27:依頼
アステルがおもちのこだわり語りを止めるまでにできた作業は、飯を温めてアステルを風呂に入れてその無駄に長い髪の毛を乾かして、服を着せて二人分の食器を洗って数日分のアステルとロアの洗濯物を洗って干すまでだった。
こだわりが尽きたのではなく、アステルの喋る体力が先に尽きた。
「それで、それでね……。……やっぱ疲れたからまた今度聞かせてあげる」
「そうか」
籠から取り出したシーツを黙々と干すロアは適当な相槌を続けていた。
塔の屋上はガラスで覆われた温室のような造りになっている。
この塔が星見台、と呼ばれるのはこの空が見えるガラスドームが由来だろう。ガラスをこれだけふんだんに使えるものはそう多くない。
屋上の一角は小さな菜園になっており、ここでアステルが研究用だかポーション用だかなんだかでたくさんの薬草を育てていた。
その菜園を管理するために、専用の使い魔が居る。
じょうろから足をはやしたものや、雑草を取るために手のような形のアームを持つ節足動物の様な使い魔達がロアたちの足元をウロチョロしていた。
壁から壁に張り巡らせたロープを利用して洗濯を干していく。
アステルは片隅に置かれた長い木製のベンチにのんびりおもちと腰かけて、シャツにハンガーをかけていく作業に従事していた。
意外とこういう作業は大人しく手伝うのだ。
まあ本来ならば洗濯なんて家主であるアステルの仕事なのだが。
喋り疲れたアステルは、先ほどとは打って変わって静かだった。
下へ降りる間もずっと黙ったままだ。
しゃべるのを止めた代わりに考えているのか、あるいは何も考えていないのか。
研究室に戻るかと思っていたが、そのままとことことついてくる。
籠をしまう時も、ロアが休憩しようとソファに座ってもついてきたので、これは何も考えていないのだろう。
ロアは何もしない時間が割と好きだ。
ぼんやりと頭と体を休めて、静かに風の音を感じる。
ソファに飛び乗ったおもちがアステルの足の上でぬくぬくと丸まっていた。
いい時間だ。昼寝をするのも悪くない、とロアが薄く目を閉じたとき。
昼間の静寂を破るドアベルの音がした。
カランと涼し気な音を立てる来客の音に、顔を上げたアステルとロアは顔を見合わせた。
そしてアステルがおもちを抱いてソファに丸まって動くのを拒否したため、ロアが来客担当に出ることになった。
「はぁ……、おいアステル。降りてくるか連れてくるか、どっちがいい」
「…………つまんない用事だったら追い返して」
「それを判断するのは俺じゃねえな」
「よく考えたらドアベルってすごく無礼じゃない?僕を呼びつけようだなんて」
「そうかもな。連れてくるぞ」
「………ドアベル外そうかな」
「ダメだ、客はお前の生命線だぞ」
やれやれと首を振ったロアはアステルに背中を向けてゆったりとした足取りで階下へと向かう。
背中に突き刺さる視線には気づいていたが、振り返るとなぜかそっぽを向くのでロアは肩をすくめてそのまま部屋を出て行った。
「…………。ロアの意地悪」
落ちた言葉を聞いていたのはおもちだけだった。おもちはよじよじとアステルの腕から抜け出すと、慰めるようにぺろりとアステルの鼻先を舐めた。
「くすぐったいからだめ」
「くぅん……」
***
客の出迎えに向かったロアの前に居たのは、二人の男だった。
どちらも体が引き締まっており、肌も日に焼けている。
日に焼けてシミが浮かんだ肌や、節くれだった指の様子を見るに農夫と言ったところだろうか。
だが、片方は仕立ての良い服を着ており、もう片方は簡素な服を身にまとっている。口を先に開いたのは仕立ての良い服を着た男の方だった。
「こんにちは。ロクスフォート領のブローベアヴィレから参りました、村長のアーレンと申します」
「猟師のマルックだ」
「ここに、高名な錬金術師様がいらっしゃると聞いて伺いました。あなたがその、アステル先生……でしょうか?」
「いえ。しがない……、助手です。要件があるならまず、私が聞きましょう」
「な、なるほど」
鷹揚に頷いたロアにほっとしたのか、安堵のため息を吐く二人。
立ち話もなんだから、とロアは一階の中央に置かれているつぎはぎだらけのソファに座るよう促した。
使い魔の定期的な清掃のおかげで埃こそ被ってはいないが、その見た目にやや引いた顔の二人はどこか恐る恐るといった様子でソファに腰かけた。
「して、ご用件は?」
「はい。……ええと、何から話したものか。私共の村では例年こんなことはなかったのです。ですが、どうにも今年は山の様子が変わっており、その……、被害は私たちの村だけではなく、この地域一帯の村でして、ぜひともアステル先生のお力を、と教えていただきまして」
