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リディオへの糾弾

「マリーズ様! そんなに慌てて……いかがなさいましたか?」


アイニコルグ家の使用人が走るわたしを見て目を丸くした。

額には汗がにじんでいるのは、走っているからではなく焦燥のせいだ。


「トリスタンはどこに?」


「トリスタン様なら先刻お戻りになられました。今は執務室にいらっしゃるかと」


「ありがとう。衛兵にも伝えたけれど、客人が来るかもしれないわ。承知しておいて」


手短に伝え、わたしは執務室へ向かう。

リディオはわたしを連れ戻しにきたのだ。

屋敷まで逃げてきたけれど、おそらく追ってくるだろう。

彼は自分に大義があると思っているようだから。


執務室の扉を開け放つ。

いつもはトリスタンの父、アイニコルグ辺境伯が座っていた席。

そこにトリスタンが座り机に向き合っていた。


「マリーズか」


「ノックもせずにごめんなさい。急ぎの用事があって。さっき街に出ていたら、リディオと遭遇して……ううん、わたしを連れ戻しにきたみたい」


「ああ、なるほど。ローティス伯爵令息に関してはすでに手を打っている。おおかたネシウス伯爵に頼まれて連れ戻しにきたのだろうが……案ずることはない。私が確たる証拠を突きつけて追い返してやろう」


トリスタンは引き出しから数枚の書類を取り出す。

彼はまったく臆することもなく、あらかじめ想定していたように落ち着き払っていた。


「ローティス伯爵令息が私の留守中に来なくて助かった。これで厄介事がひとつ片づくな」


「リディオはわたしを追ってすぐに屋敷に来ると思うわ」


「承知した。マリーズ、君は私とローティス伯爵令息の交渉の場に出るか? 彼と顔を合わせるのがつらいなら、私だけで話し合いをさせてもらうが」


「……ううん。元々、わたしが引き寄せた問題だもの。わたしも参加させてもらえる?」


トリスタンは静かにうなずいた。

当事者のわたしは参加するのが責任というものだろう。

しかし、トリスタンはどうやってリディオと折り合いをつけるつもりなのだろうか……?


 ***


ほどなくしてリディオはやってきた。

応接間に通されたリディオは、待っていた人物を見て立ち尽くす。


「ようこそ、ローティス伯爵令息。来訪の使者もなしにやってきて驚いたが、それほどの急事があったのだろう」


「トリスタン……いや、アイニコルグ辺境伯令息。貴殿は学園に在学中で、領地にはいないと聞いていましたが」


「領主代理が領地にいて悪い道理はあるまい。とにかく、座ってくれ」


「……失礼する」


敵意の籠った視線をトリスタンに向けるリディオ。

しかし柳に風、トリスタンは気にかけることなく座っていた。


……わたしはどうしよう。

トリスタンの隣に座るのも気が引けて、なんとなく中間の席に腰を下ろした。


「それで、ローティス伯爵令息。本日はどのような用向きで?」


「貴殿に誘拐されたマリーズ嬢を連れ戻しにきた。彼女のご両親も心配されている。ただちに彼女を引き渡してもらおう」


「ふむ……ローティス伯爵令息、君はマリーズの何だ? 婚約者か何かか?」


「そういう貴殿こそ……マリーズ嬢を一方的に婚約破棄した非道の男! なぜ彼女に関わろうとするっ!」


勢いよくトリスタンに指を突きつけるリディオ。

第三者視点でみれば、二人ともわたしとは無関係の令息だ。

でも、わたしはトリスタンの背景を知っている。


リディオの言葉にトリスタンはしかとうなずいた。


「ああ、その点については弁明の余地がない。かつて私はマリーズを深く傷つけ、悲しみに突き落とした。何度謝っても許されないことだ」


「ならば……」


「だが、君にマリーズを引き渡すつもりもない。ローティス伯爵令息、君がマリーズを騙して近づこうとしていることは知っている。彼女の前でのみ誠実な態度を取り、金と体目当てに近づくような男にマリーズを渡せるものか」


