きょうはいっぽん。あしたもいっぽん。
ここでの生活ももう半年くらいになるだろうか。
僕は今日も元気に走り回っていた。
この施設には時計もカレンダーも置いていないので正確にはわからないが、何度も寝て起きて食べて、寝て起きて食べて…特に代わり映えのしない日常を延々と繰り返している。
退屈で退屈で仕方がないほど何も無い。
なんせ、雨で一日中小屋の中に閉じ込められている日と、お昼まで庭で遊べる日と、夕方まで庭であそび放題の日の3種類しかないのだ。
どのくらい経ったか正確にわかる方がおかしいだろう。
それでも大体半年くらいだと思うのは、そびえ立つ壁の下の方に毎日印を書き足しているからだ。
可愛いお花の絵である。
最初はドラマやアニメに出てくる牢屋によくあるような、牢屋に入れられて何日経ったかを表す線だけでいいかと思ったんだけど…自由に身体を動かせるようになった僕にはいつも見張りがついていたせいで、ただの棒線を毎日1本だけ書いていくなんて怪しい行動をとる訳には行かなかったのだ。
よちよち歩きが安定して長くできるようになってからは、僕は庭の散策を開始し、脱出ルートを探し始めた。まだまだ脱走するつもりは無いが、いつ何があるかわからないからね。いつでもことを起こせるように準備だけはしておくつもりだった。
なんせ庭は広い。
僕たちが寝泊まりしている小屋に、井戸、30人ほどの少女たちが走り回れる広い庭スペースがあり、そこより端の奥の方は背の低い木が何本もあるのに加えて背の高い雑草が生い茂っているため奥が見えずらくなっているが、そこには小さな畑があって僕たちの食事に彩りを与えてくれている。
そして食堂のある、横幅30メートルくらいある大きな建物。
この建物でわかっている事は、僕たちが普段寝ている小屋の前の方にある扉の先に食堂があること。その奥に台所と地下の氷室があり、食堂の隣にトイレがあること。
…それだけである。
他のスペースについては行ったことがない、いまだ謎のスペースだ。
散策の最初の頃はジュリを始めとしてたくさんの子たちが僕についてまわっていた。病院もののドラマでよくある、院長先生が偉そうに病院内を歩き回っているみたいな雰囲気になってた。みんな賑やかだったけど。
今では僕についてくる人数はかなり減ったが、それでも常に3人くらいいる。大体はジュリとクルカラがいて、あと一人はジュリと同い年くらいに見える赤髪のミルカだったり、ジュリやミルカより少し背の低い青髪のシアノ(最初に水浴びした時に一緒だった子だ)、僕と同じくらいの背丈のピンク髪のオープルだったり…その日のそれぞれの気分によって変わっているようだ。
そんな感じにずっと着いてくるせいで一瞬たりとも1人きりになる時間が取れないし、どう壁に印をつけようか…と悩んだところで思いついたのが、お花の絵だった。
5mくらいのやけに高い壁は、近くで見ても遠目で見た通りの土の壁のようだったが、触ってみるととても硬いことがわかった。
試しに落ちている小石を拾って引っ掻いてみると、ゴリッという硬質な音がして石の色と同じ色の線が引かれた。
これには正直かなり驚いた。
見た目は土の壁なのに、石と石を擦り合わせたような感触だったから。
この瞬間、壁を削って脱出用の穴を…と密かに立案途中だった作戦の1つが潰えたのだが…
まぁ、今は日数がわかる印を付けるのが先だ…期待してなかったし。問題ないし。
ものすごく硬くて驚いたので、土壁をぺちぺち叩きながらジュリに「つちー?」と聞いてみたところ、ジュリも壁を叩きながら頭を捻っていた。土は土みたいだけれど…よくわからないようだ。
とりあえず予想外に硬かったが、壁に印をかけることは確認できたのだ。これなら…絵を描くふりをして印を残していけるかもしれない。
描くなら壁の端の方からだな…小屋の裏の方に壁の角をめざして進んでいき、壁の端の角、地面に接するところから葉っぱ、茎、お花…というふうに描いてみる。ジュリが「お花?」と聞いてきたので、その横に2つめのお花を描きながら「おはなー」と答えておいた。
なんかジュリたちがキャッキャしている。楽しそうでなによりだ。
しかしやはり事を起こすのはクルカラである。
奴はあろうことか、僕のマネをして寝転がり、同じようにお花を描こうとし始めたのだ。
これには焦った。せっかく日数の記録のための印なのに、勝手に増やされたら堪ったものじゃない。
「だめー!セラがかくの!!クルカラ、だめ!!」
すぐさま僕は拙いながらに喋りながら怒った。
クルカラはキョトンとしていたが、すぐにほっぺたを膨らませて「クルカラもかくー!!」と怒ってそのまま書こうとしたので、止めようとクルカラの手を掴んで妨害したのだが…そこから揉み合いの喧嘩のようになってしまい、ジュリに仲良くするように2人して怒られてしまった。
でもこれは日数を表す印だから、どうしても譲るわけにはいかない。
「ここ、うえ、クルカラかくー。した、セラかくのー!クルカラうえかくー」
どうにか、下にお花を描くのは僕、クルカラは上に好きな絵を描けばいいと拙いながらに伝えようとすると、クルカラも納得してくれたようだ。さっきまで怒っていたのが嘘のように楽しそうに蝶々を描きはじめた。
