再び未来へと(完)
青空のもと、わたしの胸は高鳴っていた。
今日のアイニコルグ家は騒がしい。
今となっては例の騒動は数か月前のこと。
わたしの実家、ネシウス伯爵家は取り潰されて別の領主に引き継がれた。
民の暮らしは安定し、無事にわたしの家にいた使用人たちもアイニコルグ家になじみ始めたようだ。
個人的には嬉しいことこの上ない。
「お嬢様、よくお似合いですよ」
ロゼーヌがドレスを着たわたし見て称賛を送る。
青と金を基調にした清純なドレス。
なんだか気恥ずかしい。
「そ、そんなに似合っているかしら?」
あまり自信のないわたしを見て、隣に立つトリスタンが微笑んだ。
彼も立派な礼服に身を包んでいる。
「ああ、とても綺麗だよマリーズ。いつも君は美しいが、今日は輝きが増しているように見える」
だって今日は特別な日だから。
わたしとトリスタンが――結ばれる日。
結婚式を屋敷で開くことになって、それからは忙しい日々が続いた。
ようやく準備を終えて式に至る。
辺境伯家の結婚ということで、とても規模が大きい。
少し緊張している。
「悪いな、予定よりも結婚式を早めてしまって。どうしても病気で寝込む父に晴れ姿を見せてやりたかった」
「ううん、むしろ早くなって嬉しいわ。わたしもお義父様を安心させてあげたかったし……何より貴方と結ばれるということが嬉しくて」
「ああ、私もだ。前世を含めて、私の生涯で最も幸せな瞬間だよ」
本当ならトリスタンが学園を卒業し、領主を継いでから式を挙げる予定だった。
しかしお義父様の寿命がいつまで保つかわからない以上、式を早めることに異論はなかった。
刻一刻と式の開始が迫るなか、準備を進めるわたしたちのもとにくる人が二人。
白髪の令嬢と、茶髪の男性だ。
トリスタンは二人の姿を見て表情をほころばせた。
「イシリアにレオン。君たちも来てくれたか」
イシリア嬢はもちろん知っているけど……レオンという男性は知らない。
トリスタンのご友人だろう。
「ああ、マリーズはレオンを知らなかったな。彼は商人のレオン・アルミルブ。ネシウス伯爵が帝国と通じている証拠を集めたり、私の護衛をしてくれていた友人だ」
「はじめまして、レオン様。わたしの婚約者がいつもお世話になっています」
「お初にお目にかかります、マリーズ様。此度はご成功、おめでとうございます! 今後ともアイニコルグ夫妻を、商人として、そしてひとりの友人として……支えていきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます」
――夫妻。
レオン様の言葉に、わたしは改めて実感した。
そうだ……今日この瞬間、わたしたちは夫妻となるんだ。
これからトリスタンのご友人とも交流を広げていくことになるだろう。
そして、イシリア嬢。
彼女には感謝してもしきれない。
「イシリア嬢、その節はありがとうございました。お元気そうで何よりです」
「お久しぶりです。トリスタンが結婚すると聞いたときは驚きましたが……やはりあなたがお相手だったのですね。おめでとうございます……わたしも協力した甲斐がありました」
今まで夜会でイシリア嬢を見かけても怖くて近寄らなかった。
でも、これからは何の壁もなく接することができそうだ。
わたしは婚約者を取り戻しただけではなく、新たな友も得たのだと実感する。
トリスタンは優しくわたしの背を押した。
「二人とも、私の妻を今後ともよろしく頼む。レオンは彼女に似合う宝飾品を見つけたら、ぜひ紹介してほしい」
「任せとけ。国中の商会からマリーズ嬢に似合うドレスやアクセサリーを探してくるからな!」
「いや、そこまでは言ってないのだが……まあいい。それも悪くないだろう」
トリスタンとレオン様はとても仲が良いらしい。
傍から見ているだけで心が和み、くすりと笑みがこぼれた。
