すききらいはダメですよー
※ジュリ視点になります
私が離れると、すぐさまミルカがセラを抱きしめる。
昨日と今日のことを謝って、離れて。次の子へ、次の子へと交代していく。
みんなは結構あっさしりてるみたい…私はセラから離れるのあんなに辛かったのに…
それはまあ、それとして。
…こうして内緒で、しかも約束をわざと破るなんて悪い事、初めてする。…悪い事なのに、なんだかワクワクしている自分がいる。
セラを抱きしめ終わって集まってくるみんなも同じ気持ちなのだろうか。
「どきどきしてきた…」「なんかたのしいね」なんて小さな声も聞こえてくる。
「しー…世話人にバレちゃうわ…」
「あ、そっか…ごめんなさい…」
「私、ドアのほうで足音聞こえないか確認しておくね…!!」
すぐおしゃべりし出すみんなに何度もしーっとしながら世話人にバレないかヒヤヒヤしていると、あっという間に最後のクルカラの番になったようだ。
今か今かとソワソワしながら待っていたクルカラは、自分の番がくると即座にセラに抱きつい…たりはせず、モジモジしていた。
私と同じようにずっと謝りたかったんだろうな。でも考えすぎてよく分からなくなっているのかもしれない。
「クルカラ、セラが待ってるわ。大丈夫、ギュッてしておいで。優しくね」
セラの前でモジモジしているクルカラの背中をそっと押してあげると、クルカラは静かにセラを抱きしめた。
…いいなぁ。クルカラがギュッてし終わったら私ももう1回ギュッてしちゃおっと。
まだかな…まだかな…あ!離れ、ない?セラにおでこを当てて…あ、そっか。無言でギュッてしてたからまだ謝ってなかったんだ。
「…セラ、ぎゅってくるしくしてごめんね。クルカラもね、みんなにギューってされてくるしかったの…きょうもきのうも、セラがんばったね。痛くしてごめんね。でもね、すぐにおきないセラもわるい子なんだよ。みんなをしんぱいさせちゃダメー。あとね、おトイレももっといっぱいしなきゃダメ。毎日うんちしなくちゃダメなんだよ?おつーじがよくなる葉っぱも食べないし、すききらいはダメですよー。あっ、目そらしちゃダメー。お話するときは、ちゃんとあいてをみなきゃダメなんだよ。ちゃんと食べて早くげんきになるの。おやくそく!おやくそくしてくれなきゃダメー。あっ、セラにげようとしてるでしょー!ちゃんとこっちみてー!」
クルカラのお姉ちゃん風を吹かせている姿がなんだか微笑ましくって可愛い。それに対してイヤイヤしているセラも可愛くって…天使かしら?
でもだんだん声が大きくなってきたからそろそろ止めとかないと…
「クルカラ、声が大きいわ。それにもうおしまいよ」
「えー…もうちょっとだけー」
「だーめ。セラが元気になって嬉しいのはわかるけれど、世話人にバレちゃったらセラをとられちゃうわ。だからもうおしまい。また今度。ね?」
「うー…はーい…」
「じゃあみんな、世話人が来ないうちに静かに寝ましょう…静かにね…」
まだソワソワしている皆に改めて釘を刺しつつ、久しぶりに何の心配もない平和な夜が更けていく。
「…ジュリ…寂しいのはわかったから…抱きついてくるのはいいけど顔を胸に埋めようとしてこないで…ジュリの大きすぎて息苦しいのよ…」
…ミルカに拒否られてしまった…隣にセラがいない…さみしいよぉ…
「うぅ…セラがいないぃ…」
「セラはそこにいるでしょ…よしよし、いい子だから寝ましょうね」
「セラぁ…」
「あぁもう…胸に埋めようとしないでってば…もう…背中に抱きついてていいから。おやすみ」
ミルカに後ろを向かれちゃった…うぅ…セラがいない…セラぁ…
セラの代わりにミルカにスリスリしていたらいつの間にか寝ていたみたいで、世話人が朝食に呼びに来た声で目を覚ました。
世話人が来るまで寝てるなんて久々かも…
ウトウトしながら起きた私の目に、セラが世話人に連れ去られる光景が飛び込んできて、扉が閉まった。
…
……
………
「セラ!!??」
「ッ!!??ジュリ…おはよう。ぐっすり寝てたわね…」
「ミルカ!!セラが!!セラが連れていかれちゃった!!!」
「連れて…って、はぁ…あのねジュリ、落ち着いて。しばらく私たちはセラを抱っこしちゃダメって言われてるでしょ?だから世話人が食堂に連れていっただけよ。私たちも食堂に行きましょ」
食堂に連れていっただけって…呆れたような顔で私を見てくるけど、ミルカは全然わかってない。世話人は私たちにセラを抱きしめるのを禁止した張本人だ。しかも俺の部屋で面倒を見るとか言っていたのだ。落ち着いていられるわけがない。
ここは1番上の姉さまである私がビシッと言わなくては…
「ミルカしっかりして。世話人はセラを独り占めしたいだけよ。許しておけないわ」