ロアに言葉を促された村長、アーレンの言葉はどうにも要領を得ない。
困っていることはわかるが、それだけだ。
どうしたものかと隣の猟師、マルックを見れば彼は困り果てたように額に手を当てていた。
「アーレン様。その被害、とやらは具体的にはどういうものですか? そしてその下手人は? 我々に果たして何を依頼したいのか、そちらをお聞かせ願いたい」
「はい、その、被害が始まったのは今年の秋の始まりで、ええと……もう一月は前になります。最初は隣村で、被害はどんどん広がっていて、その、死者も出ています。猟師や男衆で警戒に当たったのですが効果はなく……。駐屯している騎士団にも依頼をしたのですが、……そこまでは手が回らないと言われてしまい、いえ、その、騎士団の方々が悪いのでは……、彼らの仕事は治安の維持で今回の様な件は猟師の領分ですし……」
しどろもどろと続くアーレンの言葉には疲労感と切迫感があった。
せわしなく手を擦り合わせながら落とされる言葉に、マルックがしびれを切らしたようだ。
マルックはアーレンの言葉をやんわりと遮るように手で制すると、ロアの方へと視線を向けた。
「村長、その先は儂が話そう。現場の事は儂らがよく分かっている」
「あ、ああ。頼むよマルック」
「すまねぇな、ええと……」
「失礼。名乗っていませんでしたね。ロアと申します」
「ああ、ロアさんだな。……依頼してぇのは魔獣の討伐と村の護衛なんだ」
「は?」
「いや、いやいや、待ってくれ。錬金術師の先生に依頼する事じゃねえのはそりゃ分かってる! とりあえず最後まで聞いてくれ、頼む」
大きく息を吐いたマルックは、ロアの目を縋るように見つめながらそう言った。
込み入った事情の匂いがプンプンする。
肩をすくめたロアは目線で話の続きを促した。
「ウチの村っつうか、村周辺の森林地帯一帯でな、獣が出るようになった」
「それで?」
「家畜もやられた。人も………殺されてる。今までは猟師連中で何とかなってたんだ! 今年は……異常だ。数が多いし……、強い。アドルフもやられた。村一番の猟師だ!……俺達じゃどうにもならなねぇと判断した」
マルックの言葉にロアは眉を顰めた。
猟師とはいうが、彼らの本質は戦士に近い。
凶暴な獣をその身一つで狩るのだから。
猟師の多くは身体強化やそれに殉じた魔法を使うことが出来る。
それがむざむざやられた、という事はかなり危険な獣が降りてきているということになるが。
「それなら、獣、というよりは魔獣討伐になるでしょうね。……その獣の正体はわかっているのですか?」
魔獣と獣の区分は曖昧だ。
だが、その獣が何人も人を殺すような被害を出した場合や、殆ど見られない例だが火を噴いたり雷を出したりと、何かしらの魔術を行使するものを魔獣と呼ぶ。
そして、当然だが獣の討伐よりも、魔獣の討伐の方が危険で依頼料も跳ね上がる。
「被害のメインは羆と野犬。……だが、アドルフがあんなのにやられるはずかねぇんだ……!……何もわかんねぇんだよ!」
アドルフ、の名を出したマルックとアーレンは目を見合せた。
ごくりと唾を飲み込んだアーレンが、恐る恐る口を開く。
「遺体は、……その、……村の近くの、……いっ、……入口に放置されていました……、まるで……みっ、……見せつけるように」
「は?」
素で驚きの声が漏れた。
食うでもなく、放置するでもなく、見せしめのように置く?まるで人間のようなやり口だ。
「それは、……本当に獣か?」
「あんな、……あんな、惨い、……爪痕残すような人間がいるわけねぇよ……」
マルックは歯を食いしばって、吐き出すように呟く。
そして、深いため息を吐いて、頭を抱えるように続けた。
「村同士で猟師を出し合ってみたはいいものの、人数が到底足りねぇ。……そもそも、普通の羆ですら儂らじゃ数人がかりで一体仕留められる程度。だから、リュザナで腕のいい傭兵を雇おうってことで話にまとまった。さっきギルドに行って募集をかけてきたから、今は人が集まるのを待っている状態だ」
「妥当な判断だが、なぜウチに?錬金術師に魔獣討伐などとてもできるとは思いませんがね」
「ここの傭兵ギルドの受付の……なんつったかな、フーゴって兄ちゃんに言われたんだよ」
「何と?」
出てきた知人の名前に、ロアは内心で頬をひきつらせた。あのおしゃべり好きめ。
あの男は気前よく噂話やちょっとした情報をロアに流してくれるので重宝していたが、まさかアステルにまで飛び火させるとは思わなかった。
今度ワインを差し入れる約束をしていたが、ぶどうジュースに挿げ替えてやろうと内心で算段をつける。
「ここの先生がすんげぇ頭いいから助けてもらったらどうだって」
