1人の犠牲だけで済むように
※金髪の少女・ジュリ視点になります。
ここ小鹿亭は王都にある女児専門の娼館だ。
毎年この時期は地方各地からたくさんのお貴族様がお城に集まり、滞在中に贔屓にしている娼館で遊んでいく。
その中には地元での鬱憤を晴らすかのように、ハメをはずして楽しむ人たちもいる。
この時期に必ずいらっしゃる、地方の下級貴族であるモーラス様もその内の1人だ。
モーラス様は毎年「男を経験していない5才の娘」と指名するらしい。
小鹿亭のオーナーが5才の子の中から1人を選んでいるらしく、世話人が1人を地下室に連れていく。
モーラス様は小さい子を痛めつけるのが趣味なのだろう。連れていかれた子は毎年、とても遅い時間に怪我だらけで気を失った状態で、世話人に抱えられて帰ってくる。
私が8才になるまでは地下室がなくて、毎年その日は夜遅くになるまで、連れていかれた子の悲鳴がいつまでもいつまでも聞こえてきて、怖くて怖くてたまらなかった。
地下室ができてから悲鳴は聞こえなくなったけれど、おそらく毎年同じことが繰り返されているんだと思う。
気を失って戻ってきた子はほとんどが、ずっと目を覚まさなかったり、ずっと泣き叫んでいたり、ぼーっとしたまま食べることもしないおかしな状態になったりして、数日後に世話人が「壊れちまった」「医者に連れていく」と言って連れていく。
帰ってきた子はいない。
普段は体調を崩したり病気になるとお医者様が小鹿亭に来て診てくれるけれど、医者に連れていかれた人は帰ってこない。「医者に連れていかれる」とゆう事を恐ろしいと思っているのはたぶん、私だけじゃないはず。
前に1度だけ、地下室に1人が連れていかれてしばらくした後、例年よりずっと早い時間に気を失って帰ってきて、もう1人、地下室に連れていかれたことがあった。そして、数日後に2人とも医者へ連れていかれて、帰ってこなかった。
それからは、5才の子のうち1人は必ず、大人しくて我慢強そうな子が連れてこられるようになったのだ。
…今回は、セラが選ばれたんだろう。
私にはどうすることもできないの…ごめんね…セラ……
次の日から、5才の子のうちセラだけが毎日1時間ほど地下室に「お勉強」に連れていかれ、目を真っ赤に腫らしてぐったりして帰ってくる日々が続いた。
帰ってくるたびに、1番上の姉さまが抱きしめてあげる。
「大丈夫よ…もう怖いことはおわったわ…大丈夫…大丈夫…」
これも、毎年のこと。今年は私の役目だ。
通常、5才の子は殆どお客様に呼ばれることはない。うまくお客様のお相手が出来ないからだ。
週に1度くらいのペースでお客様のお相手の仕方を教えるために世話人が「お勉強」に連れていき、ごくたまにお客様が望まれた時だけお仕事をする。その時だって、お客様も5才の子は上手じゃないのを知っているからお話の相手だとか、何かするとしても優しくしてくれる人ばかり。そしてだいたい7才から本格的にお客様のお相手をするようになるのだ。
ではなぜセラは…5才の子のうち1人だけが、毎日「お勉強」に連れていかれるのか。
「前に地下室に2人連れていって、その後2人とも医者に連れてっただろう。そうならないためだ」
世話人は当たり前のようにそう言った。
2人いなくなるよりは、1人の犠牲だけで済むように。
その答えにすぐ納得してしまった自分がなんだかとても汚い物になってしまった様な気がして、私はその夜、声を殺して泣いた。
セラは私によく懐いてくれてる。いつも「お勉強」から帰ってきたセラを抱きしめているからかもしれない。
ここに来て2日目にはじめて地下室で「お勉強」をうけてからずっと怯えたような表情をして消えていた笑顔が、10日ほどたった今では少し笑顔を見せてくれるようになった。
他の子がうける普通の「お勉強」とは違って、毎年1人だけ選ばれた子がうける、セラがうけている「お勉強」は特別で苦しいものだという。
最初の3日間はアザをたくさん作ってきた。それからは怪我をしてくることはなかったけれど、いつも目を真っ赤に腫らせてぐったりしながら帰ってくる。
私はいつも帰ってきたセラを抱きしめて、こういってあげる。
「セラ…大丈夫よ…もう終わったわ…大丈夫…大丈夫…」
抱きしめてあげるとセラは「ジュリ…ジュリ…」と私の名前をつぶやきながら泣いてしまうけれど、それが苦しくて、愛おしくて仕方がない。
今までの姉さまもそうだったのかな。