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来訪者

「いつになればマリーズの婚約者は見つかるのだ……!」


食卓が気まずい。

別に前から家族の関係性は良好ではなかったが、最近は顕著に軋轢が生じていた。


父は苛立たし気に、近ごろは毎日のように詰め寄ってくる。

トリスタンと別れた当初は気を遣っていたのか何も言ってこなかったけれど。


「…………」


わたしと母は何も言わず沈黙している。

わたしは後ろめたさから、母は無関心からの沈黙。

もう一年経ったのだ、あまりのんびりと構えてもいられない。


……娘ではなく道具として見られている。

最近、ますます家族のことが信じられなくなってきた。

目を合わせないように俯きながらカトラリーを動かす。


「聞いているのか、マリーズ? 早いところお前の……」


「ご主人様。お客様がお見えです」


そのとき、使用人が来客の報せを持ってきた。

客人が来るという話は聞いていないが……父も目を丸くしている。


「誰だ? 事前の連絡もなしに訪れてくるとは、失礼な奴だな」


「ローティス伯爵令息です。お嬢様を訪ねにいらしたとか」


「何……!? マリーズ、お前まさか……!」


父の表情がみるみる内に変わっていく。

険しい表情から、喜色に満ちた表情に。

それまで無言を貫いていた母も口を開いた。


「あら、いいじゃない。同じ伯爵家の者同士、仲良くしましょう。ローティス伯は経済的にも余裕があると聞いているしね。アイニコルグ辺境伯には及ばないけれど……悪くはないわ」


「そうか、相手を見つけて関係を深めている最中だったのだな! それならそうと言ってくれればよかったではないか! さあ、出迎えに行ってきなさい」


いや、そういう間柄ではないのだが……。

そもそもリディオには婚約者がいるはずで。

何か用事があってわたしの下を訪れたのだろう。


突然の来客だが、今ばかりは助かった。

とりあえず話を聞きに行こうか……?


 ***


応接間にはソファに座って待つリディオの姿が。

わたしは急いでロジーヌを連れて、彼に応対した。


「申し訳ありません、ローティス伯爵令息。出迎えが遅れました」


「いや、いいんだ。急に訪れたのは俺の方だからね。それよりも……いまさら『ローティス伯爵令息』なんて呼び方はやめてくれ。何度か会った中だし、気軽にリディオと呼んでくれよ」


「は、はい……承知しました、リディオ様」


使用人たちが茶の準備をしている中で、リディオは親しく話しかけてくる。

ロジーヌだけならともかく、他の使用人に聞かれると勘違いされてしまいそうな発言だ。


「それで、今日は何のご用件で?」


「ああ。たまたま近くに仕事に来ていたのでね。調子はどうかと会いに来たんだよ」


「そうですか……わたしは変わりありませんよ」


いい意味でも、悪い意味でも。

わたしは一年間ずっと変わっていない。

ずっと孤独に、必死になって過ごしている。


「なるほど。変わらない日々は健全だけど、少し退屈だろう? そうだ、今日の予定は空いているかな?」


「今日は……はい、空いていますよ」


「では俺と一緒に出かけないか? ネシウス伯爵領には綺麗な花畑があると聞いているが、行ったことがないんだ。よければ君に案内してもらいたい」


「えぇ……西の花畑ですね? とても綺麗で有名な場所です」


あの花畑は……よくトリスタンと行っていた場所だ。

そういえば一年間、ずっと行っていなかった。

今はちょうどネモフィラがたくさん咲く時期。

きっと綺麗な景色が見られるだろう。


「マリーズ嬢、君と一緒に見たいんだ。俺の馬に乗って行こうじゃないか」


「えぇっと……はい。行きましょう。道案内は任せてくださいね」


「ありがとう! さあ、どうぞ」


リディオがわたしに手を差し伸べる。

こちらを遠くから盗み見る父に気づき、わたしはリディオの手を取った。

今は……家にいるよりも外に出たいかな。


 ***


「ここに来るのは久しぶりだな……」


トリスタンは単身、馬を走らせていた。

今は貴族の学園に通う彼だが、休日を利用してネシウス伯爵家にやって来た。


一年前よりも伸びた金髪を風になびかせて。

切れ長の瞳でネシウス伯爵家の屋敷を見据える。


屋敷の前にいる衛兵は走ってくる馬を見て小首をかしげる。

まさか一年前にマリーズを婚約破棄したトリスタンが、一人でやってくるとは思うまい。

馬に乗っている者がトリスタンだと気づいた瞬間、衛兵の目つきが変わった。


「止まれ!」


「急な来訪、失礼する。君は衛兵のロッコだったな」


「は、はぁ……よく私の名を覚えていますね。それよりも、なぜトリスタン様がこちらに?」


「マリーズ……いや、ネシウス伯爵令嬢はいるか? 私と顔を合わすのは嫌だろうが、どうしても伝えたいことがあって尋ねに来た。事前の通告もなしに申し訳ない」


ロッコは警戒していた。

なにせ相手はマリーズを深く傷つけた男だ。

落ち度のない令嬢をいきなり婚約破棄し、平民と駆け落ちした愚かな令息……警戒するなと言う方が無理がある。


「……お嬢様に何用ですか。いま、お嬢様はお出かけになられています」


「私がしたことを考えれば、怒りの視線を向けられても仕方ないな。……ネシウス伯爵令嬢が不在というのは本当か? 彼女が単純に私に会いたくないだけであれば、何とか通していただきたいのだが……無理は言わない」


「いえ、お嬢様がお出かけしているというのは本当です。お嬢様はすでにローティス伯爵令息と懇意にされているそうです。余計な詮索や接触はご遠慮ください」


リディオの名が出た瞬間、トリスタンの顔が歪む。

彼はすぐに馬の踵を返した。


「そうか、感謝する。あくまでネシウス伯爵令嬢の恋路を邪魔するつもりはないさ。彼女がすべてを知った上で、その道を選ぶのならな。……ああ、そうだ。心ばかりの礼だが、ウラクスの方で買った茶葉だ。ロッコ、君の妹は紅茶が好きだったと言うし一緒に飲んでくれ」


「あ、はい……ありがとうございます」


トリスタンは茶葉の入った木筒をロッコに渡し、一礼して去って行く。

そういえばトリスタンはよく贈り物をこうして授けてくれた。

ロッコは昔を思い出して困惑しながらも、礼を述べて彼を見送った。

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