28:依頼②
「つまり、魔獣が村に降りてきて、すっごい大変だから助けてほしいってことだね」
「え、ええ。その、はい……。簡潔に言うとそうなります……」
アステルの言葉に自信なさげに頷く村長は先ほどからロアの方をチラチラと横目で見てくる。無理もない。
アステルは小柄だし、言動もこの通り子供っぽい。本当にこいつが噂に聞く天才錬金術師なのかと疑う村長の気持ちはよく理解できた。
「うーん、いくつかやってみたいことがあるし、実は生きてる素材を見たことってないんだよねぇ。何が出るの?」
「そざ……、いえ、あの……、そうですね……いえ、時によっても変わるのですが」
しどろもどろに話すアーレンの言葉を継ぐようにマルックがアステルに向かって説明を始めた。
「大概は羆。多分、森での縄張り争いに負けた奴らだ。儂らにとっちゃあ十分すぎる脅威だがな。こいつらが家畜だのなんだのをもってくし、……人も食われてる。……アドルフも……まあ、……羆だろうよ。……ひでぇ……、ひでぇ有様だった」
マルックの声がかすれ、濡れた響きが混じる。怒りを抑えるかのように握られた拳は力が籠りすぎていて、震えていた。
「ふんふん。それで?くまだけ?」
「…………、あとは野犬だ。あいつらァ、病持ってることもあるからな……噛まれても厄介だし、……なにより、……気持ちわりぃんだよ……」
アステルの配慮を知らぬずけずけとした物言いに、マルックはうすらと顔を顰めながらも説明を続けた。
「気持ち悪いって何が?」
「森からウロウロよだれ垂らしながらこっちを見て、見てるだけなんだよ。家禽を取るだのなんだの、そういう事もせずに」
「見てるだけ?なんで?」
「それがわかりゃあ苦労しねぇよ!!」
「わっ」
反射的に立ち上がったマルックの大声にアステルがびくりと肩を竦めた。その動きに、ハッと我に返った彼が、申し訳なさそうな顔をしてソファに腰をおちつける。
「すっ、すまねぇ……」
マルックの顔をアステルがじっと見る。その視線にさらされてバツが悪くなったのかマルックは目をそらしながら首をイライラと掻きむしった。
「そもそもあんた、本当にアステル先生なのか? 正直よお……ガキにしか見えねぇんだが」
「僕は24の大人だ!!」
マルックの懐疑の言葉にアステルがムッとしたように反論する。
その口から出てきた年齢に、彼とアーレンは目を丸くした。
「え」
「それで……?」
「24…、み、見た目がとても……わ、わかいですね、……」
「年齢が問題なら僕じゃなくてその辺の年寄りに頼むといい。君たちの世界なら、きっとそのへんの老人の方が誰よりも頭がいいんだろうね」
ぷう、と頬を膨らませたアステルがソファにごろりと寝そべった。
実力を疑われたことで腹を立てたらしい。
依頼をしに来た彼らにとっては不幸な事だが、ロアにとっては幸運だ。
彼らの話を聞いて、ずっと首筋のあたりにチリチリと嫌な予感がしていたのだ。なんの根拠もない勘という物だが、意外と馬鹿にならない。
こういう時は大抵ろくでもないことが起きた。
自分ひとり、あるいはグレイハウンドの部下を引き連れていくならいざ知らず。
アステルという知能はともかく戦闘力の面では完全なお荷物を連れていくのは何としても避けたい。
しかも危機察知能力が死んでいるお荷物だ。
自ら死地に喜んで飛び込む好奇心の塊を誰が連れていきたいと思うのか。
このまま興味を失っててくれりゃあ万々歳だ。
そう思ったロアがアステルを上に戻そうと肩に手を伸ばした時だ。
ずっと相槌を打つだけだった村長が口を開いた。
「その、申し訳ありません、アステル殿。私達も未曽有の事態に戸惑っているんです」
「………」
「例えば、でよいのです。アステル殿ならどういった対処を思いつくか、些細な事でも構いません。宜しければご教授していただけませんか」
丁寧な懇願の言葉は流石は村長、と言ったところだろうか。
説明は下手だが、人とのコミュニケーションはマルックと比べて一枚上手だ。
「そりゃあもう依頼の範疇でしょう、対策を教えるってのは。アンタらの事情も汲むが、こちらも仕事だ。無料で、ってのは少しムシが良すぎるな」
アステルが口を開く前に、ロアが村長の言葉を遮った。
しかし、村長は落ち着いている。
膝の上の拳は固く握りしめられて震えているが、目には腹をくくった人間特有の力がこもっていた。
「ですが、私共としてもアステル殿の事を知りません。雇うにしても実際に効果がなくては困ります。……資金も、十分にあるわけでは、……ありません。……もう、後がないんです!!」
「そういわれてもな、」
と、ロアが言ったときだ。
「あ!!」
と叫び、ごろりと寝返ったアステルがソファの幅の目算を誤ったのかべしゃりと床に落ちた。
「痛っ」
「あ、おい」
そこから飛び起きたアステルはバン、とローテーブルに両手をつくと村長にずい、と顔を近づけてにんまりと笑った。
「ドラゴンだ」
「は?」
アステルの脈絡のない言葉に、村長はぽかんとした。
