水系統の魔法使い
水系統の魔法使い・ウィル視点になります。
(水系統の魔法使い・ウィル視点)
妹が死んだ。
元々身体が弱く、体調を崩しやすい子だった。
外で元気に遊ぶこともできず、部屋にいることが多いせいか肌は白く、薄く透き通るような水色の長い髪に、どこまでも光を吸い尽くしてしまいそうな真っ黒な瞳を僕に向けて、会う度に話をせがんできた可愛い妹だった。
『魔の神に愛された子ども』
妹は産まれ、目を開いたその瞬間から親や周囲に疎まれて生きてきた。
黒は魔の象徴。
操る魔力は黒く染まり、周囲に悪意の種を振り撒く。
代々水系統の魔法使いを排出する一族に産まれてしまったがために、遠い異国ですら信じていない様な迷信に取り憑かれ、妹を家の離れに追いやり居ないものとして扱ってきた両親に対し、一切恨み言を言うことも無く。
ただ一生懸命に、上手く扱えない水魔法を練習し続けた、僅か12年の生涯だった。
葬式も無く。
両親の姿も無く。
しとしとと雨が降り、僕だけが見守る中で終始静かに埋葬が終わる。
雨は嫌いだ。
自分の無力さを思い知らされる。
かつては国に『青の塔』の使用を認められ、名門と囃し立てられていた我が家も祖父の代に傾き、今やかつての名声は見る影もない。
両親も嫌いだ。
魔法の研鑽もせず、評議会で披露するための魔法しか使えないくせに、かつての名声を忘れられない哀れな人達。
こんな親から産まれたのかと思う度、自分の存在に反吐が出る。
そんな家を出ることに躊躇いはなかった。
僕が魔法の研鑽を続けてきたのは一重に妹を喜ばせるためだ。
親のためでも、家のためでもない。
しかし家を出たところで行く宛などなく、宿屋に泊まりきりでいられるほど資金に余裕がある訳でもなく。
無理やり誘われた飲みの席でつい愚痴をこぼしたことをきっかけに、僕の生徒兼魔法の研究仲間であるギルの家に間借りさせて貰うことになった。
家賃はタダ、食事付き。その代わり、生徒として払っていた月謝を少し安くする事を条件に。
本当は月謝もいらないと言ったのだが、それはギルに断られた。人生何があるか分からないのだから、いつかのために貯えは必要だと。
僕達魔法使いの収入は安定しない。
家門が繁栄すれば自然と教えを乞う志願者が増えるため収入は安定してどんどん稼ぎは多くなるものの、僕の家のように1度没落し、再興に失敗すれば生徒は自然と離れ、志願者などほぼ居ない状況になってしまう。
魔法使いなど、魔法使いの一族に生まれた者か、余程魔法に魅入られた者くらいしか目指さないからだ。
そのうえ我が家は過去の栄光に縋り付き、名門として栄えていた頃の生活を上辺だけでも取り繕おうと必死で、家計はいつも火の車だった。
今頃は僕が抜けた分の稼ぎの穴埋めに必死になっていることだろう。
僕の使う水系統の魔法は水を作り出すことや操作することができるが、そんなもの、魔道具があれば井戸から簡単に水を汲み出すことができるし、運ぶのだって人手があれば事足りる。
必要とされる事など工事で水をどうにかしなければいけない場合や、自然災害が起きた時くらい。
しかし大規模な工事では魔法使いの存在が絶対的だからこそ、魔法使い達は非常に傲慢でプライドが高く、全ての魔法使いたちに魔法の仕事を安請け合いしないようお互いを牽制しあっている。
生徒にも魔法を使用しての仕事は家門に報告の上、了承がなければ行ってはいけないこと。魔法技術は門外不出である事が厳命されているうえ、そもそも高い月謝を払ってまで魔法を習いたいものなど、貴族や商人くらいしかいない。
そしてそういった者達は、名の知れた家門へ習いに行くのだ。
…僕もいっそ、家名を捨てて他の家門へ移ってしまおうか。
なんて考えが過ぎることもあるが、我が家にも代々受け継いできた独自の水魔法がある。
他所に移れば要らぬ問題が起こるのだろう。
本当にめんどくさい。
「はぁ」
「どうした?新しい魔法の構想に欠点でも見つけたのか?」
色合わせに集中していたギルの邪魔をしてしまった。
「…ごめん邪魔したな。それと違う。第一欠点も何も、そもそもギルみたいにぽんぽん新しい魔法を思いつくわけないだろう?」
「そうかぁ?」
「さっき言ってたお湯を作り出す魔法なんて無理難題もいいところだ。まだ構想すら思いついてないよ」
