29:傭兵の矜持
自分の身の安全よりも研究、ひいては好奇心のために嬉々として死地に突っ込もうとするアステルをロアは止めなくてはならない。
だが、アステルに言われるがまま護衛を引き受けるわけにもいかないのだ。
「おい、アステル。お前は何か勘違いしてるようだが」
「つぎは何!?」
「お前の生活の世話は……、そうだな、お前の「助手」だからやってやる。だが、護衛や何やらは俺の「仕事」だ。俺にも食い扶持ってもんが要るんだよ」
「……?」
「俺は傭兵だ。つまり、俺を雇うためにお前はいくら出す?って聞いてんだ。言っておくが、安くねぇぞ」
アステルを射貫くロアの鋭い視線に、少しだけ考えたアステルはあっけらかんと答えを出した。
「じゃあいい」
「は?」
「僕を雇うのは村長さん達でしょ。僕の護衛が必用だっていうなら君たちが出すべきだ。ね?」
アステルはロアからソファで委縮しきっている村長たちにぐるりと目を向けた。
「はぇっ」
「いや、いや、……あれだ、その、忌避剤だけ買わせてくれりゃいいじゃねえか、なあ?アーレン」
「そ、その……」
「ふーん。いいの? 僕だって忌避剤を作るのは初めてだ。ドラゴンや強者の匂いに獣除けの効果があるかも、というのはあくまで仮説。効かなかったら僕が村に行けばその場で調整してあげるし、最悪……そうだなぁ、魔獣でも悲鳴を上げるようなスペシャルな武器だって作ってあげるかも」
「う、……それは、」
「おい!! アステル!!」
「うるさいよ。これは僕の仕事だ。それでね、へんないぬだっけ。連れてきてくれたら何が変か見てあげる。普通のいぬなのか、病にかかったせいか、村に変なものがあるのか、僕ならみつけられるかもよ」
「し、しかし、確証はないのでしょう……?」
畳みかけるようなアステルの言葉に、村長は絞り出すような言葉を返した。
だが、その言葉もアステルの満月にかき消される。
「そりゃあね。未知に大して何ができるかなんてわかりゃしないよ。でも、君たちでそれが出来るなら僕を頼る必要はないじゃないか。君たちにできないことを、僕に頼みに来たんだろ?何かわかれば対処ができる。何もわからなければ、それは僕にですら分からない何かが起きていることが起きていると分かる。ほうら、僕を連れていくべきだ」
「おい、アステル!! いい加減にしろ!!」
ロアの苛立ち交じりの声にアステルは冷ややかな目を向けた。
「ロアの値段がいくらかは知らないけど、傭兵の相場って知らないんだよね。それにさ、村長さんたちが雇うんでしょ?傭兵。どのみちその人たちに村を守ってもらうんだからそのついででいいよ僕は。君は僕の仕事に関係ないんだから口を挟まないで」
「……は?」
「予算って残酷だよねぇ、村長さん。で、いくら出せるの?」
「へ」
「僕のところにある使えそうな素材はねぇ、ブラックドラゴンの革、鱗、ヒュドラの牙とその毒。あとは銀牙狼の毛皮。これは培養して増やしたばっかりだからいっぱいあるよ」
ニコニコと羅列される素材の数々に、村長とマルックの言葉がじわじわと青くなっていく。
意を決したように深呼吸した村長が顔を上げた。
「まず、……素材の代金はいくらですか」
「材料費ねぇ……そのものを使うとめちゃくちゃ高いけど、増やするから……うーん、培養費と補助のポーション代で…10万。調整と、犬の解析も含めたら30万ってところかな。機材運ぶとかも大変なんだよぅ」
「……もう少し、何とかなりませんか……。20万とか……」
青ざめた顔で言う村長にアステルは頬を膨らませた。
「えー、20万はさぁ…僕の仕事馬鹿にしてるでしょ」
「まさか!! ただ、こちらにも懐事情という物があるのです……大変申し訳ないのですが……」
「ふーん。馬鹿にしてないならいいよ。……んーー、実験の場所とかくれる?広いところがいいな。室内がいい」
「あ、ありますとも!!」
「あと、ごはんつけて。ベッドもフカフカがいい」
「もちろんです!!」
「んふふー。じゃあ25万でいいよ」
「……そ、……それで、お願いします……」
