クソくらえだ
「ね、ジンムカ様。セラは可愛いでしょう?」
「そうだね…ジュリが夢中になってしまうのもわかるよ」
「そうなんです!!あっ、大声出してごめんなさい…」
「あはは…大丈夫だよ。ジュリがセラの事を大好きなのは、今に始まったことじゃないからね…」
…そうなのか…若干引き気味で笑うジンムカ様の様子から、ジュリはジンムカ様と2人きりの時にも僕の話をしょっちゅうしているらしいことが伝わってくる。いつもうちのジュリがご迷惑をお掛けしております…
な、なんか気まずいな…何か話題を変えよう…えっと、えっと…そうだ。
「ジュリ、ジンムカさまにあうと、いつも、しゃべりかた、へんになる…ます」
「え…そうかしら?」
「喋り方が変…もしかして部屋に入ってくる時かい?」
「うん!…えっと、はい」
いけないいけない、敬語敬語…
「あはは、無理して難しい言葉を使わなくていいよ。いつも通りでいい。お喋りを楽しもう。セラも、もちろんジュリもね」
そうは言われても…やっぱりお貴族様だしなぁ…
「私は…ジンムカ様が迎えに来てくださった時のために、少しでも恥ずかしくない自分でいたいので…」
そっか、ジュリは愛人とはいえ貴族の元に行くのか。それで難しい言い回しの言葉を…
「…うるわしゅう?たえない?とか、いってた」
でも喋りずらいのは確かなので、今回は酔っ払ってないけどお言葉に甘えさせてもらおう。
外国語で話すだけでも大変なのに、敬語なんてもっとよくわからん。クソくらえだ。
「えっとそれは、前にジンムカ様から教えて頂いたお話の中で使われてた言葉なの。…私の使い方、合ってましたか?」
「そうだね…今回は合ってたかな。使い方が違う事もあるけれど、そこもまた可愛いんだ」
「あう…その、間違っていたら教えて下されば嬉しいのですが…」
「ふふっ、ごめんねジュリ。つい可愛くて指摘するのを忘れてしまうんだ。僕のために一生懸命考えてくれてるんだって事が伝わってきて…愛おしくてね」
「もう…ジンムカ様…」
う、うーん…2人して甘い空気を醸し出している…
僕がここにいるの、おもいっきし場違いじゃないか?なんで僕まで指名したんだよジンムカ様…
思わず頭を抱えそうになるが、さすがにお客様の目の前で態度に示すのはよくないよね…愛想笑いで誤魔化そう…
それにしても、ジュリのよくわからない変な言葉遣いはジンムカ様から聞いたお話の中に登場したものらしい。どんなお話だったんだろう?…まぁ、いいか。他にも聞きたいことは沢山あるんだ。
「きょうも、おはなしたくさん、きかせてくれる?」
「ああ、勿論だとも。何か気になっていることがあるのかい?」
「うん!えっと、まえにね、ジンムカさまにあったあと、つき、みた!」
「つき?」
「ああ、夜空にある月の事だと思います。前回お会いした帰りに外で…セラが初めて見たって、びっくりしてて。気になってたなら私にも聞いてくれれば良かったのに…」
ジュリに聞いてもなぁ…人の月だとか魔の月だとか、よく分からないこと言ってたしなぁ。言ってはなんだが、ジュリに聞いても何も分からないと思うんだよね…
「ジンムカさまにあったら、おもいだしたー」
前回ジンムカ様に会った帰りに見たし、ジンムカ様に会ったから思い出した事にしておこう。確か3つあるとか言ってたっけ…
「きいろと、むらさきだったー」
「人の月と魔の月だね。白い神の月は無かったかな?」
「はい。その日は神の月だけ見当たらなくて。今日見れるといいんですけど…」
「月は気まぐれだからね。でも神の月ならほとんどの夜に出ているし、見れないことの方が珍しいから大丈夫じゃないかな。今日は見れるといいね」
じ、ジンムカ様も神の月とか人の月とか言ってる…いやまぁそりゃそうか。嘘とか作り物だとか、そういうのはバラしちゃいけないもんね…
それにしても月が3つってどんな設定なんだ?3つある必要があるんだろうか。ここは地下で、空の景色は映像…だと思ってたけど、そういえば今日は雪が降ってた。
あれは…いや、雪も作れるし風で飛ばせばいくらでも演出はできるか。
…でもそうなると、どうして月を3つも用意したのかがさっぱり分からない。
「…つきは、どうして、そらにあるの?」
「どうして?」
ジュリもジンムカ様も、ポカーンとした表情をしている。そんなに変な質問だっただろうか…うん、変な質問か。
普通に考えたら月がある理由なんて尋ねられても…僕だって困ってしまう。月は人類が生まれる以前から地球の周りにあるのだ。
変なことを聞いてしまったな…どうしよう…
「…どうして月があるのかなんて、考えたこと無かったなぁ。セラは月のお話を聞いたことはあるかい?」
思わず首をひねってしまう。月のお話ってなんだ?
