望月優志という男
あの日、僕は幼馴染の三枝恵麻と結婚した。
つまり人生で一番幸せな日だ。その時の僕は酷く浮かれていたと思う。
「世の非リア充の同士諸君、すまないね。僕は一足先にボッチ貴族を卒業するよ」
と、朝方空に向かってつぶやいたりもした。
…もちろん日本に住んでいる僕が貴族なはずもなく、ごく普通のサラリーマン。ぼっち貴族っていうのはただの例えだ。
僕の名前は望月優志、今年で38歳になる。
バツイチ子持ちだが、離婚してから16年、元妻と子どもとは1度も会っていない。
会いたいと言ったが拒否されたからだ。
消して平坦な人生ではなかったけれど、奇想天外な人生だったかというと、そうでもない。
平日昼間によくやっているドラマにあるような、よくある普通のありふれた人生だ。
結婚相手の恵麻も僕と同じ38歳。
彼女も僕と同じバツイチ子持ち。
高校に入るまえから疎遠気味になっていた…いや、正直に話そう。
中学の頃に1度付き合ったが、その後はしばらく疎遠になっていた幼馴染だ。
その頃の事は、今思い出しても恥ずかしさと強い後悔に襲われるのだが…
僕が中学3年の頃、それまで子どもの頃から毎週土日のどちらか1日は必ず一緒に遊んでいた幼馴染、三枝恵麻に告白して見事付き合うことができた。
僕にとっても彼女にとっても、お互い初めての恋人だ。
当時は思春期真っ盛り。
せっかく彼女が出来たのだから色々経験してみたい、女の人ってどんなだろうという幼さと好奇心をふくらませ、僕は付き合ってわずか1週間で我慢できなくなり…
恵麻の隙をみて、彼女の唇にキスをした。
恵麻は驚きに固まっていて、僕はこれ幸いと正面から抱きしめてもう一度キスをした。
もちろん胸とかを触ったりなんかしていない。
興味はあったけど、そこまでする勇気はなかった。
少ししたあと恵麻はおもむろに僕から身体を離して、複雑そうな表情をしながらごめんと言って走って帰ってしまった。
「こんな関係は望んでなかった。別れよう。ごめんね」
そんなメールが届いたのはその日の夜の事だった。
付き合うってそう言うことじゃないの?と色々な知識が偏っていた当時の僕は一瞬疑問に思ったのだが、余計なことを言ってこれ以上悲しませるわけにはいかない。
こんな事はもうしないから彼女でいてほしいとメールしてみたが、帰ってきたのは「ごめん」の一言のみ。
付き合ってわずか1週間。
初めてのキスと、抱きしめた時の柔らかいぬくもりの記憶と共に、初恋が散った瞬間である。
その後、当たり前だが恵麻は僕を避けるようになり、僕もこれ以上嫌われたくないと、無理にかかわらないようにした。
こうして幼い頃からずっと仲が良かった幼馴染との関係はあっさりと終わりを迎えたのだった。
その後、僕が24歳くらいの頃。
将来の夢も目的も特に無いままただ働いていたが、久々に恵麻の事を懐かしく思い出して
「久しぶり、元気ー?」
なんてありきたりなメールを送ったのがきっかけで、僕達はまた、昔みたいによく連絡を取り合うようになった。
もちろん最初は当時のことを謝ったのだが、なぜか彼女からも謝られた。
当時はあまりの恥ずかしさに思わず別れを告げて僕を遠ざけてしまったが、当時のことは後悔していたと。そこまで嫌っていたわけではなかったけれど、気まずさから話す切っ掛けが見つけられなかったのだと。
そんなことを言われたら、少し浮かれてしまうではないか。
そんな浮ついた気持ちになった僕を見透かしたのか、恵麻から
「だからって、付き合って1週間でキスは無い。反省して」
と冷たい目で言われ、舞い上がった僕の心は一瞬で地に落とされてしまった。
もう少し舞わせておいてくれてもいいじゃないかと反論したかったが、わりと本気で怒ってるようだったので開きかけた口を慌てて噤んだ僕は、少しは成長出来ているだろうか。
そのあと今までどうしていたのかという在り来りな話になったときに僕がバツイチ子持ちであることを告白すると、恵麻はその経緯や理由を知りたがった。
僕としてはかなりショックな出来事だったのでやんわりと話題を逸らそうとしたのだが、「それでなんで離婚したの?」としつこく聞いてくるので仕方なく事の顛末を話すと、恵麻は先程よりもさらに冷たい目で小さく息を吸い、少し間をあけて「…最低…」と呟いた。
しばらく気まずい空気が流れたのも今では懐かしい思い出だ。
沈黙のあと、恵麻はふいに「キミだけが悪いんじゃないよ」と優しく抱きしめてくれて、静かに泣いてしまったのを黙って受け止めてくれたのも、僕のかけがえのない大切な思い出の1つだ。
恵麻と仲直りはできたが僕はバツイチ子持ちで、元妻や子どもに何かあったら連絡が来るだろうと思っていたし、僕と恵麻の仲が恋愛に発展することは無かった。
というより、お互いにその話題は避けていたように思う。
恵麻には幸せになって欲しかったし、後々何か問題が起こるかもしれないバツイチ子持ちを相手にするより、傷のない人と結婚して、憂いなく幸せな家庭をきずいてほしいと思って僕は、「恵麻にはいい人と結婚して、将来の不安もなく幸せになってほしい」と時折言っていたから。
それでもよく連絡を取りあって、たまに飯を食ったり酒を飲んだり。
子どもの頃は毎週遊んでいた親友とも呼べる幼馴染だ。子どもの頃に戻った様に楽しい日々だったが、そんな生活も長くは続かない。
恵麻に彼氏ができて、そのうちに結婚したからだ。