「そしてイシリア……私はときに人の心を無視してしまう場合がある。マリーズの愛を感じ取れず、婚約破棄してしまったのもそれが原因だ。そういうときはマリーズの悩みを女友達として聞いてもらえないだろうか」
「言われるまでもなく。あなたたちが幸せになることが、今のわたしの数少ない願いですからね」
「ありがとう。私もマリーズの悩みに気づけるよう、日々気をつけるとしよう」
トリスタンが不器用なことは知っている。
前のような行き違いを起こさないためにも……自分の気持ちをしっかりと伝えること。
わたしが愛を伝えれば、彼はそれ以上の愛を返してくれる。
これからはわたしから伝えなくても、愛を感じ取ってくれると思うけれど……それでも伝えたい気持ちは変わらない。
「さて、マリーズ。式の準備ももうすぐ終わるようだ。行こうか」
「ええ。緊張するわね……」
「大丈夫だ。私がついているからな」
トリスタンは手を取ったわたしを抱きしめる。
見上げると青い綺麗な瞳と目が合って……。
彼はこんなに大きくなっていたのだと、そう気づかされた。
わたしたちも大人になるときなのだろう。
その第一歩として、新たに夫婦として踏み出すのだ。
つらい過去を踏み台にして、幸せな未来へ。
***
時が経ち、わたしは辺境伯夫人として過ごしていた。
庭園を歩いて眠気を覚ますのがわたしの日課になっている。
美しい花々を眺めながら、大きく伸びをした。
「……あら?」
ふと冷たいものが頬に当たる。
空に鉛色の雲が浮かんでいて――ぽつり、ぽつりと。
冷たい水滴が降り始めていた。
「いけない……お屋敷までは遠いし、どこかで雨宿りしようかしら」
雨脚が強くなる前に走り、わたしは庭園の隅にある小屋に入った。
急いで走ったけれど、髪がいくぶんか濡れてしまった。
いつになったら雨は止んでくれるのだろう……。
退屈を感じながら、窓から降りしきる雨を眺める。
ふと、雨音に混じって小屋の扉が開く音がした。
「マリーズ!」
「あら、トリスタン。わたしを心配して来てくれたの?」
「大丈夫か? 寒くはないか?」
「少し濡れたけど大丈夫よ。昔みたいに震えたりしないわ。泣いたりもしない」
トリスタンはこちらに歩み寄り、濡れた髪をハンカチで拭ってくれる。
彼の優しい手つきが心地よい。
「二枚目のハンカチは要らないわよ。だって、昔にもらったハンカチをまだ持っているもの」
「ふっ……そうか。私としては何枚でもハンカチくらい贈りたいのだがな」
わたしたちの間に言葉は必要なかった。
いま、こうして静かに二人でいることが当然で。
互いの愛など伝える必要もない。
愛し合っていることに気づいているから。
昔と変わらない関係。
だけど昔よりも先に進んで、成長していた。
「ねえ、トリスタン」
「なんだ?」
「言う必要はないと思うけど、せっかくだから言っておきたいの」
けれど、愛をいま伝えてみようと思った。
言う必要がなくても、向こうから感じ取ってくれるようになっても。
愛はいつ、どれだけ伝えてもいいものだから。
しかしトリスタンはわたしに待ったをかけた。
「待ってくれ。おそらく、君が伝えようとしている言葉は……私が伝えたい言葉でもある。ここは私から言わせてほしい」
「へえ……わたしの気持ちがわかるの? それなら先に言ってもいいわよ」
以心伝心、というのだろうか。
すでに何もかもが通じ合っているからこそ、わたしとトリスタンはなんだか変な気持ちになって笑い合った。
トリスタンはわたしの前に跪いて、手を取った。
そして目を逸らさずにはっきりと口にする。
「愛している、マリーズ。これからもそばにいてほしい」
「ええ。わたしも愛しているわ、トリスタン。ずっと一緒よ」
いつしか雨は止んでいた。
晴れやかな空には、美しい虹がかかっている。
完結です。
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