「はーい、契約成立だね。書類は今持ってきてあげる」
そう暢気に言ったアステルと、どこか安心したような顔の村長の間にはローテーブルがある。
そこに、ドン!! と空気をぶち破るような重々しい打撃音と共に拳が打ち付けられた。
ビシ、と机に亀裂が走る。唐突な暴力の気配に、アステルも、アーレンも、マルックも呼吸を忘れていた。
「30万で、アステルが高いっつったな、アーレンさんよ」
「へ、へぁ」
「傭兵ギルドにはいくらで、何人の募集をかけた?」
「に、日当5万で、7日間、を、に、12人です。わ、我々の懐事情では、こ、これがッ、げんかいでッ……!!」
「それで雇えるのはせいぜい雑魚から、よくて中堅クラス。手練れを雇うには足りねぇな」
「で、ですが、資金源は村で連合して集めています。人数も、日数も必要なんです!!」
「誰が何と言おうと、そのレベルの傭兵だけでアステルを連れていくことは俺が許さない」
「そこをなんとか、」
「ねぇ!! これは僕の仕事だよ!! ロアは口出ししないでよ!!」
「黙ってろ」
「やだ!! 僕の仕事だ!!」
「俺の仕事だ。命のやり取りはな」
「……ッ」
ロアにそう言い返されたアステルは、悔し気に唇をひん曲げた。大人しくなったアステルを横目に、ロアは淡々と村長に問いかけた。
「他、どんな条件を付けた?」
「じょ、条件……?」
「処分した魔獣の素材売買権、一体ごとの成功報酬、イレギュラーが出たときの手当、全部言え」
「ば、売買権は村のもの。成功報酬は一体につき5000。い、イレギュラー手当は……、その、ありません……」
「そんなんで来るのは金がねぇ三流だけだ。お前らのところのアドルフとかいう手練れですら死んだんだろう。そんなところに戦闘能力がないどころかお荷物のこいつをよこせるか。アステル、この仕事は無しだ」
「嫌だ!! 行くもん!! 行きたい!!」
「まともな傭兵も雇えねぇとこに行って調査なんざ死にに行くのとおんなじだボケ!!」
「僕運がいいから死なない!!」
「そんなもんアテになるか!!」
目の前で喧嘩を始めた二人を前に、村長のアーレンはオロオロしていたし、猟師のマルックは頭を抱えて神に祈りだしていた。
しかし、先ほどのロアの指摘は的を射ていて、あまりにも痛烈だったのだ。
実のところ、彼らはギルド職員にも同じことを言われていた。この金額で動く、強い傭兵は殆どいない、と。
アステルに出す25万だって出費としては相当に痛い。
だが、それ以上にアステルの提示した忌避剤が魅力的であった。
最悪村の安全圏さえ確保できれば当面はしのげるのだから。
だが、それもこれもアステルという存在がいてこそ。
ロアをどうにかしないことにはそれすら叶わない。
村長は一つ、息を吸った。
「あの!!お二方!! 少々宜しいでしょうか!!」
「……まだ何か?」
冷ややかなロアの視線に自然と喉が鳴る。
だが、アーレンとてここで引くわけにはならない。
自分たちの生活、3つの村の安全、全てが彼の肩にかかっているのだ。
「ロア殿、あなたは先ほど傭兵だ、とおっしゃいましたね」
「ああ、言ったな」
「あなたを雇えば、アステル殿を雇う事を許可していただける、という事でしょうか」
「……、話は聞いてやる。まず、その村で一番強かったっつうアドルフとやらの実力、実績、そして何にやられたか、詳細に話せ」
はく、と口もごったアーレンに代わり、マルックが憔悴しきった目で説明を始めた。
「儂の主観になるが、かまわねぇか?」
「ああ、それ込で俺が判断する」
「そうかい。……強かった、それは確かだ。5年ほど前だったかな、1人で刃角鹿を狩った、って言っててよ。おれも見せてもらったことがある。そん時は……、怪我なんて……一つもなかったよ」
刃角鹿。
その名の通り、角が刃のように固く鋭利になっており、突進をまともに食らえば容易に死ぬ。
好戦的で動きも速く、見つかれば逃亡も困難。
そして弓すらもその角ではじく、猟師殺しの異名を持つ獣だ。
