勇気の使い道
夕飯はいつもコンビニ。
賞味期限近くで安くなっているものを買って、階段を上る。
市街から少し離れた古ぼけたビルの屋上。
外壁についている階段を登って上に辿り着く。
屋上の内回りを私の肩あたりの高さの壁が囲んであって、フェンスはない。
乗り越えようとするとかなり重労働。
私には無理。
だけど、少し離れたところが高くなっていて、セメントで作った長椅子が設置されている。そこに立つと。壁の高さが私の膝あたりになる。だから、そこから飛んだら、壁を越えれそうな気がする。
いつも私はそこに座って、まずはコンビニで購入したおにぎりを食べ終わる。
今日はおにぎりが25%引きだった。それをまず食べて、一番安いお茶、今日は紅茶だった。それを飲んで夕食は終わり。
そして私はセメントの長椅子に立って、外を眺める。
「いい眺め」
独り言をぼやいて、風に身を任せる。
もう日はすっかり落ちて、夜風がとても気持ちいい。
まだ他の人たちは残業しているみたいで、建物の窓から光が溢れている。建物の一階部分は夜のお店が開き始めて、ネオンライトの色鮮やかな光がとても綺麗。
ここから飛んで、あの街並みに溶け込んでみようか。
どんな感じだろう。
毎晩、私は想像する。
二週間前、偶然にこの場所を見つけた。
ううん。偶然なんて嘘。
死にたくなって、屋上のある建物を探していた。
このビル、無人ではない。音がするし、窓から光が溢れてるのが見える。
だけど、階段なんて誰も利用していないみたいで、勝手に上ってみた。
そして気に入ってしまった。
最初の日は食欲なんてなくて、死に場所を探していた。
上に上がって、セメントの長椅子を見つけて、ああ、これで死ねると思って、立ち上がって外を見ていたら、なんだか、惜しくなった。
飛んでみたい。
だけど痛いかも。
そんな恐怖心も湧いてきて、死ぬのをやめた。
それから、ずっと仕事が終わると通っている。
「今日は死ねるかな」
私の声は風に乗って消えた。
高校卒業して入った会社、鈍臭い私を雇ってくれるありがたい会社。
だけど、だけど、いつも怒られる。笑われる。
「も、もう嫌だ」
思い出すだけで、胃が引き攣って、涙が出てくる。
化粧なんてぐちゃぐちゃだ。
みんな、みんな、私には厳しい。
新しく入ってきた子にはとても優しいのに。
私がブスでデブだから?
鈍臭いから?
「消えて無くなりたい」
涙で霞んだ夜の景色。
宝石のようにキラキラしているはずなのに、涙で濡れた目で見るとぼんやりしていてわからない。
「もう。いい」
お母さんに電話しても頑張れって言われるだけ。
私を雇ってくれるのはそこしかないから、頑張れって。
「死んでやる!」
誰もわかってくれない。
「えーと、僕も死にたいんだけど、一緒にどう?」
「は、え?」
誰?
声をした方向を見ると、ぽっちゃりとした男の人が頭を掻きながら立っていた。
「あの……。君、死にたいんだろう?僕もそう。一緒に死のうよ」
「え?一緒に?」
それって心中?
こんな知らない人と?
