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熱く厚い胸板

冴木とイブくんを見かけたあたりから

俺は自転車通学に変えた

自宅から学校まで数駅分…距離にしておよそ18キロ

川沿いのサイクリングロードを通るルートで行くから

存外通学にかかる時間は電車と変わらない


これなら登校も下校も冴木と一緒になることは無いし

トレーニングにもなるし

電車の待ち時間のタイムロスも無いし

混雑した車内で気分が悪くなることも無いし

痴漢にも会わない


うん…良いことだらけだ


サイクリングロードを走ると

朝日が水面にキラキラと反射して

それを見るだけでも少し癒される気がする


こうやって

まだ冴木との遭遇を極力避けている俺は

本当に情けない弱虫だ

でも…冴木と会って話してしまうとどうしったって

『好きだ』と思ってしまうのだから仕方ない

思いを詰め込む心の入れ物に蓋をしても

きっとすぐに溢れ出してしまうから

なるべく会わないように…考えないようにするしかない


自転車に乗って朝日を浴びて

無心でサイクリングロードを走って

朝練をして

授業をうけて

部活に行って

少し残って先輩たちと筋トレして

帰りに先輩たちとコンビニで買ったサラダチキンと

プロテインバーで小腹を満たして

自転車に乗って帰る



そんな日々を暫く続けていたら

インハイ予選の頃にはすっかり身体は出来上がり

冴木のことで精神も鍛えられ(多少のことでは動じない)

表情筋を動かさないことにも慣れ(完璧なポーカーフェイス)

いつの間にかゴール前の大魔神と呼ばれるようになっていた

とはいえ

まだ森先輩の方が技術力は高いし安定感もあるから

セカンドキーパーとしてベンチ入りして

先輩たちのサポートをしたり

時折、森先輩の代わりにゴールに立ったりしている

インハイ予選を勝ち抜いて

3年の先輩たちとインハイに行くこと

今はその目標を達成出来るように…と…


「おー拓真!おはよ」

自転車を駐めて部室へ向かおうとした時

森先輩に声をかけられた

「おはようございます」

「ん、あれ?拓真また背伸びた?」

「え?どうだろう??伸びたですかね?」

「うーん、伸びた感じがするなぁ」

そう言って森先輩は俺の頭をポンポンと軽く叩いてからクシャクシャっと撫でてきた


俺に兄さんとかいたらこんな感じなのかな?


「さぁ、今日も頑張りますか〜

ほら、部室行こうぜ拓真!」

先輩は俺の肩に手を回しグイッと引き寄せた

「は〜い」

俺はそのまま先輩に連れられて部室へと向かった


部室の戸を開けると

俺のロッカーを開けている戸田先輩がいた


「あ!」


「お前…何してるんだ?」

森先輩が戸田先輩の胸ぐらをつかんだ

「拓真のロッカーに何の用だ?あ?」


「も、森先輩!あの…いいですから…大丈夫ですから…」

俺は森先輩の手をとって戸田先輩から離そうとしたが離れない


「良くねぇ!戸田!何してんだ!言ってみろ!」

「いや…別に…」

「は?別に?人のロッカー勝手に開けて別にじゃねぇだろ?何をした?何をしようとしてた?」

森先輩が更に圧をかけた


と、その時

「おはよーす!」

部室の戸が開きキャプテン他数名の3年生が入ってきた

「え?何?何事?」

キャプテンが慌てて駆け寄る

すると


カッーン

戸田先輩の手からスルリと何かが床に落ちた


「え?ハ、ハサミ…?ハサミで何しようとしてたの?戸田?」

キャプテンも戸田先輩に詰め寄る

「……」

戸田先輩は何も言わない

「前に…拓真のスパイクを水浸しにしたのもお前か?」

3年生に囲まれる戸田先輩…

「……」

やはり何も言わない


先輩たちスパイクが水浸しになってたこと知ってたんだ…

ミナが話したのか…


「…埒が明かないな。斎藤、田中、

戸田を連れて顧問の所に行くぞ。森は拓真をよろしく」

キャプテンはそう言って戸田先輩を連れて部室を出て行った


「拓真…大丈夫か?」

森先輩にそう声をかけられて

急に色々な感情がぐるぐると頭の中を回りはじめ

涙腺が決壊した

「よし…泣け!今日は許す!俺の胸を貸してやる!」

「え?それは遠慮します…」

ポロポロと泣きながら言うと

「いいから、いいから!」

ガハハと豪快に笑いながら森先輩は俺を引き寄せてきて

俺はその厚い胸板に抱きしめられた

「……先輩…苦しいです…」

「ん?力込めすぎたか?」


少しして泣きつかれた俺は

森先輩にもたれかかるようにして2人で部室を出た


「拓真?」

まだ完全には涙の止まってない顔で呼び止める声の方を向くと

ミナと佐藤と冴木が立っていた


「森先輩?何かあったんですか?」

泣いている俺を見て驚いたミナが声をあげる

「あぁ…ちょっとな…」

「拓真?大丈夫?」

佐藤が心配そうに言う

俺はコクンと小さく頷く

「本当にいったい何が?」

ミナがもう一度森先輩に聞くと

「うーん…そうだな

後でミーティングで話があると思うから…」

森先輩はチラッと冴木の方を見て言葉を濁した

たぶん冴木が部外者だからだろう


「ミナ、お前拓真と同じクラスだろ?教室に連れて行ってやってくれ」

そう言って森先輩はミナに俺と俺の荷物を渡した

「拓真!気に病むな!」

森先輩はニカッと笑って

俺の頭をポンポンしてから部室へともどって行った


「ミナ…悪いな…行こ」

冴木がすぐそこにいるのはわかっているけれど

あまり泣き顔を見られたくないのと

今、冴木に声をかけられたら自分がどうなるかわからないから

サッと冴木に背を向けて

そのまま歩きはじめた


「拓真…大丈夫か?」

「ミナ…森先輩の胸板…めっちゃ熱くて厚かったよ…」

「フハッ!なんだよそれ」

「ん…何だろうな…」


そんな話をしながらミナに体を預けて歩いていると

まだ涙でぼやけた視界の端に

心配そうな顔をした冴木が見えた気がした

すぐナナメ後ろを佐藤と一緒に付いてきているようだ


今は冴木の方へ振り向く気力も

皆を振り切って逃げる気力も無い


いつもよりとてもとても遠く感じる教室まで

ただトボトボと歩くしかなかった







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