝負なるのだ。明らかな格上や高名な傭兵にわざわざ喧嘩を売るような奴は少ない。


 そして、グレイハウンドに所属してるため、ギルドでの個人としての仕事の実績がないロアはこの場おいて完全に無名の傭兵だった。


 気づけばロアとブルータル、そしてその取り巻き二人の四人の足元に、フィールドを示す白い陣が浮かび上がっている。


『さあ賭けた賭けた!! 武器はちゃっちゃと外してくださーーい!!』


 カウンターからチケットの様な紙と、集金のための革袋が無数に飛び出して観衆の下へと向かっていく。魔法のかかったそれらの道具たちは手際よく、着々と決闘の準備を進めていた。


「ビアンカ先輩、決闘って今月何回目でしたっけ」

「5回目。今月はちょっと多いなぁ……。秋だからかしら」

「季節関係ないでしょう。夏はほぼ毎日決闘、みたいな週もあったじゃないですか」

「あー……そんな時もあったわね……」


 カウンターでぼやく、フーゴとビアンカと呼ばれた女性職員。ギルドにとってはいい興業だが、末端の職員にとっては面倒な仕事という感覚なのだろう。


 ロアも彼らと同様にうんざりしていたが、こうなってしまった以上逃げるわけもいかない。

 バリバリと頭を引っ掻くと、群衆の最前列でワクワクとした顔を隠しもしないアステルに己の長剣を渡し、その肩にばさりと外套をかけた。決闘時に外套を着ていると、観客から動きが見えないとブーイングが来るのだ。


「ねぇねぇ、これが傭兵のギルドのお祭り?! 僕、ギャンブルは初めて!!」

「賭ける金ねぇだろ」

「ううん。ロアがいるから色々買い物しようと思って。荷物を持ってもらおうと思ってね、沢山お金持って来たんだぁ。僕ってばラッキー!!」

「……てめぇこの野郎……」

「行ってらっしゃーい!!」


 ニコニコと手を振るアステルにイラっとしたが、今はそれどころじゃない。振り返れば準備を終えたクラッジの三人組がニヤニヤと待っている。

 「決闘」に人数制限はない。その人数差も含めてのギャンブルだ。


 魔法によって自動的に更新されていくオッズはクラッジが優勢。無名のロアに賭ける者は大穴狙いのもの好きか――、あるいはまた別の理由があるのか。

 ブルータルたちは、恐らく何度かこういう事をやってきたのだろう。先ほど武器に手をかけたのもこの「決闘」でロアを合法的にぶちのめすためのブラフだったのかもしれない。


「………」

「今更ビビったか? 今ならサンドバッグで許してやるよ」

「さっきからそればかりだな。逃げ出したいのはそっちじゃねぇか?」

「ぬかせ、無名の三下が」

「三下にそういわれるのは心外だよ」


 ロアが一言発する度に、クラッジ達の顔がどんどん険しくなっていく。今にも戦闘が始まりそうな空気だが、これはギルドの管理下に置かれている決闘だ。ルールを守らなければその時点で負け。

 ギルドが観衆から金を集めるまでの短い数十秒を、待たねばならなかった。

 そんな張り詰めた空気の中、無邪気に響く声が一つ。


「ええーっと。此処にお金を入れるんだね」

「そうそう、誰にかけるかチケットに宣言して金と一緒に入れれば勝手に記録してくれるってわけ。便利だよね」


 反射的に振り返ったロアの視界に入ったのは集金中の革袋の前でニコニコと笑っているアステルと、その横にいる獣人の男。

 アステルに乞われたのか知らないが、懇切丁寧に賭けの仕組みを説明している。

 種族は雪豹……、だろうか。白く斑点のある太い尾が機嫌よく揺れている。腰に差した細身の長剣が彼も傭兵である事を示していた。


「……あのバカ……、目を離すとすぐこれだ……」


 苛立ちまぎれに雪豹男を睨みつければ、視線に気づいた彼は緩く笑って両手をホールドアップするように上げた。まるでアステルに害意は無いと示すように。


 そんなやり取りはつゆ知らず、アステルは初めてのギャンブルにワクワクしているようで、目を輝かせている。そしてチケットを握りしめて大きな声で宣言した。


「ロアにぜーーんぶ!! 20万!!」


 財布をひっくり返して革袋にチケットと共に突っ込んだアステルの大胆な行為にひと際歓声が上がる。


 賭けは圧倒的にクラッジが優勢。ブルータル率いるクラッジは3人。大してロアは1人。数の利も、知名度も彼らの方が大きい。


「おいおい嬢ちゃん、大胆じゃねぇか。可哀そうになぁ……、負けたら俺達がたっぷり慰めてやるからなぁ…!!」


 その行動に腹を立てたのはクラッジの彼らだ。目をつけていた獲物にすらコケにされている。舐められたら終わりの世界で生きてきた彼らにとって、それは許しがたい侮辱だった。


 嘗め回すような下卑た目でアステルを眺める彼ら三人の視線を、遮るようにロアは一歩前に出る。

 ロアは気の短い方ではないが、別に長くもない。そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだった。


「えー?だって賭けって負けたらお金減っちゃうんでしょ? 僕は馬鹿じゃないもん。勝つほうに賭けるよぅ」


 だが、アステルはその視線の意味も、言葉の意味も額面通りにしか受け取らなかった。

 常識を語るような口調で語られた言葉に周囲のボルテージが上がっていく。クラッジは顔を引き攣らせて、猛獣のような目でアステルを睨みつけた。


「その言葉、後悔させてやるからなぁ……!!」

「嬢ちゃんやるじゃねぇか!!」

「いいねぇいいねぇ!! もし負けたらおじさんがジュースを奢ってやる!!!」

「ほら、村長さん達もかけて賭けて。お金足りないんでしょう?」

「え、あ、その」

「……じゃ、っじゃあ俺もロアさんに…、3万……」

「マルック?!」


 騒ぎに乗じてアステルがアーレンとマルックもけしかけている。ついでにロアがアステルに預けたはずの剣は、重たかったのか猟師のマルックが持たされていた。


「ロアーー!! 俺も今月の生活をかけるぞー!!」


 反対側でも野太い声が上がる。振り返ってみればロアと旧知の仲の中年男だ。筋骨隆々のいかにも戦士という顔付をして魔術師をやっている変わった男だった。

 どっと笑う声が上がる中、参加者の集金が終わる。動かなくなったオッズ表を中心に、熱気を孕んだ静寂が広がっていく。

 いつの間にかカウンターに立っていた、ビアンカが手を上げて―――振り降ろす。


「開始!!」


 決闘が、始まった。


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