「……ほう」
「ああくそ、さっきも言っただろ! 傭兵も雇う。腕の立つ傭兵を集めて、さらにダメ押しでその先生に頼れねぇかって話だ! 頭のいい先生ならなんか儂らみてぇな学のねぇやつには思いつかないような案を出してくれると思ってよう。……もう、限界なんだ!奴らがいつ来るか分かんねぇからおちおち夜も眠ってられねぇ」
そういいながら項垂れたマルックの目の下には濃いクマが浮かんでいる。
マルックに限らずアーレンも頬がそげてやつれているし、そうとうに参っているのだろう。
傭兵としてロアを雇いたい、と言うなら受けたかもしれない。
だが、話を聞く限り何か明らかに自然の摂理を無視したような異常が起きている。
仮にアステルを彼らが雇うとして、ここで何か案を出して終わるのならば問題ないが、獣、それも凶暴な魔獣相手となるとそうはいかないし、明確な異常事態だ。
特に、アドルフという手練の猟師が殺されていた件が引っかかる。
ただの獣がするような動きじゃない。
傭兵も雇うと言っているのだし、アステルの安全を考えれば、彼らには帰ってもらうしかないだろう。
そう、ロアが返事を返そうとしたのだが。
ガチャンと居住スペースから繋がる扉が開き、ひょこりと小さな頭が飛び出てきた。
「ねぇ、まだ話し終わらないの?」
「ばっ」
「暇だし、面白い話なら聞いてあげるよ」
「お前には縁のない話だから戻って寝てろ」
慌てて立ち上がったロアが扉から顔を出すアステルの耳に、マルック達には聞こえないようにそう囁く。
しかし、その言葉は失敗だった。
逆に目を輝かせたアステルが身を乗り出してくる。
「それは僕が決めることだね」
「クソ、つまんねぇ話なら追い返せって言ったのお前だろうが」
「しーらない。おもち!!」
「ワウ!!」
ロアに力でかなうはずがない。
扉に押し込められそうなアステルは隙間からおもちを逃がすと、ロアの体のある部分を指さして叫んだ。
「ごー!!」
「何をす、っガッ、……ア、ァ、グ…ッ」
アステルが指さした場所は、そう、所謂男性の急所だ。
号令に合わせて矢のように飛び出したおもちの頭が、男性の急所――すなわちロアの金玉を強かに打ち付けた。
音もなく崩れ落ちるロアと、勝ち誇った顔のおもち。
そして、その光景を見たアーレンとマルックは全く同時に膝を閉じて、そこを抑えた。
ロアと同性の彼らにとってはショックな光景だったようだ。
ロアはたまらずアステルから手を離し、真っ青な顔でうずくまった。
「な、なんとむごい……」
「……ひ、ひでぇ……」
ロアという門番を戦闘不能にしたアステルは、先ほどまでロアが座っていた場所にどっかりと座り込んでふんぞり返ると、ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて二人に言った。
「僕がこの塔の主、アステルだよ。さあ、僕に何をしてほしいんだい?」
「え、……ええ……」
「その、……え、……あ」
「あの、アステル、先生?……その、横に……」
「横?……あ」
アステルの天下は数十秒で終わった。そこには脂汗を垂らしながらも鬼の形相をしたロアが立っていた。
アステルの顎をその大きな手でつかむとむぎゅりと己の方へと強制的に向けさせる。
「やってくれたなアステル……!!」
「ロアが僕を仲間外れにしたからだよ」
「やっていい事と悪いことがあるんだよ!!」
「僕がやっていいと言ったらやっていいもんね!!」
「こンの、っ、クソガキが!!」
「あぎゃ―――!!」
ロアは片手でおもちを確保しており、同じ轍は踏まないという強い意志を感じる。
彼はそのままアステルとおもちをまとめて戻してこようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
おもちだけは無事に扉の中に放り込むことに成功したが、アステルがロアの足にしがみついて離れないのだ。
無理矢理引きはがせば怪我をさせかねないし、今をしのいだとしてもこうなったアステルは止まらないだろう。
最悪ロアの知らないところで二人の依頼に首を突っ込むかもしれない。
彼は未だにだらだらと脂汗を流しながら、足にアステルをくっつけたままソファに座り直した。
「……お見苦しいところをお見せしました。お話の続きをどうぞ」
「えっ、ええ……」
「あ、最初から教えてよ。僕何も知らないから」
「……とのことです」
セミ状態のアステルはロアが諦めたと知ると、コロッとソファに戻り、再びふんぞり返った。
アーレンとマルックの二人は先ほどからずっと唖然とした表情を浮かべていた。
無理もないと、ロアはどこか遠い目をしてそう思った。




