初めて僕は、自分から
ジュリにまたねと手を振り、クルカラと手を繋いで部屋を出る。
いつものワンピースに着替え、みんなが待つ小屋へと戻ると…
「あっ、っっ!?…アンタ!!だいじょうぶなのそれ!?」
扉のすぐそばにいたアイビスから、驚愕に歪む大声で出迎えられた。
自身も春にひどい目にあったはずなのに、不器用ながらも他人の事を気遣えるような優しい子だ。
僕らの帰りが遅かったから、心配で扉のすぐ傍で待っていてくれたのかもしれない。
アイビスの大声で僕とクルカラが帰ってきたことがみんなに伝わり、あっという間に僕たちの周りに人だかりができてしまった。
そういえばすっかり忘れていたけれど、僕は全身キスマークによる青アザと、歯型の怪我だらけだったのだ。
みんな異常なほど酷く心配しながらも、僕が自分の足で帰ってきたことを喜んでくれた。
クルカラもみんなから頑張ったねと抱きしめられて、大声をあげて泣いていた。
事情を知らなければ困惑していただろう状況も、今なら理解できる。
セラは去年の春に、みんなの心にトラウマを植え付けてしまう程の大怪我をして…
………
…それからは、僕が今まで見てきた通りだ。
…まだ心からこの現実を受け入れられたわけじゃない。
それでもやる事は、これから目指すべき方針は、決まった。
今までとは根本的に違うけれど、ある意味ではこれまで通り。
ここを脱出して、彼女たちが身体を売らなくても生きていけるようにする事。
…日本に逃げ込めば済むような、そんな簡単な話ではなかった。
…僕の帰る場所なんて、どこにもなかった。
それでも。
ただ諦めて、これを仕方ない事だと受け入れる事なんて…僕にはできないから。
………
……
…
「…セラ。一応ジュリの手も足も縛ったが…何があるかわからない。危なそうだと思ったらすぐに離れるんだ。たまに様子を見に来るが、それでも何かやばそうだと感じたらすぐにあのボタンを押せ。いいな?」
何度も何度も、しつこいくらいに「あのボタンを押せ」と繰り返す世話人。
そんなに心配しなくてもいいのに…と思いつつ、世話人の気遣いに心が少し痛む。
この優しさはきっと、この身体の本当の持ち主であるセラに向けたものだ。
ジュリの重すぎる愛情表現を単純に心配してなのか、はたまたセラ(この子)を酷い客に差し出してしまった罪悪感からなのかはわからない。
…どっちもかもしれないな。
彼の心情を全て推し測ることは出来ないが、少なくとも、中身の僕に向けたものでは無いだろう。
この身体が僕のものではなく、僕はセラ(この子)の身体に入ってしまった存在なのだとはっきり自覚した時から、世話人やジュリ、みんなの事を騙しているような罪悪感が、僕の心の底に澱みのような黒い靄となって沈殿している。
…いつか、セラの意識が目覚めたのなら…この身体を返してあげよう。
その時は、もうセラが生きる事に絶望しなくていいように。
子どもが子どもらしく生きていけるように。
世界を、少しずつでも変えていくんだ。
………
「…セラ、こっちにきて?もう夜も遅いわ。一緒に寝ましょう?」
世話人が部屋を出ていくまで大人しくしていたジュリが優しい声で僕をベットへと誘う。
「うん…ふふっ」
「あら。可愛いお顔でニコニコして。どうしたの?」
「ううん。ジュリのかっこ、なつかしいなって」
「かっこう??…ふふっ。そうね。この服、懐かしい…戻ってきたって感じがする…」
ジュリは自分の姿を見下ろして納得したように頷き、しみじみとした顔をした。
ジュリは今、僕と同じ無地の薄汚れたワンピースを着ている。ここではみんなが着ている服で、ほんの半年前までは、ジュリもこの服でここで暮らしていた。
今は後ろ手に縛られているし、両足も縛られていて、ともすれば誘拐されてきた少女のような格好だけれど…
………
…改めて見ると酷い格好だな…本当にこの格好で寝るのか??世話人が見てない時くらい、拘束を解いてあげたほうが…
そんな考えが脳裏をよぎったが、即座にかぶりを振って自身の考えを否定する。
仕方ないんだ。これはジュリがここにいるための条件なんだし…何よりジュリが暴走すると危ないのは、僕が身をもって体験してきた。不用意なことはできない。
「ねぇ、セラ。寝る前には、ほら…いつもすることが、あるでしょう??」
ふいにもじもじと身体をくねらせながら、上目遣いで頬を赤らめるジュリに思わずドキリとしてしまう。
…寝る前に…すること…
…ごくり。
無意識のうちに喉が音を鳴らす。
そうだった。ここではいつも寝る前に、必ずしている事がある。
「私は…縛られてるから…」
いつもは相手に任せていた。
身をゆだね、されるがままに…
「今日は…セラから…」
…ここには…歯ブラシがない。
だから毎朝毎晩、激しいディープなキスでお互いの口内を、歯を舐めあい…歯磨きの代わりとしている。
「…ね…お願い…」
それは、文明が発達していないからなのか。
それともここが娼館で、娼婦としてキスの練習の為にしている事なのか。
「…あぁ…お顔を真っ赤にしてるセラも可愛いぃ…」
…僕にはまだ、わからない。
ただ、ここでは毎日、それが日課として行われている事実だけがある。
「……セラぁ……はやくぅ……」
…ここでは…必要なこと…だから…
…仕方がない。仕方がないことなんだ。
…ジュリが縛られている間のお世話は…全部僕が…する事になっているから…
「……ん……」
覚悟を決めてジュリと向き合う。
目を閉じ、口をうっすら開けて唇をほんの少しだけ突き出しているジュリの姿に、僕の心臓が激しい音を立てている。
自分でも気持ち悪く思ってしまうほど荒い呼吸を繰り返しながら。
初めて僕は、自分からジュリにキスをした。
…この行為に、やましい事なんて何もない。
…ただの掃除。口の中を、綺麗にしているだけ。
そう言い聞かせるほどに、身体の全部が心臓になってしまったのではないかと錯覚するほどバクンバクンと大きく波打ち、意識がブレる。
身体が大きく揺れるような錯覚を感じ…身体が強く押し付けられる。
…いや待て…なんだ??…これは…錯覚じゃ…ない…??
