ぬけがけ
コソコソしてる僕達を見てクスクス笑ってる子はいたけど、誰もついてきてない。
この近くに誰もいないことも確認済みだ。
何度も食べちゃダメと釘を刺されたので、見つかったら絶対に邪魔されてしまう。
それだけは何としても避けなければならないのだ。
「…ここ?」
「…えっとね…あ、あの木のうらにかくしたの…この葉っぱのした」
「…あった!ちゃんと3つある!」
オープルが木の実を隠した木の根元には小さな凹みがあったらしく、そこを葉のついている枝や落ち葉で覆いかぶして傍目からはわからないように意外としっかり隠してあった。
ここって言われて探さないと見つけられなかったかも。
3人で赤い実を1つずつ持ち、キョロキョロと辺りを見回す。
大丈夫、木の陰になっているから見える範囲には誰もいない。
「…だれからたべる?」
僕の呼びかけに、すぐにでも齧りつこうと大口を開けていたクルカラが動きをとめた。
「…クルカラ、ぬけがけ」
「…まだ食べてないからだいじょぶ!」
じとーっとした目で非難の目を向ける僕とオープルに、クルカラが焦ったような声をあげた。
「…えっと、えっと、オープル食べていいよ?」
クルカラにもちゃんと1番を譲る心があったみたいでよかった。
「…え…じゃ、じゃあみんなでせーので食べよ?」
「…いいの?」
「…うん。みんないっしょがいい」
オープル…なんていい子なんだ…クルカラにも見習ってほしい。
クルカラをチラリと見ると、残念な事にすでに目の前の赤い実に釘付けになっていた。
君、よっぽど食べたいんだね…
かくゆう僕も手の中の赤い実が気になっていたので、あえて何も言わずにそっと赤い実を見つめた。
「…いいにおい…」
白いアッポと違い、ふわりと甘ずっぱい匂いが漂ってくる。
これは…りんごの匂いだ!!
やっぱりりんごと梨って同じ木になるのか…知らなかったな…
それとも品種改良した特別な木だったりするのかな?
白いアッポは優しい甘そうな匂いがほんのりとしていたのに対し、赤いアッポは強烈に美味しそうな匂いがする。
同じ木からなる果物でこんなに匂いが違うなんて…なんだか不思議だな。
「…ね、ね!はやく食べよ!」
クルカラはもう我慢の限界らしい。
僕とオープルは早く早くとよだれを垂らしながらうるさいクルカラの姿に苦笑いしつつ、せーので食べることにした。
「…じゃあ、たべるよ」
「…うん!」
「…ごくり…」
「「「…せーのっ」」」
シャクリ!!
!!!???
「~~~!!!???」
「~~~っっっぱ!!!!!!」
「ッッッ!!!ッッッッッ!!!!!!」
なんだこれ!!なんだこれ!!!すっぱ!!!!酸っぱ過ぎる!!!
酸っぱ過ぎて舌がビリビリする!!!これ無理!!!あ、涙でてきた…うえぇ…舌がずっとすっぱいよぅ…
一生懸命ペっぺと赤い実を吐き捨てたが口の中の酸っぱさは無くならず、よだれがとめどなく溢れてくる。そのよだれで舌を何度も何度もすすいでペっぺと吐き出すが、舌に残った酸っぱさが一向におさまる気配がない…
隣ではオープルがあまりの酸っぱさに蹲って地面を叩いているし、クルカラもあああ!!と声を上げながら手をバタバタして飛び跳ねている。
大惨事であった。
「あ、だれか赤い実食べたみたい!」
「ほんと!?誰だった?」
「こっちこっち!」
「…え!?3人とも!?」
「うそぉ…」
「えぇ…この子達、仲良いね…」
「ぜったいクルカラがさいしょに食べると思ったのにー」
「私はセラだと思った!」
「わたしも!!」
「まさか全員同時に食べるなんて…」
「しばらく誰も食べなかったし、今年は誰も食べないのかと思ったわ」
「たしかに!!よく今まで我慢してたよね!!」
「誰かさんはダメって言われてたのに、こっそり木に登ってまだ熟してもいない赤い実を食べて落ちてきてたわよね〜」
「っ…うるさいわね…昔のことは忘れなさいよ…」
…なんかまわりでがやがやと笑いながら好き勝手に言っているのが聞こえてくるが、僕達はそれどころじゃなかった。
いつまでも続く舌を刺すような酸っぱさによだれと涙がとめどなく溢れてきて、ただ泣くことしかできない。
「あーあ…だから赤い実は食べちゃダメっていったのに…セラ?ダメでしょう?言うこと聞けない子は悪い子よ?」
ジュリが優しく抱きしめて背中をポンポンしてくれる。
「…うっ…うぅっ…ごめんなさい…もうたべない…すっぱぃのいゃ……じゅりぃ…ひっく…ごべんなさぃ…」
「ふふっ…しばらくすれば酸っぱいの無くなるから、それまで我慢するしかないの。よしよし…これに懲りたらもう悪い子しちゃダメよ?」
「わるいこ…しなぃ…ひっく…ごめんなさぃ…」
「ふふふっ…クルカラとオープルのほうはどう?大丈夫そう?」
「…こっちもセラと一緒でダメそう。あっこら暴れないの。暴れても酸っぱいのは無くならないからねー」
「…はぁ…服がよだれでべちゃべちゃだわ…」
いつまでもいつまでも口の中の酸っぱさは消えず、夜になっても少し酸っぱさが残っていたせいで夜ご飯の味もよくわからなかった。
デザートにでたアッポのおかげでようやく酸っぱさが落ち着いてくれたが、せっかくのおいしいデザートが台無しだ。
「ん?まさかみんなして赤い実を食べたのか?」
どんよりとした雰囲気をまとった僕達3人に気が付いた世話人にまで呆れられて、今日はもう踏んだり蹴ったりだ。
そもそもあんなに酸っぱくて食べられないなら先に教えてほしかった。
少し拗ねながらそう言うと、どうやら毎年小鹿亭に来た子のうちの誰かが赤い実をこっそり食べて、僕達と同じ目にあうのが恒例行事になっているらしいのだ。
…なんて酷い人たちなんだろう…
辛い目にあってる人を見て笑いものにするなんて…!!!
…これがもしクルカラがこっそり1人で食べて同じ目にあっていたら、僕もきっと大爆笑していたに違いないとは思うけど…
それはそれ!これはこれだ!!
当事者からすれば絶対に許すことはできない!!
僕達3人をあまり笑わずちゃんと心配してくれたのは数人だけだった。
たぶん、今までに赤い実を食べて笑われてきた被害者達なんだろうな…我が同士達よ!!
来年は被害者が出ないようにこっそり教えてあげよう…いや、言いつけを守れないのが悪いのか?いや…でも…ううむ…
その日、ジュリの寝る前のキスは、あっさりだった。
僕は舌がまだ半分麻痺していてわからなかったが、どうやらまだかなり酸っぱさが残っていたらしい。
舌を絡めた瞬間にジュリが「すっぱっ」って驚いてた。
部屋中に静かな笑いが起きた。
キスして「すっぱっ」て…別にいいけどさぁ…傷付いてなんかないさ。
ふんっ。




