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教師近藤に味方

 近藤が勤めている中学校でのある日の職員会議で、彼が発言をしました。

「今度の合唱コンクールなのですが、オープニングアクトで、私がサックスを演奏したいと思うのですけれども、いかがでしょうか?」

「はあ? サックス?」

 別の教員からそう声があがりました。

「はい。私は楽器はギターが得意なのですが、最近はサックスにハマっておりまして」

「なんであなたがハマっているという理由で、合唱コンクールでの演奏を許可しなきゃならんのですか。それに合唱とサックスは何の関係もないでしょう」

「他に披露する機会はそうないと思いまして、音楽くくりということでいいかなと」

「では、次に意見のある方」

 このような流れで、よくある近藤の戯言として、スルーされたのでした。

 四十代の音楽担当教師の長洲雅子も、他の教師たち同様にいつものおふざけ発言と捉えて、近藤の申し出が軽く受け流されたことに対して、なんとも思っていませんでした。

 しかし、彼女は見てしまったのです。その少し後、一人でいる近藤が肩を落とし、ひどく悲しんでいる様子の後ろ姿を。

 やだ、近藤さん、そんなにショックだったの?

 心の中でそうしゃべった雅子は、しばらくの間考えて、次の回の職員会議で手を挙げました。

「あの……前のときに近藤先生がおっしゃった、サックスの演奏、やってもよいのではないでしょうか」

「ええ?」

 他の教師たちは驚いて、一斉に雅子を凝視しました。

 雅子は恥ずかしさが込み上げましたけれども、耐えて続けました。

「はい。生徒たちは近藤先生のパフォーマンスには慣れていますから、混乱したりしないでしょうし、近藤先生のサックス、私はぜひ聴いてみたいなと思いまして」

 教師たちは「そんなことを言うなんて、どうしたんだろうね? 彼女は」といった表情で顔を見合わせたりしました。

「お願いします。合唱コンクールを取りまとめる音楽教師として、万が一何かあっても私が責任を持ちますので」

 真剣な雅子の訴えに、校長が口を開きました。

「わかりました。先生がそこまでおっしゃるのであれば」

「ありがとうございます」

 雅子は頭を下げました。


「長洲先生、あんなふうに言っていただき、ありがとうございました」

 周りに誰もいない廊下で、近藤は雅子に深くおじぎして、お礼を述べました。

「そんな、そんな。いいですよ、そこまで感謝していただかなくても」

 そう口にしてしまうくらいに近藤は礼儀正しかったのです。

「職員会議で話した通り、私がぜひ聴きたいと思っただけですので」

「しかし……」

「そのぶん、サックスの演奏、頑張ってくださいよ。期待してますからね」

 笑顔での雅子のその言葉を聞いて、恐縮していた近藤の表情は、ぱーっと晴れやかになりました。

「わかりました。これから毎日、全力で練習に励みます。本番、楽しみにしていてください!」

 少年が元気を取り戻したような近藤の清々しい態度に、雅子は彼を助けてよかったと強く思いました。


 迎えた合唱コンクール当日、宣言通り猛特訓した近藤は、激しくサックスを吹き鳴らしました。

 けれども、その手には何も持っていません。

 また、音もしていません。

 どういうことかというと、サックスはサックスでも、彼がハマっていたのはなんと、エアサックスだったのです。

 およそ十分間、滑稽極まりない光景が目の前でくり広げられましたが、毎度で慣れている他の教師や生徒たちは平然とやり過ごしました。

 そのなかでただ一人、雅子だけは、自分のこぶしを握りしめ、もう二度と近藤の味方はすまいと誓ったのでした。


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