今更な気もする
部屋に静寂が満ちる。
まるで時が止まってしまったかのような一瞬の沈黙の後、少女は僕に向かって「セラ、o∂∮∧r。」と何かを言い、寝転がったまま僕を抱きしめて二度寝してしまった。
…寝ぼけて何か勘違いしてくれたようだ…助かったぁ…
でもこの状況はまずい…
セクハラはうやむやになったが、他の誰にどんな事を言われるかわからない。
いや、今更か?今更な気もする。
そんなことよりも、このぬくもりを味わいながら僕も二度寝するべきじゃないだろうか。
そう、抱きしめられてるだけ…ラッキースケベみたいなものだ…
そんな訳のわからない屁理屈を頭の中でこねて自分に言い訳しながらぬくもりに包まれていると、扉の鍵がガチャリと音をたて、扉が開いた。
男の人の呼び声がかかる。
部屋の中の女の子たちは互いに声をかけ、寝ている子を起こしあいながら外に出ていく気配がしているが、僕はずっと寝たふりをしている。
僕を抱きしめてくれていた子も起きあがり、僕を仰向けに寝かせたあと、頭をもう一度撫でて外に出ていった。
部屋に残ったのは僕1人…扉はまたガチャリとしまった。
心臓がバクバクしている…何も言われなかったけど、絶対見られたよね…
何も知らない、寝ていたといえば、言い逃れできるだろうか…?
少女たちの常識がおかしいとはいえ、男の人の常識もおかしいとは限らない。
むしろ、あの男の人が少女たちを隔離しておかしな常識を植え付け、この場所を作った張本人だったとしたら…
僕はどうなるんだろうか。
ぐるぐると考えても答えなんて出なくて、時間だけが過ぎていく。なんだか朝からすごく疲れた…
それよりも…もう一つ、向き合わなければいけない問題がある。
僕はゆっくりと、手を顔の前まで持ち上げ…られない。
さっき寝返りをうったので力を使いすぎたのか…途中まで持ち上げた腕がプルプルしている…情けない…
しょうがないのでもう一度寝返りを、今度は右腕を上げてさっきとは反対側にころがる。
窓から差し込む光が眩しいが我慢だ。
僕の目に映るのは、さっきも見た白くて小さな手。
手をグーパーしてみる。動かそうとした通りに動く、目の前の小さな手。
やっぱり、さっきのは見間違いでもなんでもなかった。
寝返りをうったことで、上半身にかかっていた布がずれて細い腕があらわになる。
僕も少女たちが着ているワンピースと同じ灰色の、袖のない服を着ているようだ。
…ズボンも履いていないみたいだけど、まさかワンピースじゃ…ないよね…ははっ、まさかね…
見える範囲の細い腕にはあちこちに切り傷があり、事故の時に飛ばされて転がったのか、肌が打ち身で青や赤黒くなっていて痛々しい…
…こんなガリガリな状態になるまで寝たきりで目覚めなかった?
いやいや、ガリガリになったとしても手が小さくなることはないだろうし、長期間寝たきりだったなら傷くらい治っているはずだ。この腕の傷や身体全体の痛みが説明つかない。どうなってる…
この細い手と腕はなんなんだ…まるで病人みたい…いや、5才の茶髪ちゃんみたいな細い腕…子ども?
…ふと、某アニメの薬を飲んで子どもになった名探偵が頭をよぎる。
…いやいや、まさかね…
僕は大きく深呼吸をする。
…もし。
…もしもの話だけど、ここが世間から隔離された場所だとしよう。
…どうして隔離されているのか?常識も世間のことも知らない無垢な子どもがほしい、もしくは、世間に知られたくない何かをしたいから。
秘密の実験…僕はそれの実験台に?
ついに大人が子どもに戻る薬が開発されたのか?副作用は…いや、実はあの少女たちは元々大人だった…それで副作用は記憶を失うこと…とか?
…僕は事故にあった。それも、ぶつかった衝撃すら記憶に残らないほどのスピードでの衝突事故だ。助からなかった事にされて、ここに連れられてきた可能性もあるんじゃないか?
もしかしたら僕は初めての男の被検体で、子供には戻ったが記憶は失わなかった…いや、軽い記憶障害として、衝突の時の記憶が消えてるんだろうか。
あれは相当なスピードだったと思う。普通に骨とか折れてそうだけど、薬の効果で骨折とか重大な怪我とかは治るんだろうか。
仮に、僕は軽度の記憶障害ですんだ…と仮定しよう。そのことにまだ研究者は気が付いていない…はずだ。
扉のカギを開け閉めしているガタイのいい男の人は、僕を見て微笑んでいた。あれは、実験が成功したことを喜んでいた微笑みだったと思えば納得も出来る。
…ただ単に、命を助けることができた喜びだったりするのかもしれないけれど…
…ふぅ。なんだか突拍子もないことを考えてる気がするなぁ。
でも実際に、僕の目の前にある手と腕は細いんだよね…
病気で細いとかじゃなくて、切り傷やアザがない部分は、子ども特有のきめ細かい肌に見える。
声だって喉が潰れてかすれた音になってるのかと思ってたけど…「あ…あー」と声を出してみると、喉が潰れたというより、子どもの声だと考えると違和感がない。
いや、自分の声としては違和感しかないけどね!?
声変わりの前だってこんなに高い声じゃなかった気がする。…よく覚えてないけど。
外から女の子たちの声が近づいてくる。みんなが戻ってきたみたいだ。
…これからどうするべきか。
…まず、僕は記憶が無いフリをしよう。実際言葉は全然分からないんだから問題は無い。
日本語も禁止…まぁ全然日本語話してないし、これは今まで通りか。
次に、積極的に女の子たちの言葉を反復してみよう。赤ちゃんだって、親の話している言葉を口に出して、意味を少しずつ覚えていくじゃないか。
脱出の糸口が見つかるまで女の子たちに合わせて行動して情報収集、詳しいことはそれから考えるしかない…か…
恵麻に会いたい…ん?まさかだけど、恵麻も子どもに戻ってたり…
そう考えた瞬間、心臓が痛いくらいにドクンと鳴った。
いや、恵麻は大丈夫なはずだ。事故の時、恵麻の事は突き飛ばしたんだから…事故に巻き込まれているはずがない…でも、僕と一緒に連れてこられた可能性は…ある…のか…
僕と同じように言葉が分からなくて困ってる雰囲気の子はいただろうか…ダメだ、今まで首だってまともに動かせなかったし、自分のことで精一杯で周りの雰囲気なんて察してなかった…決して、女の子たちがしょっちゅう僕の頭を撫でてくれたりしてたから、気が緩んでたわけじゃないよ?ほんとほんと。
女の子たちの顔はどうだっただろうか。
思い出そうとしたけれど…女の子たちみんなの顔を見たのなんて、思い出すのも恥ずかしい羞恥プレイの時だけだ。
相手の顔なんてまともに見れてないよ…くそう…




