ジュリがきた
「…どこもまっくら…」
「どうしよう…いってみる??」
「えぇ!?も、もどろ??あぶっ、あぶない…かも…」
クルカラが言外に絶対に嫌というようにフルフルと首を振っている。
うーん…
これで話し声が聞こえた扉以外、全部確認できたはずだ。
2階は僕達の待機部屋以外、扉を開けた先がなぜか全部廊下だったし、しかも暗くて先がよく見えなかったけど…
まったく。周りが高い壁に囲われているから1階に窓がないのはわかるけど、どうして2階だというのに庭側だけしか窓がないのか。
僕達を観察、監視するための窓なんだとは思うけどね…たまに知らない男の人が見ているし。
光の反射でよく見えないけど、多分あれがオーナーなんだろう。
うーん、真っ暗な廊下を進むのは…ちょっと怖いけど…先が知りたい…
クルカラは頑として進みたがらないし…こうなったらクルカラだけ待機部屋に置いて僕だけでも進んでみようかな…
「…お前ら何してるんだ?」
「びゃ!?」
「ッ!?」
どうしようかとクルカラとこそこそ相談していると、廊下の角から掛け声とともに世話人がぬっと出てきた。
「び、びっくりさせないで!!!」
クルカラが叫ぶのに合わせて僕も首を縦に振って賛同する。
僕達は今まで真っ暗でちょっと不気味な部屋や廊下を探検していた所なのだ。クルカラなんて涙目になってるし、あまりにも心臓に悪い。
「それは悪かったが…部屋で待っていれば驚きもしなかっただろうに」
世話人が心底不服そうな表情で苦言を呈してくる。
何も間違っていないので反論できないのが悔しいが、クルカラは頬をパンパンに膨らませて抗議の意を示していた。
「それだけ元気なら大丈夫だな。準備が出来た。…行くぞ」
あ…ジュリが来たんだ…
嬉しい反面、不安も大きい。
でも結局のところ、いくら不安を募らせていたところで結果が変わることなど早々ないのだ。
予想なんて尽く外れるし、悪い予感なんて杞憂であることがほとんど。
要するに、考えるだけ無駄と言うやつである。
なるようになる。
僕は大人で、ジュリはまだまだ子どもだ。まな板の上の鯉…とは違うけど、大人として過度なスキンシップはやんわりと断りつつ、適度にジュリを甘やかして労い、いろいろ外の話を聞いていこう。
廊下を降りながら世話人がポツリとつぶやく。
「…クルカラ。なにかヤバそうだと思ったらすぐに入口の横のボタンを押せ。そうすれば助けに入れる」
…なにその不穏なセリフ…ちょっと怖いんですけど??
これからジュリに会うのに不安を煽るようなこと言うのやめてもらっていいですかねぇ…
クルカラは…覚悟を決めた様な表情で頷いてるし。
うぅ…お腹痛くなってきちゃった…
不安のせいか胃のあたりもムカムカしてきて、嫌だなぁと思いながらさすっていると、あっという間に客室についてしまう。
「…ふぅ。…セラ。ノックして声をかけ、相手からの返事を待ってから入るんだ。これも練習だ…」
こないだウィルが来た時は開けてくれたのに。
…この扉の向こうにジュリがいる。
なんだか扉から不穏な気配がうねうねと漂ってきている気がしないでもないが、このまま引き返す訳にもいかない。
僕は一度深く深呼吸して、コンコンとノックした。
「はいっ!!」
ジュリの声だ!!
久々に聞くジュリの声に心が弾む。ここに来るまでは不安と心配でいっぱいで仕方がなかったはずなのに、いざ声を聞いたら嬉しくなってしまうのは…約1年間、寝食を共に過ごしてきた相手だからだろうか。
単純な奴だなと自分で自分に呆れてしまうが、嬉しいものは嬉しいのだ。仕方がない。
ジュリからの返事が食い気味に早いのも、それだけジュリも僕に会えるのを楽しみにしていたからだろう。
「ジュリ、さま?セラです!!あっ、クルカラも」
「ジュリ、クルカラもいるよ」
「ええ、入ってちょうだい」
ガチャリと扉を開けると、ジュリがソファーの前に立って出迎えてくれた。
「ジュリ!!」
久々に会えた。
急に湧き上がってきた嬉しさに思わずジュリへ向かって駆け出しそうになった所を、世話人が僕の肩を掴んで制止する。
「セラ、ジュリは今日お客様として来ているんだ。…嬉しいのはわかるが、初めての時にはまず説明しなければいけない」
そうなのか?
