今まで犠牲になった者達
※世話人視点になります。
※主人公がお勉強を受ける少し前の所から話が始まります。
「ジュリの調子は戻ったようだな。客からの評判も上々だ。…それで、問題のセラの様子はどうだ?本当に使えそうか?」
「はい。勉強はまだですが、今までの様子を見る限り他の者達と同じように働けるかと」
「ふむ、ならばいいが。…今までバカ貴族のせいでダメになった少女達も、今回のように面倒を見てやれば回復したと思うか?」
「それは…難しいでしょう。今までの者達がジュリほど献身的に世話ができるとは思えません。そもそもセラは記憶をなくしているようですので」
「ああ、そういえばそんな報告を受けていたな。記憶が無いから…か。幸か不幸か…どっちなんだろうな」
幸か不幸か…か。今のセラの様子を見れば、これほどその言葉が合う状況はそうそう無いだろう。
「…セラにとっては幸運だったでしょう。…オーナーは、今まで犠牲になった者達のその後をご存知なのでは?」
オーナーの表情が苦虫を噛み潰したように歪む。どうやら余計な事を言ってしまったようだ。
「…まぁな。これ以上不当な扱いを受けないよう多少根回ししているおかげか、必然的にその後の状態も耳に入ってくるだけだ」
「…流石です」
「くだらない世辞はやめろ。まだ小さい子供を、バカ貴族に生け贄の様に差し出す事しかできないのだ。せめてそれくらいはする。だが…そうだな。記憶をなくせたセラは、確かに幸せなのかもしれないな」
そう言って、オーナーは度数の高い酒を一気に呷った。
報告を終え、仕事に戻りながらオーナーの言葉を思い出す。
『記憶をなくせたセラは、確かに幸せなのかもしれないな』
あの言葉はつまり…今まで医者に連れて行くと言って小鹿亭から連れ出した者達は例に漏れず、今も心の傷に苦しんでいたり、幸せな人生は歩めていないという事なのだろう。
それを考えれば、セラはやはり幸運だったのだ。あの貴族の犠牲になった時点で、幸運といっていいものかは解らないが。
だが、記憶をなくした事によってセラは以前よりも明るく、元気になったように感じる。以前までの無理に取ってつけた様な笑顔ではなく、純粋な、自然な笑顔を俺に向けてくれるようになった。
…俺の最近の1番の癒しだ。
俺はこの小鹿亭で用心棒兼少女達の世話や客室の準備などをする、世話人と呼ばれる仕事をしている。
世の中には世話人という仕事をよく知らずに羨ましがる奴らもいるが、俺からするととんでもない。1度人生を代わってみてほしいものだ。
俺たち世話人はその殆どが孤児院出身で、ガタイが良いこと、力が強いことを基準に選ばれ声がかかる。望んだ者は世話人となる教育を受けるために専用の教育施設に入れられ、毎日の厳しい戦闘訓練に始まり、炊事洗濯、一通りの礼儀作法を叩き込まれるのだ。
ある程度の年齢になるまでそこで教育を受け、それまで脱落せずについてきた者達はそこで病院に連れていかれ、アソコの玉を切られる。
これは世話人の教育施設に入る時に事前に了承している事だ。今更とやかく言うつもりは無いが、玉を切られてすぐの頃は、これで俺は本当に所帯を持つことができなくなったのだと若干ナーバスな気分になったものだ。
まぁ実際のところ、孤児院出身の男が所帯を持つこと自体珍しいのだ。孤児院出身者の男が100人いたら、99人は一生独身だろう。
最初から自分は所帯を持てるかもなどと思い上がった考えは持っていなかった。
ただひたすらにランクの高い娼館で働けるように身体を鍛え、学ぶ。それもこれも食べ物に困らず生きていくため、そしてより美味い飯を食うためだ。
そうしてどうにかこうにかランクとしては高い方の中級の娼館、小鹿亭への就職が決まった。
ランクとしては中級となっているが、中級から上のランクの娼館は一気に数が減るため決して真ん中という訳では無い。
孤児院出身者としてはかなりの勝ち組といえるだろう。
誤算としては女児専門の非正規の娼館だった事と、厄介な客のせいで年の初めに拷問の様な「特別なお勉強」をしなければいけない事くらいか。
小鹿亭は非正規とゆう事にはなっているが、実際は他の娼館と同じ様に国の主導で運営されている。なんでも外国への体面、それも海を渡った遥か遠くにある大陸からの体裁を気にして『非正規』としているらしい。
向こうの大陸では子どもを働かせる事はあっても、風俗で働かせるのは一般的ではないらしいのだ。
そんな遠くの国からの心象など気にする必要があるのか?
