はじまりの音
「春の息吹が感じられる今日
私たちは青藍高校に入学いたします。
本日は私たちのために………………
………中略………
校長先生を初め先生方、先輩方、
どうか暖かいご指導をよろしくお願いいたします。
以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます。………新入生代表 冴木 瑠加」
あぁ さっき僕を助けてくれた人だ
同級生だったんだ…先輩かと思った
新入生代表挨拶って首席の人か…特進クラスかな…
僕は今朝 壇上にいる眉目秀麗な彼に助けられた
………気持ち悪い
慣れない満員電車の中は地獄のようだ
早く電車から降りたい…
おまけに後ろにいる息の荒い油ぎったおっさんが
なんだか僕の尻を触ってるような…
…やっぱり…
触ってるよな…触ってるな…うぅぅ
なんかどんどん前の方に手が伸びてるような…
き…気持ち悪い…どうしよう
思わず身を仰け反り後ろを振り返りおっさんを睨んでみた
おっさんは悪びれる風もなくニヤリと笑って
「良い尻してるなぁ」と小声で言った
ゾワゾワと全身の毛が逆立ち
血の気が引いていく
人酔いと痴漢でもう限界だ…
次の駅…学校の1つ前の駅だけど
降りよう…
家を早く出たから大丈夫
きっと入学式には間に合う…
こういう時は時間がやけに長く感じる
あと少し耐えろ…頑張れ…
そう思ってやっと着いた駅で
逃げるように降りた
…が、おっさんも一緒に降りてきて
腕をつかまれた
「え?」
「キミ顔も好みだよ…ほらおいで」
「は?」
グイグイと引っ張られる
ヤバいトイレとかに連れ込まれる?
僕の身長は178…体格もいい方だ
なのに…体調の悪さも手伝って
まともに抵抗できない…
電車を降りた事が完全に裏目に出た…
ヤバい ヤバい ヤバい…
あああぁぁぁ
意識が遠のきかけた時
後ろからグッと誰かに抱き寄せられた
「おっさん 何やってんの?
コイツ嫌がってるみたいだけど?」
「い、嫌がってなんかないよなぁ?キミ」
僕はフルフルと首を振り
「嫌だ…やめて」
と呟くのが精一杯だった
抱き寄せてくれた彼の方をチラッとみる
同じ制服…僕より大きな身長
何かスポーツをしているのだろうか
細身なのにしっかりとした筋肉
そして激しくイケメン 引くほどイケメン
なんかいい匂いをするし…
おっさんの気色悪さをはるか彼方まで消し去るような
清涼感…
あぁ 別の意味で意識が遠のきそう…
「おっさんさぁ
いい歳して男子高生に痴漢するとか?何なの?
ふざけんなよ?」
綺麗な顔が虫けらを見るかのように激しく歪み
おっさんを睨んでいる
その瞳からは殺気すら感じる
彼は逃げ出そうとするおっさんを捕まえようとしたが
僕が立っているのが限界だった
あまりの体調の悪さと
抱き寄せられた腕の中に安心感を覚えたこともあり
体の力が抜け彼に縋り付いてしまったのだ
彼はおっさんを追うことを諦め
僕をそのままベンチへと座らせた
「君 新入生だよね?名前は?
学校に遅れるかもしれない旨を連絡するから教えて?」
「あ、…岩瀬 拓真です」
「OK 拓真、ちょっと待ってて」
そう言って彼は少し離れたところへ行き
電話をかけはじめた
ベンチで目をつむり
休んでいると幾分体調の悪さも回復してきたような気がする
ヒャッ
頬に冷たい感覚
目を開けると彼が優しい笑顔を僕に向けて
冷たいペットボトルの水を差し出していた
「大丈夫か? ほら これ飲めよ」
柔らかく心地よい声で彼は話しかけてくる…
「あ りがと…」
「災難だったな あの糞エロおやじに
電車の中でも どっか触られてたんだろ?
ごめんな?助けるの遅くなって…
車内でも様子がオカシイの気がついてたんだけど
近づけなくて」
「もしかして 追いかけて降りてくれたの?」
「ん?まぁ そうだな
だってなんか様子おかしかったし ほっとけないだろ?」
そう言って今度は笑顔でクシャっと顔を歪ませた
その瞬間
僕はなんだか今までに感じたことの無い感覚に襲われた
胸の奥が締めつけられるような
喉の奥がキュッと締まって
全身の血が逆流するような
気持ち良いような でも怖いような
不思議な感覚
僕の鼓動が聴いたことのないような激しい音を奏でる
これは何なのだろうか?
程なくして彼は
体調は戻りかけているが若干混乱状態の僕を連れて
電車に乗り学校まで一緒に行ってくれた
学校に着くと時間ギリギリだったのか
待ち構えていた先生にそれぞれ案内されて
入学式に参列した
さっき彼が壇上に姿を見せた時とても驚いたし
新入生代表の挨拶の大役もあるのに
僕を助けてくれたことが申し訳なかったけれど
……嬉しかった
そして 入学式が終わり
教室へ向かった僕は
教室の前の廊下で彼に話しかけられた
「拓真 体調は大丈夫か?」
「あ!冴木くん今朝はありがとう
先輩かと思ってたけど同級生だったんだ
大役もあったのに助けてもらって申し訳ない」
「気にするな 困った時はお互い様だ
ところで拓真は1ーBなのか?」
「うん 冴木くんは?」
「俺は1ーA 隣のクラスだな よろしくな!拓真」
「A?冴木くんもアスリートクラスなんだ?」
「ん?そうだよ」
「首席だよな?特進クラスの人かと思った」
「そ!まさかの首席…アスリートクラスからの首席って
はじめてらしいぞ!ウケるだろ?」
「すごいな 冴木くん」
「拓真 俺の名前 呼び捨てでいいぞ?」
「え? あ〜じゃあ これから よろしくな?冴木?」
「……うーん まぁ それで良いや よろしくな拓真」
ふわりと笑った冴木の姿が
後ろの窓から見える桜の花に溶けそうだった…
僕はこの時の桜の淡い色を胸の奥底に焼きつけた
僕らはこんなふうに出会った
彼は高校に入ってはじめてできた友達だったんだ
そう…友達だったんだ…