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がらんとした屋敷。

すでに両親を拘束しにきた騎士団は撤退し、ネシウス伯爵家は差し押さえられる形となった。

わたしとトリスタンは虚しい気持ちで庭園を眺めている。


「……ありがとう、トリスタン。もう落ち着いたわ」


わたしが泣き止むまで、泣き止んでもなおトリスタンはそばにいてくれた。


「寂しいものだな。私だって何度もこの庭園に足を運んだ。もうここに来ることはないと思うと、なかなか立ち去ることができない」


「でも、使用人はみんな貴方の屋敷で迎えてくれるのでしょう? 領地の民の暮らしだって改善するでしょうし……悪いことはないわ」


「そうだな。当家も人材の入れ替えをしている最中だったし、ネシウス伯爵家の使用人を取り立てられるのは悪くない。この領地を租借する予定のアルバン子爵からも、ネシウス伯爵家の家財は自由に持ち出していいと許可を受けている。何かアイニコルグ伯爵家に持っていきたいものはあるか?」


持っていきたいものか。

ドレスや装飾品の類はあまり買ってもらえなかったし、家具もアイニコルグ家にあるもので事足りる。

強いて言うなら……そうだ。


「トリスタンが誕生日のたびに贈ってくれたものは持っていきたい。大切な思い出だもの」


「……そうか。君は今も私との過去を、大切だと思ってくれているんだな」


だって……彼を愛していたから。

たとえ今がどんな関係性であっても、昔は婚約者として本気で愛していた事実は変わらない。

そのときの思い出だけは輝いて、いつまでも色褪せないのだ。


「過去は忘れられないわ。楽しい思い出も、つらい経験も。貴方がくれたこのハンカチだって……いつまでも捨ててない」


「雨が降る日のことだったな。そうだ、この庭園だ……あの隅にある小屋で、そのハンカチを贈ったのだった。急に雨が降り出して、庭園で遊んでいるマリーズのことが心配になって……あの小屋の中で寒さに震える君を見つけた」


「あのときは意外だったわ。弱気なトリスタンが、雨に濡れてまでわたしを見つけにきてくれるなんて。今では弱気な姿なんて見かけないけれど」


「はは……昔の自分は思い出したくないものだが。だが、過去は忘れられない……か」


何を思ったのだろうか。

トリスタンは立ち上がり、再びわたしの前に膝をついて首を垂れた。


「――すまない」


「貴方、何回も謝るのね。もう謝意は伝わっているわ。心が変わったことは、これまでの行動で示してもらったのだから」


「……私は不器用なのを自覚している。君の愛を感じ取ることもできなかった。だから、わからないんだ。君が受けた過去の傷……婚約破棄されて受けた心の傷が消えないのなら、私はどうするべきか。何を尽くしても足りない気がして」


そう、彼は不器用な人。

社交界の荒波に揉まれて表面上は立派になった。

けれど心の深奥では、悩んでばかりなのかもしれない。

まだわたしにどう接すればいいのかわかっていないのだろう。


「傷を受けたのなら塞げばいい。わたしのつらい記憶を塞いで、あんな苦い記憶はどうでもいいと思えるくらい……幸せな未来を作ればいい」


「……そのためには。私にはマリーズを幸せにするための希望がある。しかし、一度は君を捨てた私が……その希望を口に出すことはおこがましいと感じている」


「いいのよ、言ってみて。ううん……言ってほしい。言葉を交わさないからわたしたちは離れてしまった。だから、貴方の本心を聴かせて」


トリスタンは顔を上げる。

いつにも増して覚悟の籠った表情だった。

わたしから目を逸らさずに、ゆっくりと口を開いた。


「――マリーズ、私と復縁してくれないだろうか。君を愛している。二度と君を悲しませないと誓う。もしも君が私の罪を許してくれるのなら、この手を取ってほしい」


差し伸べられた白い手。

彼はもう握った手を離さない。


「愛しているわ、トリスタン。どうかわたしを幸せにして、そして貴方のことも幸せにさせてね」


手を取る。

ずっと伝えられなかった愛。

やっと伝えられた愛。


わたしとトリスタンは互いに微笑んだ。

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