「前に話した事もあるんですけど、もしかしたら覚えていないかもしれません」
僕の代わりにジュリが答えてくれる。どうやら前に話してもらったことがあるらしい。
「そうか。なら…そうだな。月が3つあるのは聞いているだろう?でも、最初は3つじゃなかった。神の月と魔の月は、人間が生まれるずっと昔から空にあって、人の月は後からできたんだ」
「あとから?」
「ああ。
むかーしむかし、この世界には太陽、神の月、魔の月だけがあった。
神の月には沢山の神が住み、魔の月には魔物たちが住んでいた。
だけど、神と魔物はお互いに仲が悪くてね。よく喧嘩をしていたらしい。
魔物の王は、魔物を沢山増やして神に対抗できる力を得ようと考えたけれど、魔の月は小さいだろう?だからすぐに魔の月は魔物の大群でいっぱいになってしまい、それでも全然数が足らない。
どうしようかと悩んだ魔物の王は、太陽の力を使ってこの大地を、僕たちが今住んでいるここを作ったそうだ。魔の月で増えた魔物を地上に送り、軍隊を揃えて神達との喧嘩に勝とうとしたんだね。
だけど、神達もただ黙って見ていたわけじゃない。
きっと神も魔物との喧嘩に負けたくなかったんだろうね。
地上に動物達を作り出し、魔物が増え過ぎないように動物達に戦わせることにした。いろんな形の魔物がいるから、神もまたいろんな形の動物を作った。
その動物達の中に、僕達人間もいたらしい。
他の動物達が魔物と相討ちになり数を減らしていく中、人間は他の動物より魔物と戦うのが上手かった。
武器を作り、罠を作り、どんどん魔物を倒していった。そうして数を増やした人間は、村を作り、町を作り、国を作り、世界全土に広がっていって、他の動物達とは明らかに違う力を持つ種族になった。
そんな人間の力を神が認めてくれた。
魔物の王も、自分が魔物で埋め尽くそうとして作った大地が逆に人間に埋め尽くされてしまったことで人間の力を認めることにした。
そうして神と魔物の王から人に月が贈られることになったんだ。
神が作り出した動物だから神の月よりも小さく、魔物の王の企みを阻止し広大な大地を手に入れた功績を讃えて魔の月よりも大きく。
それが夜空に黄色に光る『人の月』。
そうして月が2つから3つに増えた、というお話が世界各地に残っているんだ。面白いよね」
…へぇ…月が3つある理由が…そんなファンタジー溢れる設定だったなんて…
きっとこのプラネタリウム?プロジェクションマッピング?を天井に作った作者は、異世界もののアニメや漫画が大好きなオタクなんだろうな。じゃなきゃ説明に神と魔物の王が喧嘩してとか、魔物の王が大地を作ったとか言わないと思う。
普通は世界を創造するのは神の役目だろうに…クセの強い奴なんだろうな。
「この大地は魔物の王が作った場所だったんですね!それに私達は神に作られていたなんて!知りませんでした!」
あーあ、純真なジュリがまた信じきっちゃってる…そんな作り話で子どもを騙すなんて、よく恥ずかしくないものだ。
…もしかしてここって、「僕達は神に造られた特別な存在だ〜」とかなんとか言って、洗脳教育でもしてるカルト集団なんだろうか…
…まぁ設定自体は面白そうだし、色々聞いてみたいな。他にはどんな設定があるんだろう?