「あぁ、セラ…そう、そうなの。初めて会う時は、すぐ抱きついたりしちゃいけないんですって…」
ジュリも再会を喜んでくれているらしく、涙をポロポロと流しながらも補足してくれる。
本当にそんなルールがあるのかは謎だが…確かに、初対面の人に会って早々抱きつかれたら怖いかも。
今まで変な客でもいたのかもしれないな。
「御用の際やお帰りの際はあちらのボタンをお押しください。すぐに参ります…といつも挨拶してから俺は出ていくんだ。クルカラも覚えておくといい」
世話人がクルカラにもわかるように説明している。さっき話していた扉の横のボタンの位置を教えているのだろう。
「お客様のお相手は最初、大体そこのソファーに座って、少し話をするんだ。それから…」
「そうね!!まずは座りましょ!!セラ達には私から説明しておくから、世話人はもう出てっていいわ」
ジュリがにっこりと微笑みながら僕とクルカラに席を進め、世話人へ退出を促す。
優しい声色が、ひどく懐かしく感じた。
ずっと一緒に過ごしてきた、大好きなジュリが目の前にいる。それだけで胸の中がふわふわして、嬉しい気持ちでいっぱいになる。
さっきまで不安な気持ちがあったはずなのに、ジュリを目にした途端に全て吹き飛んでしまったらしい。
どうやら僕は相当ジュリに会いたかったようだ。
「クルカラすわろっ!!ソファふかふかだよ!!」
クルカラの手を引っ張っていきソファに座る。
僕とクルカラがジュリとテーブルを挟んだ向かい側に座るのを見届けてから、世話人も渋々といった感じで出ていった。
「セラ…ああ、セラがいる…あぁ…」
「ジュリ、げんきだった?」
ジュリはまだ涙をポロポロと零していて、あぁ、あぁと口元に手を当てたままこちらをじっと見ており返事がない。
どうやら僕が思っていた以上にジュリは僕に会いたかったらしい。惚けたような表情で感慨にふけっているようだ。
ジュリの服装は…何故か小鹿亭で働いていた時と同じで、金色のスケスケのネグリジェに薄緑の羽織ものを肩にかけ、綺麗な金髪を後ろで一つに纏めている。
何度か見た格好だが、胸やアソコなど局部だけが白地の布で隠されたいやらしい衣装のはずなのに、見る者の欲情を誘ういやらしさだけではなく、どこか神聖な…まるで慈悲深い女神が佇んでいるかのようなオーラが溢れ出ている…気がする。
子どもなのに大きいと前から思っていた胸はこの半年間の間に更に主張を増しており、一度視線を向けると目を逸らすのがなかなかに難しい。
春に別れてから久々に見たジュリは、胸がドキドキと高鳴ってしまうほどに綺麗だった。
だが…
???
なんだろう…心の奥の方が、ざわざわ?そわそわ?どこか落ち着かない不思議な感覚が、心の奥の方で動いている気がする。
不思議に思い、改めて違和感の正体を探る。
ちょっとジュリの視線が怖いけど、いつも通りといえばいつも通り…かな。
僕は一体何が気になっているんだろう?
どうでもいいような気もするが、何か気になる。気にしなくちゃいけないような…なんだろう。
よーく観察してみると、ジュリは少し…いや、かなりやつれているようだ。廊下に比べて部屋の照明が暗いためすぐには気付かなかったが、改めて見ると目の下のクマがすごい。頬も前より少しコケているような気がする。
もしかして…新しい場所ではちゃんとご飯が食べれなかったり、睡眠をしっかりとらせてもらえていないのか…???
僕の脳内に屈強そうな男が鞭を振り、ジュリを無理やり働かせている光景が浮かんでくる。
…想像したら心配になってきてしまった。
「ジュリ、ちゃんとごはん、たべてる??いじわる、されてない??」
「あぁ…セラの声…あぁ…えぇ、大丈夫よセラ。これから食べるから…意地悪なんてしないわ…」
うん??…ここにご飯はないよ??