うんうん。上のスペースならいくらでも使っていいからね。広いしのびのび描けるからね。
下のスペースは描きずらいし、僕にくれたまえよ。
そんなこんなでみんなで壁に絵を描く遊びが一時ブームになるのだった。
お花10個目、20個目は違う形のお花を描き、30個目は木を描いていく。木1本につき1ヶ月という訳だ。
そうして何日もかけて思い出せる日数分の花と木を描いたあと、それからは毎日1本のペースで描き足していく。
「お花1本しか描かないの?」
ジュリが最初のうちはいっぱい描いていたお花を1日1本しか描かなくなった事に疑問を抱いたようで聞いてくる。
「きょうはいっぽん。あしたもいっぽん。おはなふえるー」
笑顔で言うと、なんか納得してくれたみたいだ。ジュリもニコニコしながら頭を撫でてくれた。
子どものうちは笑顔でなにか言えば大抵の事は誤魔化せるものだ。
他の子にも聞かれることはあるが、その度に同じように返しているといつの間にか毎日1本ずつ増えるお花をだれも疑問に思わなくなったようだ。
今では庭にでたらまず壁にお花を描きに行き、そのあとは女の子たちと走り回ったりじゃれあったり、お花を摘んで花輪を作るのを教えてもらったり、日向ぼっこしたり、おしゃべりしたりするのが毎日の日課になっている。
たまにセワビトにおんぶしてもらい、背中から料理するのを眺めたりもする。
これは別におんぶされたい訳では無いのだが…セワビトに料理するところをみたいとお願いしたらダメだと言われたのだ。手を替え品を替え交渉したところ、大人しくおんぶされているんだったらいいぞという事だったので、大人しくおんぶされる事にした。
台所では包丁や火も使うから危ないのはわかるんだけど…背負いっぱなしで疲れないんだろうか。ムキムキだから大丈夫なんだろうな。うらやましい。
…ちなみにセワビトというのは名前ではなく、世話をしてくれる人だからセワビト、と呼ばれているらしい。
セワビトの事で思い出したが、僕がセラと呼ばれているのはセワビトとは違って、僕の名前がセラということらしい。
ジュリ、ミルカ、クルカラ、オープル、セラ。これは名前だけど、セワビトはセワビトだけど名前じゃない、というような感じだったから間違いないと思う。
僕は望月優志って名前なんだけど…まぁ記憶喪失のテイだからいいけどね…
さて…今日も日課のお花を書き終え、いっぱい走り回った。
木登りもしたし、今は疲れて草っ原に寝っ転がっている最中だ。
風にのって香ってくる草の匂いが心地いい。
暇だし、この半年の間に得た情報をまとめてみようか。
まずは…そうだな、この走り回っている庭の雑草についてか。
世話人の背中から料理をしている様子を見ていて気付いたのだけど、クルカラが最初の頃ことある事に雑草責め…もとい、僕に食べさせようとしてきたこの草、実は食べられるらしい。自分で動き回れないうちは気付かなかったが、上の年齢の子たちは特定の種類の若い草を選んで毟り、ザルに集めていたのだ。
そして、調子が悪そうにお腹をさすっている子が草をプチって食べていたのを目撃したことにより、クルカラが意地悪で草を突っ込んできた訳じゃないことがわかった。
「セラ!!むしー!!」
「ひぎゃぁ!!いやーー!!うー……」
これはクルカラがたまにやってくる虫攻撃だ。
僕はそこまで虫が嫌いではないけれど、突然虫を目の前に突きつけられたら誰だって嫌だと思う。しかも、表現は良くないが舌を伸ばせば届くくらい近い距離に突然突きつけてくるのだ。たまったものじゃない。目に虫の足とか触角とかが刺さったらどうしてくれるんだ。
「こら!!クルカラ!!人が嫌がることはしちゃダメよ!!」
「えー…セラがかわいいのがわるいんだもん!!」
僕はジュリの後ろに隠れてクルカラを睨みつけた。
…本当に意地悪じゃ…なかったんだよね??クルカラのことはまだちょっと信用できそうにない。
「みんな、夕食の時間だ」
世話人から声がかかり、みんなで食堂に向かう。
今日もパンとスープと色々な野菜が入った野菜炒めだ。もくもくと食べながらぼんやりと思考をまとめていく。
高く聳え立つ壁の外についても色々聞くことが出来た。
どうやら僕たちは大きな街の中にいるらしい。どのくらい大きいのか聞いてみたが、とても大きいらしいという事だけはわかった。
ジュリに街を見てみたいと言ってみたが、大きくなるまではダメなんだそうだ。外は危険がいっぱいで危ないらしい。
それならと世話人にも街について聞いてみたところ、ジュリと同じように危険だから連れて行けないと言われてしまった。
…まぁ僕が連れてこられた事からも想像できるけれど、犯罪者が集まる街とか、そんな感じに思っていた方がよさそうだ。敷地の外に出て助けを求めれば何とかなるんじゃないかと安易に思っていたけど、そんなことをしたら返って危険かもしれない。
僕が家に帰るのは思っていたよりもかなりハードルが高そうだという事がわかった。
そしてもう1つ、わかったことがある。
…この施設は普通じゃなかった。




