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心に従って

ずっと屋敷に籠っているのも退屈で。

ウラリーお義母様に勧められて、わたしはロゼーヌと外に出かけることにした。

屋敷のすぐ近くにある領都まで足を伸ばすつもりだ。

あそこなら片道一時間で帰ってこられる。


「準備ができました。行きましょう」


「承知しました。どうぞご乗車ください」


御者を手配してもらい、街へと向かう。

馬車に揺られること一時間。

近場の都についた。

辺境伯屋敷のお膝元というだけあり、かなり栄えている街だった。


近況の悩みを振り払える気分転換がしたい。

御者には都の入り口で待っていてもらい、ロゼーヌと共に歩く。


「ここに来るのも久しぶりね。前にも増して人が増えている気がする」


「善政のおかげでしょう。アイニコルグ辺境伯の勢力は年々拡大しています。このまま成長すれば侯爵に匹敵する勢いですね」


「へぇ……わたしの領地とは大違いね」


ネシウス伯爵領は民も貧困に喘いでいるのに。

わたしも民の生活苦を改善しようとしたけれど、お父様には政治に携わらせてもらえなかった。

過剰に搾取する体制を崩したくないのだろう。


わたしは無力を感じている。

トリスタンの領地のように故郷が栄えてほしいと……思ってはいるけれど。


「ああ、だめだめ。気分を晴らすために外出しにきたのに、暗いことばかり考えていては。ねえロゼーヌ、喉が渇いたしカフェにでも行きましょうか。あ、あのお店はどう?」


「お嬢様……せめて貴族街のお店をお探しください。治安がよい都とはいえ、警戒心を緩めすぎてはなりませんよ」


「そ、そうね……では貴族街の方に向かいましょうか」


ロゼーヌの諫言はもっともだ。

最近は山賊に襲われるなんてこともあったのに、いささか気が抜けていた。

まあ、アレはリディオが仕掛けたものらしいけど。


わたしたちは貴族街に足を伸ばし、カフェで昼を楽しんだ。


 ***


気分を晴らす。

その目的を掲げてやってきたというのに、わたしの頭から付いて離れない煩悶があった。

今ごろ彼は何を……。


「……ずっとトリスタン様のことを考えているのですか?」


「ふふっ、ロゼーヌ……わたしの思考を見透かしているの? まるで親のように心が読めているのね」


わたしにとっての最大の友人であり、そして親みたいなものでもある。

両親がろくにわたしのことを見てくれなかったから。

代わりにロゼーヌがずっと幼少から付き添ってくれていて。


「そうよ。トリスタンが今ごろ何をしているのか、無茶をしていないか心配してしまうの。あの人から受けた仕打ちを思えば、別に心配する必要なんてないのに」


彼は変わってしまったと思っていた。

他人の気持ちを考えず、一方的に婚約破棄して……冷酷な人になったのだと。

でも心根は変わっていないのではないかと、そう疑い始めて。

またわたしは騙されてしまうのだろうか。


「いいんじゃないですか、それで」


「……え?」


「お嬢様がトリスタン様を心配したいなら、好きなだけすればいいのです。支えたい、信じたいと思うならそうしてあげればいいのです。彼が未来を知っていて、本当に心を入れ替えたと信じられるのなら……許すとは言いませんが、助けてあげるくらいはしてあげても」


「あぁ……そう。そう、よね……」


すとんと胸に言葉が落ちた。

ロゼーヌの言葉で胸の穴が塞がったようだった。


そうだ、わたしはわたしの思うがままに。

本心に従って行動すればいいだけではないだろうか。

精神が疲弊するあまり、当たり前の感覚を失っていた。


「さあ、帰りましょうか」


屋敷に戻ろう。

わたしを支えようとしてくれるトリスタンに、温かい言葉のひとつでもかけてあげよう。

そう思い立ち、一歩を踏み出したそのとき。



「――マリーズ嬢!?」


鼓膜を叩いた聞き覚えのある声。

わたしは咄嗟に顔を上げていた。

閑静な貴族街の中、わたしたちは再び出会う。


「リディオ様……」


どうしてここに、なんて疑問を発する余裕はなかった。

彼が再びわたしの前に現れたことが恐ろしくて。

本能的な恐怖が勝っていたから。


彼はわたしの恐怖も露知らず、こちらに駆けよってくる。

慌ててロゼーヌがわたしの前に立った。


「どうしたんだい? 心配していたんだよ、ネシウス伯爵から君が誘拐されたと聞いて……! トリスタンに乱暴されなかったかい!? ともかく無事でよかった……!」


「……ローティス伯爵令息様、お下がりくださいませ」


「君は……ええと、マリーズ嬢の侍女だったかな? どうして俺を阻むんだ。不敬とは思わないのか?」


「主人に無闇に触れようとする殿方を払うのも侍女の役目ですので。お嬢様とローティス伯爵令息様は、まだ婚約者の間柄でもありませんでしょう?」


珍しくロゼーヌの語調が強い。

咄嗟の事態に対応できないわたしに代わって、リディオの相手をしてくれている。

彼は……父から情報を聞きつけてアイニコルグ辺境伯領まで来たのだろうか。


「そうか……まあ、将来的には婚約を結ぶかもしれないがね。あの夜会以来、マリーズ嬢の様子がおかしくて心配していたんだ。トリスタンに何かされたのではないかと思って……心配で探しに来たんだよ」


どの口で言っているのか。

リディオは本心で言っていないことを、夜会での話を聞いたわたしは知っている。


「……リディオ様。わたしは誘拐されたわけではありませんよ」


「マリーズ嬢。トリスタンに言わされているのなら、無理しなくてもいいんだ。あんな男に従う必要はない。俺は君を助けにきたのだから。さあ、早く実家に帰ろう」


リディオが手を差し伸べる。

けれど、わたしは手を取らない。

自分がしたいように振る舞うから。


「いいえ。わたしは実家に戻る意思はなく、進んでこの場に留まっているのです。どうしてもリディオ様が信じられないというのなら、領主代理を交えてお話しをしましょう」


「領主代理……?」


「すぐ近くにある屋敷まで来てください。わたしは一足先に戻っていますので、連れ戻したいのならぜひ」


「待て! クソッ、追うしかないか……面倒な女だ」


言うや否や、わたしはロゼーヌを伴って足早に歩いて行く。

ここは貴族街。

強引にわたしを連れ戻そうとすれば衛兵が飛んでくる。


呆然とするリディオをよそに、わたしは可能な限り急いだ。

都の入り口へと戻り御者に指示を出して。

早く屋敷に戻らないと……!

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