ジュリは新しい娼館で相当酷使されているのだろうか。受け答えが怪しいし、とても疲れているように見える。
ジュリはまだ13歳だ。その事実だけでも残酷なのに、更にこんなになるまで働かされるなんて…
胸の奥がぎゅうっと締め付けられて苦しい。
早く脱出して、ジュリやみんなを連れて逃げなくちゃ。その為にもジュリには沢山話を聞かないといけない。
…でも、根掘り葉掘り聞き出す前に、まずはジュリを少しでも癒してあげなくちゃ。
「きょうはセラが、ジュリのこといっぱい、いやしてあげるね」
「まぁ!!まぁ!!セラが私を!?どうしましょう!!セラに…私が…ふふっ…それもいいかも…じゅるり…」
ジュリの目付きがおかしい…
ほ、本当にジュリは大丈夫なのか!?まさか変な薬とか盛られてないよね??大丈夫だよね??
すぐにでも駆け寄って抱きしめてあげた方がいいんじゃないか…??
そう思ってソファから立ち上がろうとしたところ、クルカラに腕を掴まれて引き止められてしまう。
「せ、セラ!!!ジュリにこれまでのおはなし、してあげよ!!!」
え?これまで??何かあったかな…
「えっと、ほら!!あたらしい子がきたでしょ!?」
ああ、ジュリが小鹿亭を出ていってからの話か。それよりジュリを抱きしめたり頭を撫でたりして癒してあげた方がいいと思うんだけど…
「ジュリは、おはなしききたい??」
「ええもちろん!!セラのお話ならなんでも聞きたいわ」
そ、そっか。ジュリが聞きたいなら…
そしてジュリにルーンやリリカ、アイビスの事を少し話した。でも、医者に連れていかれて帰ってこないヨーカの事や、アイビスが酷い怪我をしてしまった事については話さなかった。
ジュリも今辛い目にあっているんだ。せっかく癒しを求めてきたのに、悲しい話なんて聞きたくないだろうから。
「ことしはアッポのあかいみ、ルーンがたべちゃったの」
「そうなのね。でもそのお話セラから聞きたいわ。セラ教えて??」
「えっと、あのね。ルーンがたべちゃったけど…ちゃんとじゅくす、まえのアッポだったから、あまりすっぱくなかったの」
「セラもなめて大ごえだしてた」
「ふふっ!!セラったら…かわいい…私も見たかったなぁ…」
ジュリがうっとりとしながら、えへへとだらしない笑みを浮かべる。恐らく僕がアッポを舐めて大変な思いをしてる所を想像しているのだろう。
本当は恥ずかしいから失敗した話なんてしたくないんだけど、ジュリが嬉しそうだから我慢することにしよう。
「そのあとは、セラにおきゃくさまがきたよ」
そう、自称魔法使いのウィルだ。あの時は紅茶を飲んだり、ポンポンと出てくる水を追いかけたりして楽しかったな。
「お客、様?セラ、に?」
ガタッとテーブルが音を立てたのに驚いてウィルが来た時の回想の中から戻ってくると、先程までニコニコでれでれと僕の話を聞いていたジュリが真顔で身を乗り出していた。
「じゅ、ジュリ??」
「セラ大丈夫?嫌な事されてない?」
ジュリが僕の身体を頭のてっぺんから足先まで目を見開いてじろじろと見てくる。
一瞬少しだけ怖く感じたが、それほどまでに心配してくれているんだと少し嬉しくなった。
「だいじょぶ!!たくさんおはなしして、たのしかった!!」
「本当に?無理やり触られたりしてない?抱きしめられたり、服を脱がされたりしてない?嫌な事何もされてない??本当??大丈夫なの??本当に??」
異常なまでに心配してくるジュリを見て、思わず笑いがこぼれてくる。
ジュリは心配性だなぁ。
「なにもされてないよ!!それでね、そのひと、まほうつかいだったの!!ジュリまほう、みたことある??」
「大丈夫…なのね…よかった…えっと、魔法??私はまだ見たことないわ」
「あのねあのね!!てから、おみずでてくる!!ふわふわ、ういてるんだよ!!」
ウィルは結局あの日、水を操る装置を使わせてくれなかった。魔法を使うにはまず体内の魔力を青色にしないといけないとか言って、身体の中にある魔力とかいうのを動かす練習をさせられたのだ。
どうやら僕の身体を小さくした時に、電磁波や電波のような何かを動かす装置が埋め込まれていたらしい。大人の頃には感じたことの無かった『何か』の感覚を身体の中に感じることが出来てとても驚いた。
ウィルが次に来た時にすぐ遊ばせて貰えるよう、あれから僕は毎日、ウィルが魔力と言っていた身体の中の『何か』を動かす練習をしている。
今も身体の中に意識を向けると…
………
…???
いつもと…なにか、違う??