心中だったら、新聞に載っちゃう。
嫌だ、そんなの。しかもおかしな作り話も作られそうだ。
会社の人たちの笑い顔が浮かぶ。
「い、嫌です。死ぬならお一人でどうぞ」
「え?寂しいよ。僕、一人で死ぬの怖いって思っていたんだ。だから、一緒なら怖くないと思ったんだけど」
「確かに、そうかもしれないですけど」
嫌だ。
心中なんて噂されたら、私の死が無駄になる。
私は死んであいつらに復讐するんだ。私を笑った全ての人へ。
鞄の中には遺書が入っている。
これはきっと警察に渡る。
そしてあいつらはきっとマスコミに攻撃される。
ざまあみろ。
心中なんてなったら、恋愛沙汰だって思われてあいつらに注意が向かない。
それは絶対に嫌だ。
「ねえ、一緒に」
「嫌です。死ぬならお一人でどうぞ」
「冷たい」
おじさん、わたしより確実に五歳くらい上の男の人が傷ついたように、腕を抱えるんだけど、全然可愛くない。
「どうぞ」
セメントの長椅子から降りると、席を譲る。
自殺なんて見たくないから、今日はもう帰ろう。
「あの、理由とか聞かないの?」
「どうせ、私と一緒で会社に復讐したいんですよね?きっと、あなたも私みたいにみんなに馬鹿にされて」
「違うよ。僕はそんな低俗な理由じゃない!」
「低俗ってなんですか!だったらどんな理由なんですか?」
「……小説のコンテストに落ちたんだ。今日で百回目」
「百回……。すごいですね」
なんだ。
そんなことか。
別にいいじゃない。そんなこと。また応募すればいいんだから。
「君、どうでもいいとか、そんなことって、思っただろ?」
「なんでわかるんですか?」
「僕は小説書いているからね。人の気持ちを想像するのは得意なんだ」
なんか、気持ち悪い人だな。
「あ、気持ち悪いって思った?」
うわ。本当に気持ち悪い。
「君は、会社で人間関係がうまくいかなくて死にたい?そんなことだろ?そんな自分でどうにかなることじゃないか。やめちゃえばいいんだよ。そんな会社」
「そんな簡単にやめれるわけないじゃないですか!新しい仕事だって見つかるわけないし」
「見つかるよ。だったら紹介してもいい」
「紹介?」
「そう。僕の家政婦だ」
「はあ?」
「こう見えても、僕はお金があってね。このビルも僕のだ」
「え?あなたのビルなんですか?このボロいビル」
「ボロい。失礼だな。毎晩来ていて」
「知っていたんですか?」
「うん。叫んでるし。まあ、なんかいい小説のネタになりそうって放置してたんだけど、今日コンテストで落ちてね。百回だよ。もう生きてる価値なんてないって思って、消えてしまいたいって君の気持ちがわかったんだ」
「あなたにわかるわけないでしょ?どうせ働く必要もなくて、ただ小説書いているだけのあなたに!」
「わかるわけないよ。だけど、君を助けることはできそうだ。そんな馬鹿な会社やめて、僕の家政婦になりなよ。どうせいい給料もらってないんだろ?」
「足元見るのはやめて下さい」
「まあ、考えてよ。死ぬ勇気があるなら、僕の家政婦になる勇気もあるだろう。僕はエロい小説書いているけど、二次元にしか興味ないから安全だよ」
「エロい小説書いているんですか!」
「うん。ハーレム大好き。ああ、だけど二次元限定だから。現実なんて穢らわし。あ、君は別。なんか女性っぽさ感じない。男みたいだし」
「失礼ですよ」
「あ、ごめん。ああ、君と話していたら、もう死ぬなんてどうでもよくなった。むしろ新しいネタが浮かんできた。よっし、また書くよ!君、ずっといてもいいけど、帰り道は気をつけてね。あと、これ、僕の名刺。僕の家政婦になるつもりだったら連絡してきて」
その人は、名刺を押し付けると、いなくなってしまった。
薄暗い中、名刺はよく見てなくて、街灯で確認したら、『小説家 おっぱい大好き』 電話番号:090ーXXXX-XXXX』て書かれていた。
ありえない。
だけど、私は、会社に辞表を叩きつけて、おっぱい大好き先生に電話をかけた。
名乗ってなかったので、屋上で自殺を試した女なんですけど、って言ったらわかってくれた。
なんだか住み込み家政婦になってしまって、家賃まで浮いた。
家事をしながら、彼の話し相手になっている。
夜は、屋上に上がって、夜空を二人で見て。
「ああ、生きていてよかった。そう思わない?」
「そうですね」
「珍しく、正直」
「……ありがとうございます。おっぱい大好き先生」
「あのさ、おっぱい大好き先生って呼ぶのやめてくれない。君、僕の本当の名前知ってるでしょ?」
「大野カケル、先生」
「先生もいらないよ。由香里ちゃん」
「あ、名前知っていたんですか?」
「当然。じゃないと雇わないよ」
「どういう意味ですか?」
「うーん。内緒。人生長いんだ。秘密があったほうが楽しいだろ?」
「先生、もしかして、私のことずっと前から知ってました?」
「どうだろうね。っていうか、僕のこと、カケルって呼んでよ」
「……カケルさん」
「いいね。由香里ちゃん」
「ちゃんづけは気持ち悪いのでやめてください」
「傷つくな〜」
おっぱい大好き先生、いや、カケルさんのことはよくわからないけど、彼に私は救ってもらった。あの時死んでいたら、私は何も知らないままだった。私の人生は惨めで、私には何もできないって思っていた。
カケルさんは色々教えてくれる。
少しずつできることが増えていく。
毎日が楽しい。
勇気を出して、カケルさんの手をとってよかった。
読了ありがとうございます。




