いってらっしゃい
※金髪の少女・ジュリ視点です。
セラ達が小鹿亭に来て2週間が過ぎた頃、ついにモーラス様がきた。
ここ1週間ほどお客様が多くいらしていたのでそろそろだとは思っていたけど、いざこの日を迎えてみると胸が苦しくてたまらない。
セラははじめてお客様のお相手をするように言われて戸惑っている。
セラと一緒に小鹿亭に来たクルカラとオープルは
「もうおきゃくさま!すごい!」
「いつもおべんきょうしてたもんね!がんばって!」
なんて無邪気に言っている。セラがこれからどんな目にあうのかも知らずに…
…セラは強い子だ。今まで見てきたどの子よりもずっと。
今まで選ばれた子は最初の数日で「お勉強」に行くのを嫌がるようになり、泣きじゃくったり暴れたりして世話人に地下室に引き摺られていき、最後の日が近づくにつれて全て諦めたように静かな子になる。
けれどセラは顔を青くしながらも、毎日自分で地下室に歩いていくし、今では笑顔だって少し戻ってきた。
きっと大丈夫。
私のセラは…きっと…
みんなに「がんばってね」と声をかけられているセラを後ろからそっと抱きしめていると、世話人から私にも声がかかった。
私のお相手はジンムカ様だそうだ。
ジンムカ様は毎年地方貴族が集まるこの時期になると、4日おきに私を予約しているらしい。そうすれば、私は地方からきた知らない方達のお相手をしなくて済み、ジンムカ様は私が地方の貴族に目を付けられないから安心なのだと教えてもらった。
女児専門の娼館の決まり事として、お客様のお相手をした後は必ず3日、身体を休めないといけない。
大人になれば自分の体調に合わせて毎日でも、1日に何人でもいいらしいけれど、ジンムカ様から身体を大事にするように言われているから無理はしないつもりだ。
今日の夜は私とセラともう3人が呼ばれているから、5人で一緒に部屋を出て身体を洗いに行く。
お客様が来るのはそれぞれ昼と夜。小鹿亭にはお客様のお相手をできる部屋が4部屋あって、普段呼ばれるのは最大で4人まで。
地下室は基本的に5才の子達が個別に連れていかれて「お勉強」に使われる部屋になっているけれど、モーラス様が来たときだけは地下室もお客様の部屋として使われている。
世話人が井戸の水を何度も汲んで、大きな桶に入れていく。
私たちはそこから手桶で水をすくい、頭からつま先まで2人1組になって丁寧に洗う。
今日はセラもいるので、セラのことを2人で隅々までキレイにしてあげる。
世話人が井戸の水を汲んでくれているが、5人もいるとさすがに1人では人手も水も足りないので、井戸に備え付けられているもう一本のロープをみんなで交代しながら水を汲んだ。
私も初めて小鹿亭で全身を洗われた時は驚いたけれど、セラも身体全部を洗われるのは初めてみたい。
最初は驚きすぎて固まっていたけれど、全身ずぶ濡れになるのが楽しいらしく、今までにないくらいキャッキャとはしゃいでる。
ふふ、可愛い。孤児院では手とか顔とか、汚れた時にしか洗わないものね。
小鹿亭には下級貴族もくるので全身を洗わせてくれるけれど、 小鹿亭よりランクの低い娼館では、顔と股だけだったり、ひどい所だと一切洗えない所もあるらしい。
水を汲むのも大変だし仕方ないと思うけれど…お客様の相手をした後も洗わせてもらえたらな…なんて思ってしまう。
体を洗い終わったので、次は髪を洗う用の砂の入っている桶を持ってくる。
髪の毛は水で流したあと、この少し変な砂で洗うととても綺麗になるのだ。
やり方も簡単で、まずは砂の桶に水を入れて泥にする。
次に泥を地面に落とさないようにするために桶の中に頭を入れて、頭と髪に泥を塗って丁寧に揉んでもらう。
サラサラした手触りのいい泥で、髪と頭にしっかり揉み込んだあとに手で何回か撫でると、泥がなぜか砂になって落ちていくのだ。
何回もさらさら〜っと地肌から髪の先まで撫でれば泥が完全に砂になって落ちて、髪の毛がサラサラふわふわになる。
光を反射して落ちる砂とサラサラになった髪を見て、セラが目を輝かせている。
ふふっ、可愛い。今からセラの髪も洗ってあげるからね。
セラの長い髪を丁寧に丁寧に洗っていたら、世話人から早くしろと言われてしまった。
セラと離れたくてわざとゆっくりしていたのに…
…セラを行かせたくない。できることなら私が代わってあげたい。
…こんな事を思うようになるなんて考えもしなかった…モーラス様が来る度に、私は呼ばれませんように、私じゃなくてよかった、っていつもいつも思っていたのに…
セラは今、洗い終わってサラサラになった自分の髪を撫でながら、とても楽しそうにしてる。
だから、これだけは言わなきゃいけない。
「…セラ、聞いて。今日のセラのお客様、モーラス様は、とってもこわい人らしいの」
さっきまで楽しそうにしていた顔が、私の言葉を聞いた途端に不安そうな表情になる。
胸がぎゅうっと苦しくて、つぶれてしまいそう。でも言葉を続ける。
「叩かれたり、痛いことをされるかもしれない…でもね、暴力をするお客様はほとんどいないの…私が知る限り、モーラス様だけ。そんなモーラス様も一年に一回しか来ないし、毎回違う人を指名していくの」
だから今日さえ乗り切れたら…明日になれば、もう痛いことはされないから…
「大変かもしれないけど、今日だけだから…今日だけがんばれば、もう大丈夫だから…」
胸が苦しくて、涙が溢れそうになる。私が泣いちゃいけない。そんな姿を見せたら、ただでさえ不安そうなセラをもっと怖がらせてしまう。
「…セラ、不安そうな顔をしないで。大変なのは今日だけだから。毎日のお勉強だってもうおしまい。これからはクルカラやオープルと同じように、週に1回だけだわ。だから…だから、今日だけどうか、がんばって………」
私はセラを抱きしめて自分の顔を隠した。
セラは「今日だけ…」とつぶやいて、頷いてくれた。
セラが地下室に連れていかれる前にもう一度抱きしめて、おでこにキスをする。
「きっと大丈夫。いってらっしゃい…」
「…ジュリ、いってきます」
不安そうに、でも精一杯笑顔を作ってそう言って、セラはモーラス様のお相手をするために地下室へと降りていった。
セラの背中が見えなったところで私はとうとう我慢できなくなって、出てきた涙はぽろぽろと溢れて止まらない。
セラ。私の可愛いセラ…ごめんなさい…どうか無事に帰ってきて…
戻ってきた世話人に顔を洗うようにと水場に連れていかれ、そのあとすぐに私はジンムカ様の所へと向かった。
 




