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ローティス伯爵令息

街道沿いの駐屯所に着き、医者にロジーヌを診てもらうことにした。

彼女を待つ間、わたしは助けてくれたリディオに話を聞いていた。


「あの街道は貴族の馬車も通るから、警備はそれなりに厳重にしていたのだが……今日は警備が手薄になって賊が入ったみたいだね」


「そ、そんなことがあるのですか?」


「ああ、たまにね。しかし君が無事でよかったよ。夜会で礼をとったことはあるが、覚えているだろうか。俺はリディオ・ローティスだ。この辺りの衛兵を管轄している」


「存じ上げております。マリーズ・ネシウスですわ」


ローティス伯爵令息。

夜会で挨拶くらいはしたことがある。

しかし、こうしてじっくりと話し合うのは初めてだ。


「マリーズ嬢、君は夜会の帰りかい?」


「はい。その……わたしに関する噂は飛び交っているかと思いますが」


わたしが婚約破棄されたこと。

とうに貴族間では知れ渡っている。

だからこそ、夜会などでも気後れしてしまうのだ。


「ああ……噂はかねがね聞いている。一年前、アイニコルグ伯令息に婚約破棄されたとか。マリーズ嬢に関して深く知っているわけではないが、傍目に見て君は何の欠点もないご令嬢だった。そんな非がない君を婚約破棄するとは……正直、許せないよ」


これは本音か建て前か。

本人を前にして罵倒する貴族などいないだろう。

リディオも裏ではわたしの陰口を叩いているのではないかと……つい疑ってしまう。


「……いえ。わたしにも非はあるのです。何よりトリスタンに愛が伝わっていなかったことが悔しくて……」


「何を馬鹿なことを! あんな自分勝手な男を気にする必要などない。あらぬ噂を吹聴する輩もいるが、俺はマリーズ嬢が誠実な人間だと信じているよ」


「は、はい……ありがとうございます」


今まで、こうして積極的に話しかけてくれる人はいなかった。

だからどう反応していいものか困る。


わたしが困惑していると客間の扉が開く。

不安定な足取りでロジーヌが入ってきた。


「ロジーヌ! 大丈夫なの?」


「お嬢様……ご心配には及びません。足首をくじいただけですから」


「そう……よかった」


安堵に胸を撫で下ろす。

彼女まで失ってしまったら、わたしは本当に孤独になってしまう。


「ローティス伯爵令息、わたしとロジーヌを助けていただきありがとうございました。そろそろ帰ろうと思います」


「そうか……もっと君と時間を過ごしたかったが仕方ない。まだ賊がいるかもしれないし、俺が家まで送るよ」


「いえ……そこまでしていただくのは」


「気にしないでくれ。さあ、行こう」


リディオが手を差し伸べてくれる。

婚約者でもない彼の手を取ってよいものか……迷ったが、逡巡の末に手を取った。


 ***


リディオと配下の騎士に警護され、わたしたちは無事にネシウス伯爵家に帰還した。

時刻は深夜。

屋敷の人たちはみな寝てしまったようで、明かりひとつ点いていない。


「これから俺は賊の掃討にあたる。今回のようなことは二度と起こさないから安心してくれ」


「賊の討伐ですか……どうかお気をつけて」


「ああ。マリーズ嬢、何か困ったことがあれば俺に連絡してくれよ。色々とつらいことも多いだろうが、味方がいることを忘れないでくれ」


「ありがとうございます。気持ちが楽になりました」


「それでは。また会おう」


騎士団の松明が遠ざかっていく。

わたしはリディオ率いる騎士団を見送り、屋敷に入った。


……と同時、少し反省する。

リディオに対するわたしの態度は無愛想だっただろうか。

不安になったわたしはロジーヌに尋ねてみる。


「ねえ、ロジーヌ。わたしの振る舞いはどうだった? ローティス伯爵令息に助けていただいたのに、ちょっと無愛想だったかしら?」


「え? そんなことはないと思いますよ。別に恋仲でもなんでもない、ほぼ初対面の間柄ですし……個人的にはローティス伯爵令息がグイグイ迫りすぎだと思いましたね」


「そう? 誠実な人に見えたけれど」


貴族の令息といえば、あれくらい積極的なものではないだろうか。

夜会ではわたしを避ける人もいたけれど、わたしが避けられるようになったのは婚約破棄の噂が広まってからだ。


「ええと……これを言うと不敬になってしまうかもなんですけど」


「なに? 遠慮しないで言ってちょうだい」


いまさらロジーヌの言葉を遮る理由はない。

彼女とわたしは長い付き合いなのだから。


ロジーヌは歯切れ悪く言葉を紡ぐ。


「その、ローティス伯爵令息はお嬢様しか見ていないような気がします。部下の騎士や、従者の私に対して本当に興味がないご様子で……そ、それだけお嬢様に熱心ということもあると思うのですが!」


「うーん……そう言われると、そんな気が? というか熱心って……まさかローティス伯爵令息がわたしに興味があるわけないでしょう? あの人、婚約者がいたはずよ」


「そうなんですか? それなのにお嬢様に触れてエスコートしていたんですね……」


単純に親切な方なのだろう。

部下や従者に対する接し方……気にしたことがなかった。

そういえば……トリスタンはネシウス伯爵家に来るとき、わたしだけではなくロジーヌや使用人にも手土産を用意してきていた。

今となっては遠い思い出だが。


「今日は疲れたわね。お風呂に入りたいわ」


「お嬢様、お疲れでしょう。今日はお休みください」


「そうね。ロジーヌもゆっくり休んでちょうだい」

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