「……、羆狩りにも何度か同行したことがある。あいつはな、とにかく速ェんだ。羆の爪が届くより先にスパンと首を落としちまう。……本当に、つよくてなぁ……毛皮や肉も、仲間に気前良く分けてくれる、………っ、………いいやつで……」
涙の混じる声は、とうとうこらえきれずに決壊し、マルックが掌で目を覆った。いまだに、その死を受け入れ切れていないのだろう。
「なるほどな。刃角鹿を無傷で倒せんなら、傭兵でも中堅ラインは確実に超えてる。下手すら上級ラインにも届く実力だ。……と、なると……まぁ、やった奴は相応に強いってことだ」
「……ええ」
沈痛な面持ちで頷く村長に、ロアは深いため息を吐いた。
「何にやられたのかは?」
「わかりません。……ただ、首を……、ねじ切られて……、体に残った爪痕は羆、……のような、……ですが、……彼が羆にやられるなんて……」
葬式の様な顔をする二人にロアは顔を顰めた。横目でアステルを見れば、おっかない獣の情報を前に好奇心が抑えきれないという顔をしている。行きたくて行きたくてたまらないというのが見て取れた。本当に自分が死ぬという事は念頭にないのか、あるいはどうでもいい事なのかもしれない。
ロアはもう一度ため息を吐くとアーレンとマルック、二人の目を鋭い眼光でねめつけた。
「わかっていないようだからハッキリ言わせてもらう。そんなんで中堅以下の傭兵集めて何とかなると思ってんなら、考えが甘すぎる」
「っ……ですが」
「とりあえず、守りたい村がどれだけあるか知らねぇが、範囲を絞れ。避難でもなんでもいいから人を1か所に集めろ」
「は、」
「確実に腕の立つ傭兵を少人数、短期間で雇う。狩った獣に成功報酬は出さなくていい。その代わり、獣の素材売買権を狩った奴に渡してやれ。そうすりゃ傭兵側も少しは譲歩するはずだ。そんで、予算は……5万を12人、7日か。で、アステルの25を合わせると445万。……、これが限界か?」
「……、正直、予算オーバーギリギリです……」
「それなら手練れを5人、日数は5日。日当は15。イレギュラーがあったときの危険手当を10。飯と寝床もつけろ。これならまともな戦力になるだろうさ。費用もちっとばかし抑えられる」
「しかし、5人でできる事なんて……」
「だからこそ範囲を絞る。上級の傭兵ともなりゃ、身体強化の質、強さ、全てが桁違いだ。一人か二人もいりゃあ村一つを守るなんて十分だぜ。アステルの道具が機能すりゃあ、確実性はさらに上がる」
「そんな」
「その化け物とやらは残りの人員で探す。そっちからも猟師を出せば山狩りも効率よく進められる。この条件ならアステルを行かせてやる」
「ねぇ何でロアが決めてるの……。僕の仕事だぞ……」
恨みがましい目がロアをじっとりとにらみつける。好奇心に身をゆだね、自分の身の危機を何も理解していないこの馬鹿野郎に、ちょっとばかり痛い目を見せてやりたい。しかし、こんな案件に送り出して遭う痛い目なんてそれこそ星の庭直行案件だ。止めないわけにもいかない。
ロアは舌打ちをするとフン、とアステルの視線を受け止めた。
「俺はお前の助手らしいからな。助手の仕事をしただけだ」
「出しゃばりすぎだ!!」
「なんせ先生様があまりにアホなもんで」
「むぎぃぃぃぃぃ!!」
とびかかってくるアステルを片手でいなし、動けないようにソファに縫い留めたロアは涼しい顔で村長達に向き直った。
「で、どうする?」
アーレンとマルックはごくりと唾をのみ、顔を見合わせた。
「……一度、ギルドでの募集の調整と……、ロア殿の経歴についてあちらで伺ったのち、改めて契約、……ということで、よろしいでしょうか」
ロアの実力を疑うような言葉にしかし、彼は嫌な顔一つせずに鷹揚に頷いた。
「慎重なのはいい事だ。それで構わねえよ」
「離せよぉぉぉぉぅ!!!」
ロアの腕の下でもごもごと叫ぶアステルの声が響く中、大人たちの間で握手が交わされた。
マルックはずっと、暴れ散らかすアステルに向かって懐疑的な視線を向けていたが、仕方のない事だろう。
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