そう思ったが、理由を聞いて納得した。この国はコンロや明かり、空調設備などの魔道具を動かすための魔石や、魔物由来の資源を大量に輸入しているからだ。
小鹿亭でも魔石と、サンドスライムという魔物から得られるという洗砂はとても重宝している。
ほかの大陸では街道を歩けばゴブリンに出会うと言われるくらい魔物の数が多いらしいのだ。
俺たちの住んでいるオーライン大陸では魔物など滅多に出ない。魔物が出るというのは、普段はタダ飯喰いと揶揄されている騎士団が出動するほどの珍事だ。それでも5年か10年に1度は出撃があるのだから、魔物が全く出ない訳では無いのだろうが。俺は当然見たことが無い。
ともかく魔物が少ないオーライン大陸では年中魔石や素材不足に悩まされているので、外国からの輸入に頼るしかないということだ。
まぁそんなことはどうでもいいか。考えなければいけないことは別にある。
オーナーからそろそろセラの勉強を始めるように言われてしまったのだ。
…正直、気は進まない。ジュリも難色を示すだろうな。
そもそも「お勉強」などという言い方も気に入らないが…娼婦たちが客との受け答えで粗相が無いように、普段から聞かせる言葉には気を付けなければならないのだ。
教えられた、芸を仕込まれたと答えるより、お勉強をした、練習したと答えた方が印象が良いだろう、との事らしい。
「特別なお勉強」については…考えたくもない。加減はするが、殴り、鞭で叩き、窒息しない程度に口に棒を突っ込む。拷問のようなものだ。
俺も教育施設で軽く拷問を受ける訓練は受けたが、拷問を受けるのと自分が拷問を行うのでは大きく違う。
ましてや相手は5才になったばかりの子どもだ。
全て仕事の為だと割り切ってはいるが、毎年この時期はどうしても気が滅入ってしまう。
全てはモーラスのバカ貴族のせいだ。アイツが来るようになったのは…10年ほど前だったか?
当主が急死したとかで突然当主になったはいいが、元々度量の小さい男だったらしい。自分が治める領地でもあまり大きな顔はできないからなのか、地元を離れて気が大きくなるのか。
貴族が王都に集まる社交界の帰りに小鹿亭に立ち寄り、虐待を楽しんでいく迷惑極まりない野郎だ。
毎年夜遅くまで続く悲鳴に最初の数年は「1晩だけだから…」と我慢していたオーナーだが、他の客から苦情が入ったことをいい事に風俗業界の上役に直々に苦情…もとい陳情し、数が少ない上に傲慢で知られる魔術師達まで複数用意させて地下室を準備していた。
魔術師の雇用以外の費用はオーナー持ちだったらしくかなり費用がかかったと愚痴をこぼしていたな。それもこれもあのバカ貴族のせいだ、と。
とはいえ、今回はセラの養生の役に立ったので無駄ではなかった…いや違うな。そもそもあのバカ貴族さえいなければセラは酷い目に合わなかったのだ。
そう思い出すと無性に腹が立ってきた…クソ貴族がっ!
…いや、あの貴族が来ないならセラはこの娼館の基準には届かなかった…のか…?