「何言ってるのよ…ジュリこそ寝ぼけてないでしっかりしてよね。1番上の姉さまなんだから…」
ミルカははぁとため息をついて先に行ってしまう。
…むぅ…どうしてわかってくれないのかしら。
クルカラだけはうんうんと頷いて私に賛同してくれたけど。クルカラはいい子ね。
その日も昨日に引き続き、世話人がずっとセラを独占していた。
私たちがセラと触れ合えるのはトイレの時と、寝る前に秘密で抱きしめる時だけだ。それ以外はずっと世話人がセラを連れ回している。
次の日も、その次の日もだ。
毎日ことある事に世話人に文句を言っていたおかげか、4日目にようやくセラを解放してくれることになった。抱きしめるの禁止令も無事解除されてクルカラと喜びを分かちあった。
セラもとってもニコニコしていて嬉しそう。そばに居るだけで幸せな気持ちになってしまう。
「もう絶対、世話人の好きにはさせないからね…」
「セラまもる!!」
「…あなたたち何言ってるのよ…」
どうやら今日はお昼からお客様が来る日だったらしい。
世話人は私たちの食事を用意する他にも、屋敷の掃除とか、お客様のお相手をする部屋の準備や接客などで意外と忙しいのだ。
さすがにセラを背負ったまま準備したりお客様の前に出る訳にもいかなかったようで、私たちに渋々セラを返してくれた。
それからというもの、お昼にお客様が来ない日は世話人がセラを背負って日中を過ごすようになった。
セラも世話人に背負われる日は少し楽しいらしく、よく短い単語を言うようになってきた。会話はまだできないけれど、私たちの話していることも何となくわかるようになってきたみたい。
セラが楽しそうにしているから世話人がセラを連れ回すのには目をつぶっていたけれど、こともあろうに世話人は座ってできるトイレの道具をどこからか用意してきた。そのせいでセラのトイレのお世話が必要なくなってしまったのだ。
これは由々しき事態だ。
セラがモジモジしながら恥ずかしそうに切ない声をあげるのを、密着して至近距離で聞くことができるとてもとても大切なイベントだったのに…
みんな楽しみにしていたのだ。
セラの可愛い姿を見ることを。
セラの下に寝そべっている私からはお顔は見えなかったけれど、絶対に可愛いお顔をしているはずなのだ。
そんなみんなの楽しみを奪った世話人の罪は重い。
みんなが世話人を睨んでいた。クルカラなんて唸り声まであげてた。
私も怒っていた。…まぁそれは、世話人がトイレのあとにセラのアソコを舐めた事もあるけれど。
…本当に信じられない。
モーラス様のせいで記憶を失って、ここ1月ほど悪夢に魘されて寝たきり状態だったのに…怖い記憶がまたフラッシュバックしてしまっていたらどうするつもりだったのか。
…そう言ったら「いずれはお客の相手もしなければいけないんだぞ」って…反論できないのが苦しくて悔しくて、つい叩いてしまったけれど、反省はしていない。
冷静になって考えてみれば、そうゆうのを教えていくにしても順序や手順というものがあると思う。まったく…世話人に人を思いやる心はないのだろうか。
そんな事がありながらもセラは少しずつ少しずつ元気に、徐々に言葉も話すようになっていき。
地下室での長く苦しい1ヶ月は、セラの笑い声により終わりを告げたのだった。
ジュリ視点はここで終わりになります。
これまでのジュリ視点では主人公が異世界の言語や生活諸々を知らず、又、異世界に転生している事にも気付いておらず訳もわからず地球での常識に当てはめて想像することしか出来ないシーンが続くため、主人公視点でのみ書いていると読者に状況がほとんど伝わらないだろうな…と思って書いた説明回のようなものでした。
主人公と一緒にこの世界について徐々に知っていきたい…と思ってた方には申し訳ありません。
とはいえ、少女達が知っている事も少なく、間違った情報を与えられている部分も多々あります。
孤児院で育ち、そこから小鹿亭(主人公やジュリがいる娼館)にそのまま連れてこられたので、街などに出たことも殆ど無い子ども達ですので。色々と大人に都合のいい事を吹き込まれている部分もあります。
そういった事や少女達も知らなかった様々なことが今後明らかになっていく予定ですので、これまでのジュリ視点でのネタバレには目を瞑っていただければ幸いです。
次のページからは、ここから少し時間が経って主人公が周囲の言葉をある程度理解できるようになった所から始まります。そのためこれまでのようなジュリ視点でのお話は登場しなくなります。中々シーンが進まず焦れったい想いをされていた方、大変お待たせしました。
閑話としては主人公以外の視点の話もたまに出てきますが、これからはお話がどんどん進む…予定です。
これからのお話にもどうぞお付き合いくださいませ。
 