身体の向きがおかしい。そんな違和感を感じて目を開く。
さっきまで僕は、目を閉じながらも一生懸命にジュリの口の中を掃除していた。
…はずだった。
それなのに…なぜ僕は、仰向けに倒れているんだ??
なんでジュリが…僕に覆いかぶさって…口の中が…すごく…きもちいい…
お互いに座ってキスをしていたはずだった。
それなのにいつの間にか押し倒され、立場が逆転していた。
ジュリは手足を拘束されながらも、しなやかな身体を器用にくねらせて覆い被さるように乗っかってきて、激しいキスで僕の弱いところを責め立ててくる。
以前のような身体へのくすぐり責めこそないものの、興奮が最高潮に達した状態で敏感になった口内を蹂躙され、僕の全身が陸に上げられた魚のように激しくのたうつ。
脳内がドス黒いピンク色に染まり、ジュリの愉悦に歪む目が、僕の口内を貪る舌が、僕の全てを捉えて離さない。
………
子どもが身体を売るなんて間違っている。
せめてこの子達だけでも、守れるようになりたい。
そう決心したばかりのはずなのに、僕の意識は今日も容易く深い愛情の暗闇へと沈んでいくのだった。
………
……
…
お日様のいい匂いがする。
ふかふかとした柔らかさが全身を包んでいる。
優しさに包まれたかのような心地良い微睡みの中で、意識がわずかに覚醒した。
こんな穏やかな目覚めはいつぶりだろう。
まだ眠っていたい…もっとこの柔らかさに包まれていたい。
周りはとても静かで…時折、何かのうめき声が聞こえてくる。
………
…うめき声??
よくわからない違和感を辿るように意識が覚醒していき、まだ眠いと主張する身体を起こす。
眠い眼で僕が目にしたものは…
……なんだ、これ…??
「……せらぁ……たすけてぇ……」
うめき声のする方を見ると、何か大きなものが、天井からぶら下がっていた。
「……せらぁ……たすけてぇ……」
小さなうめき声を上げるそれは…それは…
………
その時、扉が静かにガチャりと開き、シアノが入ってきた。
「起きましたか。セラ、おはようございます」
「シアノ…おはよ。あれは…??」
僕はうめき声を上げ続ける謎の物体を指さす。
いや…まぁ…あれが何かは見ればわかるんだけど…脳が理解するのを拒否している…
そこには昨日、寝る前に見た時の記憶とは大きく違う、厳重にぐるぐる巻きにされたジュリが、まるでミノムシのように吊り下げられていた。
「ジュリのあれは寝言ですね。何やらブツブツ言っていますが、眠っていることは確認済みです。起きてしまう前に先に朝食をとりにいきましょう」
え??…ええ??
目…少し開いてるよ??…死んだ魚の目…みたいな感じだけど…
「……せらぁ……たすけてぇ……」
…起きてないの??…本当に??…後で恨まれたりしない??…大丈夫なんだよね??
というか、どうしてこんな事に???
戸惑いながらもシアノに背中を押され、ミノムシ状態のジュリをそのままに。
後ろ髪を引かれる思いで、ふかふかのベットのある部屋を後にするのだった。
皆様こんにちは。
ここまで読み進めて下さりありがとうございます!!
セラが異世界に転生していることに気が付くまで…いやぁ、長かったですねぇ…苦節130ページ、ようやくセラが現実と、この異世界と向き合う時がきました。(苦節の使い方…合ってますかね??)
ここまで書き続けることができたのはひとえに読んでくださる皆様のおかげです。万感の想いを込めて活動報告を更新しました。
今まで通り不定期更新になりますが、できれば週1以上のペースで更新を続けられたらいいなと思っておりますので、よければこれからも『異世界にTS転生した僕がサキュバスクイーンになった理由』をどうぞよろしくお願いします!!




