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出会い

わたしの父、ネシウス伯爵オルバンは深く嘆息した。


「なぜ……なぜなのだ、マリーズ。お前はあんなにトリスタン卿に尽くしておったではないか。なぜ婚約破棄されてしまったのだ……」


「……」


答えようがない。

わたしは彼を愛していた。

ただ、その愛が伝わっていなかったというだけで。


彼にとっては、しょせんその程度の相手だったのだろう。

長年連れ添った婚約者よりも、数か月付き合った平民を信じると。


「次の婚約者を見つけなくては……しかし傷物の令嬢など誰が求めるのだ……」


"傷物"

父がさりげなく放った言葉はわたしの心を深く抉った。

そうだ、わたしは一度捨てられた女なのだ。


貴族にとって子どもは道具のようなもの。

残念ながら、その法則はわたしの家にも当てはまる。

だからこそ両親の決定でわたしとトリスタンの婚約は決まってしまったし、それゆえ婚約破棄に至ってしまったとも言える。


「……しばらくマリーズには夜会に通ってもらわねばならん。トリスタン卿よりも条件の良い相手が見つかるとは思えないが……とにかく誰でもいいから貴族の相手を見つけてこい」


投げやりに父は言った。

失意に沈んでいて、わたしを気にかける余裕はないのだろう。

今は話しかけない方がいいかもしれない。

わたしは頷いて部屋に戻った。


 ***


憂鬱な気分のまま時間は流れる。

喪失の悲嘆に暮れるなかで、わたしは足しげく夜会に通い続けた。

特にマナーに問題があるわけでもないが、わたしに寄りつく人はあまりいなかった。


わたし自身が奥手だったからかもしれない。

新たな婚約者を迎えるということが恐ろしくて……また愛を伝えきれないのではないかと、婚約を破棄されるのではないかと。

怯えながら社交をしていたから。



やがて一年の月日が経っていた。

次第に両親の視線は冷たくなっていく。

わたしも焦りを感じて、夜会に参加する機会が多くなっていた。


「お嬢様、おつかれさまでした」


夜会から帰る馬車で侍女のロジーヌがドレスの埃を払ってくれる。

街道をゆく馬車に揺られながら、わたしはまたもや嘆息した。


「今日もお相手は見つからなかったわ。またお父様に失望されてしまうわね」


「お嬢様……その、私が言っても仕方のないことかもしれませんが、必ず素敵なお相手が見つかりますよ! お嬢様はとてもお綺麗で、花のようなお方ですから!」


「ふふ……ありがとう」


お世辞でも嬉しかった。

まだわたしのことを気にかけてくれる人がいるだけで。

ロジーヌとは長い付き合いだ。

トリスタンよりも長い期間、わたしに仕えてくれている。

彼女にだけは逃げられないように感謝を伝えていこう。


「……?」


ふと、ガタンと音がして馬車が止まった。

何かにぶつかりそうになって急いで止まったような感覚だ。


「なんでしょうか? 御者台を見てきます」


ロジーヌが立ち上がり、馬車の外へ出て行く。

外はすっかり暗い。

この一年で見慣れてしまった夜闇だ。



「――!」


「!? ロジーヌ!」


瞬間、馬車の外から悲鳴が上がった。

ロジーヌの声だ。

わたしは大慌てで馬車の扉を開け、警戒を放棄して飛び出した。


これは……何?

わたしの乗っていた馬車を、無数の人影が取り囲んでいる。


「お嬢様、お戻りください!」


ロジーヌが血相を変えて叫ぶ。

しかし、彼女の忠告はわたしの耳に入っていなかった。

無数の人影の中から、一人の巨漢が前に進み出る。


「へぇ……こりゃべっぴんだな。お貴族様の令嬢ってのは高く売れそうでいい。その馬車も高く売れそうだしなぁ……」


「賊……!?」


どうして街道に賊が……?

貴族も使う道なのに、警備は何をしているの!?

このあたりは治安も良いはずなのに……。


「な、何が目的ですか……」


「あん? そりゃ金だよ。貴族の馬車が通るんだから、賊からすれば襲わないわけにはいかねえだろ? そんなこともわかんねぇのかよ、お貴族様は」


いきなり現れた脅威に、わたしの体は震えだす。

また……"これ"だ。

不意に現れる恐怖にわたしは弱い。


思わずポケットの内側にあるハンカチを握りしめた。

誰か、わたしを助けて……


「さあ……一緒に来てもらおうか、お嬢さん?」


巨漢がにじり寄ってくる。

わたしを庇うためにロジーヌが立ちはだかるが、簡単に投げ飛ばされてしまって。

ここで……わたしの人生は終わるのか?


男がわたしの手を掴もうとした、その瞬間。


「――待て!」


強引に、わたしと賊の間に何かが割り込んだ。

夜闇の中でも存在感を失することのない白馬。

そして、白馬に跨った……貴公子。


「ローティス伯令息、リディオ! および麾下の騎士団、参上した! 淑女に手を出す不届き者、ここで誅を下してくれる!」


燃えるような赤い髪、赤い瞳。

ローティス伯爵の……ご令息?


彼の後を追うように、次々と馬に乗った武装団がやってくる。

間違いない……騎士団だ。

正規の騎士団を前にして、賊たちは慄く。


「な、なんで騎士団がいやがる……クソ! お前たち、退き上げろ!」


一目散に逃げる賊を見て、リディオと名乗った青年は安堵の息をつく。

それから馬を降りてわたしの方を見た。


「君、けがはない?」


「は、はい……助けていただいてありがとうございました。あ、でもロジーヌが……!」


慌ててロジーヌへ駆け寄る。

彼女は突き飛ばされて足をくじいていた。


「俺はリディオ。マリーズ嬢、けがはないか?」


「あ、えっと……ありがとうございます。それよりも、わたしの侍女がけがをしていて……」


「ん? ……ああ、そう。よし、では付近に俺の騎士団が駐屯する場所がある。そこで君の侍女を休ませてあげよう」


「あ、ありがとうございます!」


なんだかそっけなさを感じたが、素直に頭を下げておく。

とにかくロジーヌを休ませないと。

彼女はわたしを庇ってけがをしたのだから。


「俺の馬に乗りなよ。駐屯所に向かう間、君の話を聞かせてほしい。……ああ、侍女さんはそちらの馬上に」


そばに控えていた騎士がロジーヌを預かって馬に乗せてくれる。

わたしもリディオに促されて白馬の上に乗った。


彼はわたしの後ろから腕を回して手綱を取る。


「さて、それでは行こうか。まだ賊がいるかもしれない。気をつけて進軍しろ!」


リディオは騎士団に号令を出して馬を出す。

なんとか命が助かったことに安堵しつつ、わたしは駐屯所に向かった。


 ***


「……チッ、遅かったか」


街道に広がる無数の馬の蹄跡(ていせき)

それを見てトリスタン・アイニコルグは眉をひそめた。


隣に立つ茶髪の男が同時に肩を落とす。


「道中、ローティスの手の者から足止めを食らったからなぁ。ネシウス伯爵令嬢が無事だといいが……」


「すまない、レオン。君に協力してもらったのに徒労に終わったようだ」


「いや、いいさ。友のためには何とやらだ。それよりもどうするんだ、トリスタン?」


「リディオの狙いがマリーズであるならば……彼女に危害を加えている可能性は低い。まずはリディオがどこに行ったのか、情報を集めるぞ」


「おう、ざっくり承知!」


独特な返答をしたレオンという男は、再び馬に乗った。

彼に続くようにトリスタンも周囲を見渡し、人影がないことを確認する。


「どうか無事でいてくれ、マリーズ……」

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