「っ……!?」


リディオが口ごもる。

彼の口撃の停止は、トリスタンの言葉が図星であることを意味していた。

逡巡したように視線をめぐらせた後、リディオは再び口を開く。


「マリーズ嬢、怖がることはない。君はこの男に脅されているのだろう? 俺が責任を持って君を守るよ」


「いえ……わたしは自分の意思でここにいると、さきほどもお伝えしたはずです。それにあの夜会の日、わたしはリディオ様の陰口を聞いてしまいました。賭け事をしている最中、『わたしを金だけ貢がせて捨てるつもりだ』……と」


「ち、違う……! アレは友人たちに話すのが気恥ずかしくて、取り繕っただけだ! ほら……仮にも他の令息に、婚約者との仲が険悪だと知られるのはマズいだろう?」


それはそれでどうなのか。

自分の権威を保つために、他人の陰口を叩くような殿方とはお付き合いしたくない。


「わたしはトリスタンに謝罪を受け、婚約破棄の件は一応流しました。もちろん完全に許したわけではありませんが……彼が深く反省していることは知っています」


「そんなの演技に決まっているさ! マリーズ嬢の気持ちも考えず、婚約破棄を突きつけるような男だぞ?」


トリスタンの婚約破棄の理由は『愛が感じられなかった』こと。

振り返れば、両家の親が取り付けた婚約に対して、わたしが満足していないように受け止められてしまったのも要因だ。

もう少し愛を伝えておけばよかった……そうも思っている。


わたしたちの問答を見かねたトリスタンが口をはさんだ。


「そもそもマリーズと君が出会うきっかけとなった山賊討伐……アレはローティス伯爵令息が仕掛けたものだろう」


「な、何を根拠に言っておられるのだ……! 俺を侮辱するのも大概にしていただきたい!」


「証拠ならあるとも」


トリスタンは執務室の机から取り出した書類を見せる。

机に並べられていく数々の書類。

それらを覗き込んだリディオの顔が蒼白に染まっていくのが如実にわかった。


「こ、これは……」


「マリーズを襲った山賊との契約書。それだけではない。君の人間としての不誠実さを証明するように、違法賭博場の履歴、騎士団の軍資金の横領、婚約者のアレッシア嬢に送った愛の手紙、ほか浮気相手の令嬢に対する無心の手紙……」


まだまだ尽きない。

いったいどれだけの証拠を用意したのか、トリスタンは次々と暴露していく。

わたしでさえ予想できないほど非道な行為の数々。

それがリディオの筆跡と、ローティス伯爵の家紋つきで証明されていった。


「あ……こ、これは、その……」


「これらのすべてを大公閣下へ開示すれば、ローティス伯爵は爵位剥奪では済まないな? もちろんマリーズをも利用する気だったのだろう。言い分はあるか?」


「いや、ちがっ……頼む、大公様への告発はやめてくれ、やめてください! マリーズ嬢のことは諦めますから!」


……なんと。

一瞬にしてリディオは態度を翻してしまった。


もしかしたら彼を誤解しているのかもしれない……わたしのそんな思いは一瞬にして消し飛んだ。

証拠を否定することもせず、ただ縋るように懇願したのだから。

リディオはただ自身の倫理観のなさを肯定しただけだった。


「無論、マリーズには二度と近づかないと誓ってもらおう。加えて私の頼みをいくつか聞いてもらいたい」


「も、もちろんです! なんでもします!」


「そうか。では追って頼みを伝える。ローティス伯爵令息、君とは建設的な交渉を続けていきたい。これからもよろしく頼むよ」


「は、はぃ……」


今までの華麗な表層が嘘のように。

リディオは怯えて従順になってしまった。

それだけ権力を失い、爵位継承権を剥奪されることが怖いのだろう。


そしてトリスタンが突きつけた要求とは。

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