「かみは?かみと、まものは、だれがつくったの?」
「か、神と魔物かい!?誰が…なんて、考えたことなかったなぁ…」
…驚かれてしまった。まるで本当に今まで考えたことも無かったかのように…あー、普通に生きてたら神の存在だって信じるに値するか人によるだろうし、その神がどう造られたかとか、どう生まれたとか、そんなこと考えた事ない人の方が多いか。僕でもそんな事考えた事ないもん。また変な事聞いちゃったな…
「セラ、神様よ?最初からいたに決まってるじゃない」
決まってるのか。
僕も子どもの頃は根拠もなく「そうに決まってる」と思い込んでいた事がいくつもあった気がするし…そんなものか。
「…そういえば昔、魔物の王についてこんな話を聞いた事がある。魔物の王も、元々は神の1人だったというお話だ。神がいつからいたのかはわからないけど、もしかすると魔物を作ったのも、人や動物を作ったのも、どちらも神だったのかもしれないね」
「どっちも、かみ…かみさまは、たくさんいるの?」
そういえばさっきのお話で神の月には沢山の神が住んでるって言ってた。どんな神様がいるんだろう。
「ふふっ、そうよ。神の月には沢山の神様が住んでいて、その中には私たち人を好きな神様もいるの。その神様が「人にも月をあげよう」って他の神様に掛け合ってくれたおかげで人の月を貰えることになったのよ」
「大地にいる動物達は、それぞれの神が自分に似せて作ったり、自分の好きな形にしたりして作ったというお話もあるね。きっととても沢山の神が神の月には住んでいるんだろうね」
「むしも?」
「むし?草むらにいる虫の事かい?」
「そう、やさい、たべられちゃう」
「ふふふっ、夏は虫に食べられちゃった野菜も多かったものね」
あいつらは気を抜くとすぐに野菜を食べてしまうのだ。1個だけをちゃんと全部食べるならまだ許せるが、少し食べたら次の野菜、少し食べたら次の野菜、といった具合に、本当に度し難い食べ方をする。
…思い出したムカムカしてきた。おのれ…許せん!
「やさいいっぱい、だめになっちゃった…」
「それは大変だったね」
ジンムカ様は楽しそうに笑っているが、笑い事では無い。次の夏は徹底抗戦だ。虫どもを1匹残らず駆逐してやるのだ!
「…ああ!!怒った顔も可愛い!!セラぁ!!」
僕が気合いを新たにしていると、ジュリに抱きすくめられてしまった。頭をぐりんぐりんと揺さぶられるほど頬ずりされているけれど、ジンムカ様の前でそれはいいのだろうか…
「あははっ、確かに!セラは可愛いなぁ」
ジンムカ様まで声を上げて笑っているし。
むぅ…げせぬ…
その後も色々な話を聞かせてもらった。
神の月、魔の月には神と魔物の王が住んでいるが、人の月には誰も住んでいないこと。人の月に行けるのか尋ねてみたけれど、神に認められた人々だけが死んだ後に招かれるとか…どうやら死後の世界のような扱いらしい。
月には神が、大地には人や動物が住んでいる。では、太陽は?
答えはすごくシンプルで、太陽はどうやら巨大なエネルギーの塊との事だった。神の食事、人が使う魔法の力の源。なんだかよくわからなかったけど神に必要なものなら、太陽こそ全てを作った唯一の神みたいなものなんじゃないか?と思ったりもしたが、変なことは言わないに限る。
ジンムカ様は僕をここに拉致監禁してきた張本人では無さそうだが、関係者である腺はまだ濃厚なのだ。僕の記憶が残っている事を推察できるような迂闊な言動は控えなければ。
ジンムカ様はお話だけじゃなく、今回はお金の実物まで持ってきてくれた。
メルと呼ばれている通貨だ。
最小単位の1メルでも日本円の1円玉とは違い、ずっしりと重い。これじゃあ持ち歩くのも大変そうだ。1000メルの銅板、5000メルの赤板はよく使われるのかくすんでいたが、1万メルの銀板、10万メルの金板はキラッキラしていた。
試しに欲しいと言ってみたが、苦笑いでやんわりと断られてしまった。まぁそりゃそうか。
10万メルは10万円分だし…ん?このサイズでこの重さの金ならそれ以上の価値があるのでは?混ざり物が多いのかな、うん。さすがに原価より安いとか有り得ないか。
ちなみに、5000メル以下のくすんだ貨幣は使用人から借りてきたらしい。ジンムカ様を初めとする貴族は普段カードでの支払いが主であり、何かあった時のために1万メル、10万メルをいくらか屋敷に保管している程度なのだとか。だからピッカピカだったんだね。
その後も色々な話を聞いていたのだが…気が付いた時には後の祭り。ジンムカ様が帰った後…というか、気が付いたら朝だった。
「セラったら、起こしても起こしても、全然起きないんだから…」
ジュリにまで呆れられてしまう始末である。申し訳ない…




