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24:いぬもどき

 デメコレアによる誘拐事件から数日後。

 ロアはアステルの研究室の扉をノック、というより殴打する勢いで叩いていた。


「おい、アステル!! アステル!! おい!! いい加減出てこねぇと死ぬぞ!!」


 研究室にアステルが引きこもってからはや5日。

 ロアによっていつもいつも研究を中断されることを嫌がってか、ついに研究室に鍵をかけるという手段を奴は持ち出してきた。


 扉にはわざとらしく「ロア出禁」の文字が張り付けられた紙。


「おい!!」


 一日目はいつもの事として見逃した。

 二日目はそのうち出てくるだろうと静観した。

 三日目、キッチンのマグが減っていたので生きてはいる。

 四日目、なんか騒いでるのは薄らと聞こえた。

 五日目、の、今日。


 無音になった研究室。

 もっと早くにこうすればよかった、と内心で舌打ちする。

 鍵は何度か破壊を試したがびくともしない。

 完全にロアの膂力を想定した造りになっている。


「……………」


 だが。


「扉は普通の素材なのが、お前の間抜けなところだな」

 

 ゴキ、と首を鳴らしたロアは軽く息を吐き出すとゆるりと戦闘姿勢に入った彼は、腰のひねりを勢いにのせながら、拳を突き出した。


 空気を切り裂いた右拳が、破壊音と共に扉に大穴を開ける。

 手を引き抜いた穴からは研究室の様子がほんの少しだけ見えた。


 穴をとっかかりに、扉であったものを引き寄せればメキョメキョと音を立てて蝶番ごと扉が壁から剥がれ落ちる。

 そこまでして鍵の部分が無傷なのは流石の技術力だ。


「……へ?」

「おい、起きてたんなら返事しろ」

「ぼ、ぼくの部屋が……」

「まずは飯だ。そんでお前……、何日寝てないんだ?」

「ひっ、ひどすぎる!! この鍵を作るのに僕がどれだけ……!!」

 

 抱えていた白い毛玉の様な物体を机において、アステルは破壊された扉に駆け寄った。


「う、嘘だぁ……」

「現実だ」

「……あれ、これ鍵は壊れてないな」

「おい、アステル。聞け。鍵の前にテメェの世話だ」

「……流石僕!!」

「聞けよ!!」


 破壊された扉と無傷の鍵。

 その前で目の下に真っ黒な隈を浮かべてヘラヘラと笑っているアステルはどう考えても寝ていない。

 

 飯を叩き込みたいがこれは問答無用で寝かせるべきだろう。

 もうアステルにまともな思考能力を期待する事を諦めたロアは、ついに謎の踊りを始めたアステルを肩に担ぎあげた。


「うっはははははーーー!!たかーーい!!」

「完全にキマってんな。こりゃまず睡眠だ」


 その時だ。ガルルルルル、と犬のうなり声が研究室から聞こえてきた。


「は?」

「ギャン!!」


 振り向いたロアの視界いっぱいに、真っ白な何かが飛び込んでくる。

 反射的にそれをかわしたロアの背後でそれが壁に激突してべしゃりと床に落ちる音がした。


「い、……ぬ、じゃねぇな。なんだこれ」


 壁に頭を打ち付けて目を回しているそれは、気絶して動かなくなってる。

 ロアは、それの首の後ろをつまみ上げて持ち上げると観察を始めた。


 それは一見して小型犬の様な姿形をしていが、まともな出どころの生物ではないことは確かだった。


 毛皮の手触りはふわふわしていて、よく手入れされた子犬のようだが、尻尾がそれとは違う。

 薔薇だろうか、植物のつぼみが付いていた。

 そして耳毛にあたる部分は白い小花がぷわぷわと揺れている。

 よくよく見れば肉球も鮮やかな空色で、これはどう考えてもアステルが作った発明品だ。


「……ついに動物実験に手を出しやがったか……?おい。アステル、なんだこれは」

「………むにゃ………」

「クソ、寝やがった」


 勝手知ったるアステルの部屋。

 

 ブーツを足で脱ぎ捨てたロアは床に散乱する服や本をひょいと避けながら、肩に担いだアステルをベッドに下ろす。

 小さな足から実験用の靴を脱がせて、布団を肩までずり上げてやった。


「……あーーー、やっっっと寝た……」


 窓を本棚でふさがれているせいでアステルの部屋は常に薄暗い。

 こんな部屋だから寝すぎたり寝れなくなったりするのだ、とロアはアステルのベッドに浅く腰掛けながらため息をついた。


 そして片手にぶら下げたままの犬もどきをどうしようかと目線の高さまで持ち上げる。

 犬もどきは未だにぐったりと気絶したままだ。


 幸い、今日明日は休日だ。

 緊急の呼び出しが無い限りは、だが。

 犬もどきに関しては一旦檻になりそうなものを探して閉じこめておくのが吉だろう。

 アステルの発明品は大概変な挙動を起こすので。


 と、その時だ。

 犬もどきの、ぱちりと開かれた真っ黒な瞳と目が合った。

 ロアを見るなり奴は目を吊り上げて火が付いたように吠えたてる。

 煩わしい表情を浮かべた浮かべたロアは問答無用で犬もどきのマズルを鷲掴みにすると物理的に声が出ないように封じ込めた。


「静かにしろ。やっとアステルが寝たんだ」


 喉の奥でぐるぐると唸る犬もどきは、短い前足をちょこちょこと動かしてもがいている。

 何というか、アステルの発明品にしては随分と平和的だ。

 火も吹かないし、爪がいきなり巨大化することもない。

 部屋に放逐して後で詳細を聞けばいいだろう、と決定したロアはマズルを固定したまま静かに部屋を出た。


 リビングに戻って、全ての出入り口をきっちりと閉めたことを確認したロアはようやく犬もどきの口から手を離し、床に置いた。

 自由になった瞬間再びそれは狂ったようにロアに吠える……、かと思いきや先ほどロアが下りてきた階段に向かって一直線に向かっていく。


 くぅんくぅん、と聞いたものに憐れみを感じさせるような鳴き声を上げて、前足でカリカリとドアを引っ掻いている。

 だが、ロアが一言開けねぇぞ、と言えば言葉を理解していると思しきその犬はまさしく憎々し気な顔でガルガルと唸り声を上げた。


「アステルのところに行きてぇのか……?」

「ワン!!」


 返事をするように一つ吠えた犬もどきは、ロアから扉へと視線を戻した。

 何度も飛び上がってドアノブを咥えようとしたり、扉を破ろうと試行錯誤している様子だったがそれは一つも成功することはなかった。


 結局、どうにもならない事を悟った犬もどきはとうとうドアの前に丸まって寝てしまっていた。


 その間ロアは犬から目を離すわけにもいかず、ダイニングの机や椅子を退かして黙々と体を鍛えていた。

 体から滴り落ちた汗がフローリングの上で小さな水たまりになっている。


 犬が寝た後もトレーニングをロアは続けていた。思いつく限りのそれを一通り終えたころにはとっぷりと日が落ちていた。

終わりの空気出してたけど終わりません。続きます。

あけましておめでとうございます。


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