マルックはと言えば、先ほどから繰り広げられるアステルの幼稚な言動から期待することを止めたのか、頭のおかしな子供を見るような苦い視線を隠しもしない。
そして、ロアはこれから始まるアステルの嵐のような喋りを予期してため息を吐いた。
こうなる前に部屋から追い出したかったのだが、もう手遅れだ。
「ドラゴンの匂い。縄張り、これならどうかな。被害を出してるのはくまなんだろ?僕はくまの生態には詳しくないけどね。彼らよりはるかに強く、彼らを餌にする動物の匂いを振りまくのはどうかな」
「おい、アステル」
軽く静止してみるが、アステルの耳にはもう誰の声も入っていない。ロアは諦めて、様子を見ることにした。
「犬の方は……正直見ないと分からないね。君たちの村に問題があるのか、いぬに問題があるのか。流石の僕にもそこまでは分からない。けど、野生動物ならこの方法で対処できるはずだ」
「……ドラゴンの匂いなんて、用意できるわけがないでしょう」
「そりゃあ君たちにできるなんて思ってないよ。僕が作るんだ。つい最近、生物の一部を培養して増やす技術を確立したばかりでね」
じわじわと距離を詰めながら、爛々と輝くアステルの目は好奇心でいっぱいだ。
その目に気圧されるように、アーレンが怯えたようにのけ反った。
「ば、……ばいよう……?」
「そう!! ドラゴンの一部は素材として持っている。それを培養で増やして……うん、そうだね。液状にする。何がいいかなぁ、スプレーにして散布。それとも油脂に溶かしてゆっくり匂いを揮発?どうだろう。増やしたものに威嚇の効果があるのかも気になるよね!! そうだ!! 匂いのもとを抽出して合成できればもっといろんなことが出来るよ!! ヒュドラ、閃光蜂、銀牙狼!! 危険な魔獣の匂いをブレンドして最強の、うわっ」
ロアはアステルの服を引っ張ると、ソファへと引き戻した。
あふれてくるアイデアに興奮したアステルがどんどん前のめりになり、村長のアーレンと鼻先がくっつきそうになっていたからだ。
ちなみにアーレンはアステルに気圧されて腰が引けた状態でドン引きしてた。
アステルの実力に懐疑的だったマルックも、やや引いた顔でその様子を見ている。
「もういいだろ、アステル」
「よくない!! やりたいことがいっぱいあるんだ!! きっとブレンドする油脂の匂いでも変わってくるし、食肉植物から取ったエキスとかをもがっ」
このままではアステルの語りが止まらないと悟ったロアはアステルの口を大きな掌で覆った。
頭の中がもう試したいアイデアでいっぱいなのだろう。
手のひらでもごもご喋り続けている感触を無視して、ロアはアーレンとマルックに向き合った。
「まあ、そういうわけだ。アステルの実力に関しては好きに判断しろ。こいつの提案する忌避剤の効果は実証しねぇことにゃあ分からんが、おそらく相応のものを提供できる。動きの分からん野犬については門外漢だ。気になるなら雇った傭兵に仕留めさせてそっちで調べるなりなんなり、うわっ」
ぞわりと掌を張った湿った感触に、ロアは思わず手を離した。
しゃべれるようにと空間を作ってやったのが仇となった。
ロアの手を口からひっぺがすためにアステルが掌を舐めたらしい。あまりにも無茶苦茶だ。
「嫌だ!! 僕は村に行きたい!! 忌避剤だって調整したいし、動物の奇妙な動きって災害を予知してしていたり、とにかく何かが起きてる兆候なんだよ!! 見たい!! 僕が調べたい!!」
「いいわけねェだろ!! お前の自分の戦闘能力分かってんのか!? あの小せぇ犬っころにですら舐められて動けなくなってるのはどこのどいつだ!! 最悪魔獣とバッティングだぞ!!」
「そのためにこの人たちが傭兵雇うって言ってるじゃん!! いいだろ別に!! ていうかそんなに言うなら君は僕の助手なんだからロアが守ってよ!!」
アステルの言葉に、ロアは静かに目を細めた。
アステルの世話のために頻繁に塔に来ているせいで忘れられがちだが、ロアは基本的に多忙な身だ。
表向きは傭兵団の長としての仕事。
そして本業、諜報機関の顔。
各地から集まってきた情報の精査と上への報告。派遣した団員たちの取りまとめ。
無論、仕事はある程度部下に割り振ってはいるが、大きな決定権は基本的にロアにある。
そして、今一番厄介な仕事が、錬金術院からの依頼であるアステルの監視・および保護。
定期的に様子を見て死なないようにしろ。
他国やマフィアなどの不都合な団体とのつながりがないか確認しろ、というこの二つ。
部下に割り振れたら楽なのだが、アステルがロアに懐いてしまったことで、ロアがこの任務の主軸となってしまっている。
当然ながらこの任務はアステルに知られるわけにはいかない。
先日のようにアステルがデメコレアに狙われたときのような事案ならば、ロアは黙って手を貸すだろう。
だが、これはアステル自身の意思で危険に飛び込もうとしている。
それの護衛はロアの仕事の範囲外だ。
なにより「傭兵」の仕事を安く見積もられることは、将来的な傭兵家業全体の信頼性にも関わってくる。
最終的な落としどころはあるにせよ、ロアは世間の厳しさをアステルに教え込まねばならなかった。




