何もかも忘れて
※ジュリ視点になります
※このページは全体的に悲しい描写になっています。苦手な方は次のページへ読み飛ばしても物語の内容にあまり差し障りないと思います。
「じゃあセラ、服を脱ぎましょうね。ミルカ、セラの腕をあげてくれる?」
「ええ」
ミルカがフッとセラの両手を上げ、私はセラの服をサッと脱がす。
セラは一瞬何をされたのかわからなかったようでキョトンとしていたけれど、次の瞬間「ひゃっ!!」っと股間をおさえた。
私もミルカも頭に?を浮かべていたと思う。どうしたんだろう。
真っ赤だったセラの表情から赤みが消え、セラがゆっくり股間の方を見る。次第に顔色を青くしていくセラの様子を見てようやく気がついた。
モーラス様にされた事を思い出してしまったのかもしれない。
ミルカも私と同じことを思ったのか、私と同じように固まっている…どうしよう。
「…ジュリ、ミルカ、まずはゆっくり洗ってやれ。嫌がるようならそこで辞めればいい」
世話人が異変に気づいてくれて静かに声をかけてくれた。
…そうだ、身体も髪も洗ってあげないといけないんだ。怖くないようにゆっくりやって、嫌がるようならそこでおしまいにすればいい。
ミルカを見ると目が合った。お互いに頷きあう。セラをゆっくり抱っこして桶の近くまで連れていき、ゆっくり優しく身体を洗っていく。
「肩からお水かけるねー」「洗っていくよー」と声をかけながら。
言葉は分からないかもしれない。でも、何をされるのかわからなくても、怖くないように優しく声をかけながら首から徐々にお腹まで、次は足から上に洗っていく。股のあたりを洗っても嫌がる素振りはなかった。むしろ、感情が抜け落ちてしまったような…ううん、そんなことない。
今はショックでちょっとボーッとしてるだけ。
ざわざわする心の中でそう必死に言い訳をしながら、私はできるだけ優しい声を出すようにして、股もお顔のまわりもやさしく洗っていった。
「身体さっぱりで気持ちいいね。次は髪を洗いましょうねー」
声をかけて桶に顔を近づけさせる。セラは何も言わず、誘導した通りに前かがみになって止まってくれる。
髪を毛先から徐々に頭の方までゆっくり洗っていく。
セラはなんの反応も返してくれない…それがとても恐くて、胸の奥がドクドクとうるさい。心が痛い。
頭にも泥をつけて揉みこむ。
私はセラが楽しそうにしていた光景を思い出していた。
「べたべたー!」とキャッキャッと楽しそうにしていたあれは…ほんの10日くらい前のことだ。
…たった10日ほど前のあの楽しかった記憶が、今見ている光景で塗り潰されていくような感覚がした。
私があの時引き止めていれば違ったのかもしれない。他にもっとなにかできたかもしれない。私が何かしていれば。でも何かって何?私に何ができたの?
今までずっと、私が選ばれませんように、私じゃなくて良かった。そう思ってきたくせに、今更…何もできない。何も考えたくない。もう何もできないんだから…もう何もできないけど、セラのことだけは、守っていく。
セラのことだけは、私が…
髪を洗い終わり顔をあげさせる。
向かい合わせになって髪を整えていく。
あの時と同じように。
あの時の嬉しそうな笑顔が、今はもう面影も無い。
セラは正面の私の方を見ている。けれど、その目には何も映っていないのがわかった。
「綺麗、になって…さっぱりしたね、セラ…」
セラのことだけは、私が…絶対に守っていくんだ…
自分で自分にそう言い聞かせる度に、私の中の冷静な部分が私に問いかけてくる。
こうなる事がわかっててセラを行かせたくせに?
違う…セラなら大丈夫だって思ったの。
本当は無理だってわかってたはずよ?今まで全員そうだった。セラも無理だって。
そんな事ない…セラは…ダメだったけど…でもまた笑うようになったんだから…
記憶を失って、ね。良かったわね、全て忘れてしまって?
良くなんかない!でも、しょうがないじゃない…
そうね、しょうがないわね?じゃあほら、目の前を見てみなさいよ。
いや…もういや…何も見たくない…
心ではそう思っているはずなのに、セラから目が離せない。
「…セラ」
また笑うようになった、セラの顔を見てみなさいよ?
「セラ…セラ…」
…もうやめて…何も考えたくないの…
守るも何も…もう…壊れてしまっているじゃない。
そう自覚した瞬間に、こらえていた涙が一気に溢れてきた。
「セラ…ごめんなさい…ごめんなさい…セラぁ…」
我慢しようと思っていたのに。
何も考えないように。
せめて夜まで。
みんなが寝るまで。
私のせいなんだから。
セラの前で泣く資格なんて私にはないから。
なのに…涙が止まらない。
セラは何も反応しない。私を見ているけど、映っていない。
セラを抱きしめたい。けれど私のせいでこうなったんだという罪悪感が、セラを抱きしめる資格なんて私にはないのだと責め立てて許してくれない。
ミルカが私の肩を抱いてくれる。
私じゃないの。セラを抱きしめてあげて欲しいのに、言葉が出てこない。
「…ゼラ…ごべん…なざい…ぜら…わだじ…の、せいで…ごんな…あぁ…」
もしも、もしもあの時に戻れたなら、世話人の反対を押し切ってでも私がモーラス様のところに行く。こんな未来が待ってるって知ってたなら、セラを守るために何でもしたのに。
もしも、もしも…。
ずっと考えないようにしてた後悔と悲しみが一気に押し寄せてきて、胸が張り裂けてしまいそう。ぐるぐると悪い考えばかりがどんどん浮かんできて私を責め立てる。ごめんなさい。許してなんて言えない。ごめんなさい。
そんな自責の念に心が塗り潰されている最中、ふと、セラと視線があった気がした。
「……じゅ…り…?」
セラの声が聞こえる。
「?」
セラが首をかしげ、頬に手をあて涙を拭ってくれる。
気のせい…いや、気のせいなんかじゃ…ない。
セラはまだ遠くをぼんやり見ているような目のままだけれど、それでもセラが、また私の名前を呼んでくれた。
私のせいであんなに酷い目にあったのに。
私のせいで何もかも忘れてしまったのに。
これは私の罪だ。
こうなることがわかってて行かせた、取り返しのつかない、決して許されない罪だ。
けれど、償えるのかもしれない。
まだ間に合うのかもしれない。
セラが私を許してくれるなら。
私はセラを抱きしめて、何度も何度も名前を呼んだ。
セラ。私の大切なセラ。
もう二度とあんな辛い目には合わせない。
どんなことがあっても守っていこうと私は心に誓った。