「まぁそう言うなよ。出来たら面白そうじゃんか」
お湯を作りたいなら水を沸かしてお湯にすればいい。ここには水系統の魔法が専門の僕と、火系統の魔法が専門のギルがいるのだ。
「まだ満足に水も作れない俺がやるより、最初から水を作り出せるウィルが挑戦した方が早く実現できそうだけどなぁ」
そう言って再び魔法の色合わせに集中しだすギル。
焦げ茶の髪に、まるで炎の中心を切り取ったかのような一際目を引く黄色の瞳。
どこからどう見ても火系統に特化した魔法使いの外見でありながら、水系統の魔法使いである僕に高い月謝を払い、水系統の魔法を習っている変人。
ギルバート・セプト。歳は30を超えたとか曖昧な事を言っていたが、火系統の名門として国から赤の塔を貸し与えられているセプト家の三男だ。
噂では素行が悪く遊び人だと聞いていたが、実際に会ってみて感じたことは、噂は単なる噂話でしかなかったということ。
ギルは誰よりも魔法に夢中で、親や家門のやり方に縛られずに自由に魔法の研鑽をしている天才だった。
どうやらセプト家が名門に名を連ねることになった理由の一つである『火に様々な色を付ける』という奇天烈な魔法を編み出したのがギルだったらしい。セプト家が編み出したとされていた魔法が、当時僅か8才の少年が編み出したものだなんて誰が信じられるだろうか。
魔法にしか興味がなく功績を家族に譲り渡しはするが、面倒事を無視して親の言う事もまともに聞かない様子が噂話の元になったんだろうなと、ギルと話をするようになって僕じゃ想像もしなかった様な思い付きをぽんぽん聞かされる度に驚かされてきた今迄を思うと容易に想像ができてしまう。
そんなギルと出会い、それからすぐ僕に水系統の魔法を教えて欲しいと頼み込んできたのは丁度2年ほど前、僕が16才の頃だった。
僕は日々、妹を喜ばせるために魔法の試行錯誤をしていたもののネタがつき、新しい何かを求めてフラフラ赤の塔の近くを通りかかった所で偶然ギルに出会い、こちらから声をかけた。
「こんにちは。貴方も魔法使いですか?実は今使える水魔法を違う使い方が出来ないか色々考えてたんですけど、行き詰ってしまって。何か発想のきっかけになるようなものが無いか散歩しながら考えていたんです。妹を喜ばせたくて」
赤の塔の周辺にいる、火系統の魔法に強い適性を持つ人間。間違いなく魔法使いだろうと深く考えず声をかけた。
もしこれが青の塔の近くで相手が僕と同じ水系統の適性が高そうな外見をしていたなら、絶対に声をかけなかっただろう。
同じ系統で他所の家門と仲良くしようなど、相手の技術や知識を盗もうとしていると疑われてもおかしくないからだ。
3年に1度開かれる魔法評議会。
王や貴族達の前で魔法を披露し、各系統ごとにどの家門が1番優れているかを競い合う場。その発表の場に向けて魔法使い達は日々研鑽を積み、そこで認められた家門は名門を名乗ることを許され、国が所有する『塔』の使用許可と莫大な報奨金を与えられる。
だからこそ同じ系統の魔法使いは家門ごとにできるだけ干渉を避け、要らぬ誤解を生まないようにしているのだ。
とはいえそれは同じ系統だった場合。
別の系統であれば評議会でライバルになることも無いし家門同士交流を深めている所もある。
魔法使いは一般人には使えない力を使えるからか傲慢な性格の者が多いが、少しでも魔法の改良のネタになりそうな話が聞ければ儲けもの。それくらい軽い気持ちで声をかけたのがたまたまギルであり、ギルは僕の話に興味を持ってくれて、それ以降仲良くなり魔法の話をするようになった。
「歳の差なんて気にすんなよ。妹を喜ばせたいんだろ?俺もお前も面白い魔法を作りたい者同士だ。とりあえず敬語禁止な」
傲慢な性格の魔法使いが多い中、あまりにも今まで見てきた魔法使い達とのギャップに戸惑い。
「そういや名乗ってなかったか?ギルバート・セプトだ。よろしくなウィル」
仲良くなるうちにギルが名門セプト家の三男だとわかって驚き。
「火では充分遊んだから、他の魔法も使ってみたいと思ってさ」
なんでもない事のようにそう言うギルの言葉に耳を疑うと同時に、自分の視野がいかに狭かったのかということを叩き付けられたような衝撃でいっぱいになった。
何故自分は水系統の魔法しか使えないと思い込んでいたのだろう。




