心の中の新しい扉
気がついたらいつもの部屋の中にいた。
窓の外はもうだいぶ暗くなってきているけれど、部屋の中にみんながいない。この時間はご飯の時間かな?
しばらく腕や足をパタつかせていると、みんなが戻ってくる気配がした。
今日は野菜多めのとろみのついたスープだ。味はいつものごとく薄味だけど、少しシャキシャキと歯ごたえがあって、やっぱり食事を噛んで食べれるっていうのはいいなーとしみじみ思う。ここ最近の食事といえばスープばかり、具はあっても小さく刻まれたものばかりでほとんど噛む必要がなかったのだ。
…うん、しっかり噛めるようになってきた。腕を動かしたり、足を動かしたりもそこそこできるようになってきた。この調子ですぐに立って歩けるようになるぞ!
なんて前向きになったのも束の間、絶望の時間がやってくる。
…そう、お食事の後のお約束。おトイレタイムだ。
チョロチョロというSEが流れ終わると同時に、お腹をくるくる、グリグリと動き回る魔の手。
これさえなければ3日…いや、心を鬼にして1週間は耐えてみせるものを、この魔の手が決して我慢することを許そうとしない。
さらに今回は、最初からクルカラとオープルまでもが参戦し、僕の脇腹を両側からむにむにと揉んでくる。
…でもね、わざわざクルカラとオープルが加勢しなくても、今日は素直に出すつもりだったんだ。恥ずかしいけど。大きいほうを。
というのは、別に羞恥ぷれいに目覚めたわけじゃない。ちょっと計算してみたのだ。
目覚めてから今日までの間にかなり動けるようになった。明日はまだ無理だろうけど、明後日にはたぶん、つかまり立ちで動き回ることはできると思う。
つまり、トイレに行けるということだ。
でもその時、もし猛烈にトイレを我慢していたらどうなるか。たぶん、トイレにたどり着く前に漏らすだろう。
つまり今、そこそこお腹を圧迫しているこの状態を鑑みるに我慢するのは得策ではないということだ。戦略的撤退ならぬ、戦略的排便というやつだ。
…自分で考えておいてなんだけど汚いな…深く考えるのはやめよう…
前回に引き続き、なぜか毎回大勢の観客に見守られながら行われるこの儀式もおそらく
今日が最後だろうと思うと、感慨深…くはないな。やっぱり恥ずかしいだけだ…
少女たちの魔の手に促されるままにお腹の中に溜まったものを解き放つ。
前回は我慢の限界で半分意識が飛んでいたからわからなかったけれど、冷静な今、たくさんの少女の視線に晒されながらの排泄は…ちょっとあまりにも背徳的すぎて…人によっては癖になってしまう人もいるかもな…などとくだらない事を考えてしまった。
僕はそんな事ないけどね。全く。微塵も。
おそらく、女の子たちが誰も嫌そうな顔をしていないのも、そう思ってしまう原因だと思う。
そう、びっくりするくらい誰も嫌な顔をしていないのだ。臭いにおいが漂ってくるのに…
…むしろ面白いものを見るような目をしてないか?心なしか…気のせいであって欲しい。
あれ、そういえばおしりを拭く紙とか誰も持ってないような…まさか舐めるのか!?このまま!?
軽く取り乱してしまったけれど、もちろんそんなことは無かった。
…いや、なかったというより、少し違った…
赤髪の少女、ミルカが敷布団の下から藁を少し取りだして丸めて、それでお尻を拭いてくれたのだ。チクチク擦れてちょっと痛いけど、衛生的にも精神的にも、舐められるよりこっちの方が全然いい。一安心である。
しかしその後、股の間の傷口を丹念に舐められて痛みに悶絶し、あろうことか藁で拭いただけの汚いお尻まで丹念に綺麗に舐められて、いろいろ違う意味で悶絶した。
もちろんだが、心の中の新しい扉を開いたりなんかしていない。
かわいい女の子にちょっと中のほうまで執拗に舐められたからって、ゾクゾクしたりなんかしなかった。傍から見たら鼻息を荒くして顔も真っ赤にしてモジモジしているように見えたかもしれないが、それは気のせいだ。信じてほしい。
そう断言できるのには理由がある。
…なぜなら。
なぜなら、いくら僕が子供になっているからといっても、僕のアソコはピクリとする気配さえ無かったんだから。
…ピクリとも。
僕は股の傷口の痛みを思い出しながら、いよいよをもって心配になってきた。
…僕のアソコは…無事なんだろうか…
次の日。今日も外で遊べるらしく、女の子たちがはしゃいでいる。
僕はというと、草むらの上に座って女の子たちに囲まれながら、草の冠を被せられている。
そう、草むらの上に座っているのだ。背もたれがなくても座っていられるようになった。
手すりさえあれば掴まり立ちだってできそうな気がするが、残念ながら手すりがないので試すことはできていない。
ん?…もしかしてハイハイならできるんじゃないか?
手にも足にもけっこう力が入るようになった。移動する時はジュリがおんぶしてくれるけれど、自分で移動できるに越したことはない。
赤ちゃんだって、最初は寝返り、ハイハイ、つかまり立ち…と段階を踏んで立って歩けるようになるはずだ。
僕の周りでやいのやいのとおしゃべりしている女の子たちを尻目に、僕は両手を地面につけた。
柔らかい草の感触が気持ちいい。
手を少しずつ前の方に移動させていって、なんとか四つん這いの格好になることができたけれど、その時点で僕の腕はプルプルと震えだしてしまい、腕を前に、一歩目を踏み出すことができない。
ここまでか…ハイハイなら余裕でできると思ったんだけどな。
諦めて座った体勢に戻ろうと思った時、あることに気がついた。
周りがやけに静かだ…
僕は四つん這いの姿勢で地面しか見えていない。腕がプルプルするのをなんとか抑えつつ、恐る恐る横を見てみると…
やはりというべきか、僕は女の子たちに囲まれてじっと見られていた。
さっきも囲まれていただろうって?いや、そうじゃない。
庭で遊んでいた女の子たち全員に囲まれているんだ。
何故か、みんな期待を込めたような表情で見てる…ジュリなんかもう、胸の前で手を組んで心配そうな顔をして見守っている…あなたは私のお母さんか何かですか?あなたの息子が初めてのハイハイに挑戦していますよー(棒読み)
ふざけたことを考えているが、僕の腕のプルプルは限界に近い。
多分みんなは僕がハイハイするのを期待しているのだろうけど、僕は知っている。こんな状態でハイハイするなんて無理だ。わかってる。
でも僕は…一歩踏み出すことを諦めたくなかった。
30人ほどの女の子たちが固唾を呑んで僕に無言のエールを送ってくれている。
男女関係なく思い返してみても、こんなこと、今までの人生であっただろうか。
何かのスポーツアニメにあるような、その場の全員が誰か1人の挑戦を応援し、成功することを願っている。そんな純粋な想いをぶつけられたことなんて、僕の人生には一度もなかった。
…踏み出したい。この一歩を。
息を深く吸い込み、吐き出す。
腕の震えを意思の力で押さえつける。
…大丈夫だ。
震えはおさまった。チャンスは、恐らく一度きり。
心の中が熱く燃えていて、今ならなんでも出来る気がする。
みんなが見守るなか。
大きく息を吸い込み、息を止める。
僕は勢いよく右手を振りあげ…
…僕はべちゃっと顔面から崩れ落ちた。




