表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/23

夜会

夜会への招待状。

ここ一年は足しげく夜会に通っていたわたしだが、この招待状は特別だ。

国中の大貴族が集う夜会で、主に伯爵位以上の貴族が招かれる。


わたしも参加しないわけにはいかない。

婚約者がいないからエスコートしてくれる相手もいないけれど、父が不参加を許すわけもない。

もしかしたらリディオがエスコートしてくれるかも……?

彼にも婚約者はいるが、あまり親密ではないようだし。


「ねえ、ロゼーヌ。今度の夜会だけどドレスは新しく用意できるかしら」


「そうですね……年に一度の大規模な夜会ですし、ご主人様も用意してくださるでしょう」


「そうね。お父様に相談してみるわ」


あまり経済的な余裕はないけれど、夜会に合わせてドレスを買うくらいなら。

わたしは赤いドレスを用意してもらおうと思っていた。


これまで着ていたドレスは金と青を基調としたもので、トリスタンを想起させるカラーだった。

でも、今は……リディオを想起させるような赤色がいい。

少なくとも次の夜会にはそのドレスで参加する。


 ***


普段はドレスを買い与えるのを渋るお父様だが、さすがに今回の夜会に向けてドレスは買ってくれた。

赤い色は派手であまり好みではないけれど。

少なくともトリスタンを思い出すような色よりは良い。


会場は国の中心に位置する王城。

この地は王国ではなく公国なので、王城ではなく大公城……と言った方が適切だろうか。


夜会の会場に入る。

位の低い者から入るため、わたしはかなり早い段階での入場となった。

誰にもエスコートされずに入場するのを多くの人に見られず、少しだけ安堵する。

それでも先客の貴族たちには変な目で見られたけれど。


「あら……あのご令嬢って」

「アイニコルグ辺境伯令息に婚約破棄された……」

「おひとりで恥ずかしくないのかしら?」


心中でため息をつく。

一年以上も前の話なのに、わたしを見てヒソヒソと会話する令嬢たち。

それほどまでに今のわたしは恥ずかしい立場だということだ。

早く婚約者を見つけないと……。


「あら、あのご令嬢もおひとりさま?」

「あぁ……あの方はずっとおひとりですよ。昔からね」

「何のために夜会に来ているのか……少し気味が悪いですわね」


その令嬢たちの会話に耳を傾けていると、注目の的がわたしから別人に移ったようだ。

わたしに続いて入ってきた令嬢……たしか同じ伯爵令嬢だったはず。

彼女も婚約者がいないのか……話しかけてみようかな?


「あ、あの……」


わたしの声が聞こえなかったのだろうか。

彼女は無言で歩き続け、壁のそばではなく柱の陰に立った。

もう一度大きめの声で呼んでみる。


「あの!」


「……なんですか? マリーズ嬢、わたしに話しかけてもいいことはありませんよ」


「すみません、イシリア嬢。少しお話ししたいと思って……あはは……」


セフィマ伯爵令嬢イシリア様。

昔から顔を合わせてはいるものの、会話をしたことはほとんどない。

彼女も婚約者がおらず、夜会には露骨な義務感を出して出席している。

夜会が始まってから挨拶だけして、いつの間にか消えているのがイシリア嬢だ。


「イシリア嬢はいつも早々にお帰りになっていますわよね? 婚約者などを探すおつもりはないのですか?」


「恋愛にあまり興味はないので。貴族との恋愛はしないつもりです」


か、変わった人だなぁ……と思う。

でも、そういう自由な生き方は羨ましい。

地位に縛られてばかりのわたしとは違う。


イシリア嬢はわたしに視線を向けて、頭からつま先までじっと見た。


「ドレス……いつもの色ではありませんね」


「え? 年に一回くらいしか会っていないのに……わかるのですか? 前までの色はトリスタンを想起させるような、青と金の色でした。……でも今は婚約破棄されたので」


「あぁ……なるほど。あの男も本当に馬鹿ですよね。『マリーズは私を愛していないから婚約破棄した』なんて語っていましたが、傍目に見てもあなたがトリスタンを愛していることは明白でした。彼の言葉に悪意はないのでしょうが、鈍感で馬鹿すぎて目を覆いたくなります」


ずいぶんな言い様だ。

でも……彼女の意見には同意したい。

トリスタンは昔からそうだった。


「そうですよ。あの人、昔からずっと鈍感で……頭に鳥が乗っていても気づかなかったり。普段は冷静で落ち着いているトリスタンですけど、彼が気づいていないところを指摘すると慌てて顔を赤らめたり……そういう人なんですよ、彼は。それから不器用な言葉でお礼を言ってくれたり……」


「…………」


ああ、なんで思い出しているんだろう。

もう彼との思い出なんて思い出したくないのに。


「あら、すみません。こんな話をしても仕方ないですよね。もう婚約者ではない殿方の話をしても不躾なだけですわ」


「マリーズ嬢……わたしはトリスタンと同じ学校に通っているのですが、彼の婚約者になった平民は……」


イシリア嬢が何かを言いかけたときだった。

次々と入場してくる貴族たちの中に、待ち侘びた彼の姿が見えた。

リディオだ……!


「イシリア嬢、お邪魔をして申し訳ありません。知人が来たので、そろそろ失礼いたしますわ」


「あ、ちょっと……」


ドレスの裾を持って早足に。

今すぐにリディオと言葉を交わしたかった。

この広大な会場の中、手を差し伸べてくれるのは彼だけな気がして。


人ごみをかき分け、わたしはリディオに語りかけた。


「リディオ様!」


「……あ、あぁ……マリーズ嬢か。どうも……」


「え……」


軽く会釈して、リディオはわたしに背を向けて歩いていく。

彼に腕を組んでいるのは……婚約者のアレッシア嬢だ。

何かを話しながら、リディオとアレッシア嬢はどんどん離れていく。


なんだか……そっけない。

いつもの彼ならもっと積極的に接してくれるのに。


それに婚約者とも仲が悪そうに見えない。

夜会だから仲睦まじそうな様子を演じているのだろうか?

あの調子だと、わたしをエスコートしてくれるのは難しいかもしれない。


「どうしよう……」


夜会中ずっと孤独なんて。

今まで参加していた夜会は小規模だったから耐えられたが、今回ばかりは心の負荷が重い。


意外な事態に狼狽えていると……あの人が入ってきた。

わたしの元婚約者、トリスタンが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