7-8『味方』
「そ、そんなのダメに決まってるじゃない!?」
朝比奈霞は絶叫した。
場所は変わらず、放課後の教室。
ちなみにA組の面々は既に帰った。
気がつけば小森さんも消えている。
そんな中で、僕がA組と交わした約束を聞き、朝比奈嬢は暴れていた。
「雨森くん! 確かにあなたは強い! 私だって何度も背中を支えられてきた! だけど、それはあくまでも精神の強さ、人間としての賢さの話よ! 確かに腕っ節も……その、人間やめてるとしか思えない強さだけれど……!」
「うるさいぞ阿佐ヶ谷」
「うるさくても結構よ! あなたに嫌われるより、貴方が危険な目に遭う方が嫌だもの!」
それと私の名前は『朝比奈』よ! と。
彼女は叫んだが僕は無視した。
無視されて彼女は、少ししょぼんとした。
涙目になって倉敷に助けを求め始める。
「あ、あさがや、って、誰なのかしら? もしかして私、本当に認識されてないの?」
「か、霞ちゃん! 折れちゃダメだよ! 雨森くんだって数ヶ月あれば1回くらいは本当の名前で呼んでくれるさ!」
全くフォローになってない倉敷。
彼女の言葉になんとか心を持ち直した朝比奈は、改めて僕の机を両手で叩いた。
「とにかく! 認めないわよ雨森くん! いくら相手が雨森くんを狙っているからって……貴方が介入すべき問題とは限らないのだから!」
「ほう。なら当然、僕が出る以外の……それはもう画期的な策があるんだろうな」
相手にするのも面倒なので、僕は窓の外を眺めながら、テキトーな質問をする。
「そ、それは……っ」
「論外だな。僕の前から失せてくれないか? 僕が求める正義の味方は、少なくともお前ではないらしい」
ぐぼはっ!? と朝比奈霞、吐血。
僕の机の上に倒れ、ぴくぴくと痙攣してる。
その光景を見下ろして顔をひきつらせていると、まるでゾンビのように蘇った朝比奈が顔をあげる。
「じ、時間……! そう、時間を頂戴、その、闘争要請の時までで良いわ! 私が必ず貴方を救う道を見出す!」
「そうか。どのみち期待はしていない。考えたいなら好きに考えろ」
僕はそう言って席を立つ。
既に多くの生徒が居なくなって…………いても良いと思うんだけど、不思議と、あの場にいたほとんどの生徒が残っていた。
その中にはもちろん、文芸部や烏丸たちの姿もある。
「あ、雨森くんっ! だ、大丈夫なんですか?」
「星奈さん……」
あぁ! なんてことだ!
星奈さんが僕のことを心配してる!
こんなに嬉しいことは無い!
まるで女神のような瞳に、天使の聖杯から零れ落ちた雫が涙となって溜まる。
僕は、わずかに零れた涙を指で拭い、彼女の頭を軽く撫でた。
「大丈夫。星奈さんだけは悲しませないから」
「ちょっと雨森くん!? 私との対応があまりにも違うのだけれど!!」
はぁ? あたまりまえだろ。
朝比奈と星奈女神様。
すっぽんと月。
これ程わかりやすい具体例が何処にある。
僕は言い返そうと思ったが、さすがにそのまま言うのは可哀想なので、少し言い換えることにした。
「少し違うな。星奈さんが特別なだけだ」
「雨森ー、また無意識に告白してるぞー」
烏丸から声が飛ぶ。
前を見れば星奈さんは真っ赤になっている。あら可愛い、抱きしめていいかしら。
朝比奈嬢も真っ赤になって僕を睨んでいたが、面倒だったので無視した。
「……まぁ、ここまで余裕があるんだったら大丈夫かもだけど……雨森。ほんとに自信あるわけ? 素人目にも、相手、めちゃくちゃ強そうに見えたけど」
火芥子がそう言った。
たしかにな……相手は強い。
それは何一つ否定しないよ。
橘に『育てよう』と思わせた事実は伊達じゃない。おそらく異能も含めたら……その実力は並の『加護』持ち以上だろう。
全員が黒月と同格。
そう考えるべきかもしれない。
僕は少し考えて、言葉を返そうとする。
しかし、それは意外なところからの言葉に掻き消されてしまう。
「能力の話じゃなくてさー。問題はどんな舞台で戦うかだろ?」
その言葉に、全員の視線が前を向く。
そして、その全員が大きく目を見開いた。
朝比奈嬢は大きく警戒を示し。
その警戒が伝播して、クラス中が先程以上の警戒心に満ちてゆく。
それを前に、その男子生徒は笑顔を崩さない。
知っている、その男を。
だが……しかし、どうしたことか。
お前が僕に接触してくるだなんて。
そんなこと、あったとしてもまだ先のことだと思ってたんだがな。
その男子生徒は、迷わず僕に向かってくる。
そして、僕の目の前にまでやって来て、胡散臭い笑顔で僕を見据える。
「やぁ、雨森。面白そうな話が聞こえてきてね。少しお話に混ぜておくれよ」
――B組の覇王・新崎康仁。
かつてボコったはずの男は、完膚無きまで復活していた。
☆☆☆
「なぜこうなった」
僕は思わずそう言った。
我ながら不機嫌さを隠そうともしなかった。
時は移って、僕の部屋。
そこには数名の生徒の姿があり、その光景には僕も阿鼻叫喚。唯一の救いが僕の隣にいる星奈さんだが……いや、ちょっと待てよ? 今、僕の部屋に星奈さんがいるのか? それってなんて名前の天国ですか?
「星奈さん、よくぞいらした。君と出会ってから今日この時まで、ずっと君が来るのを待っていた」
「あ、雨森くんっ! ふ、ふふ、ふざけてる場合じゃないとおもいますっ!」
ふざけてる?
僕が今まで1度としてふざけていたことがあるだろうか。否、断じてない!
君への愛情は本物だよ!
そう言葉を発そうとしたが、その直前でグイッともう片方の腕を引かれた。
「ねぇねぇ悠人! 私も甘い言葉が欲しいわ!」
「四季。お前は……一緒にいるのがいつもの事だからな。特に気にしてなかった」
「あら、なんだか嬉しいわ!」
……何が嬉しかったんだろう。
彼女はにっこり笑って腕に抱きついてきて、それを星奈さんも苦笑いしながら見つめている。
……うむ。
この部屋がこの空間だけだったら良かったのにな。……残念ながら、今回は余計なのがついてきやがった。
「へぇー、雨森ってモテるんだね。まぁ、無表情でも顔は良いし、性格……はノーコメントにしても。腕っ節も強いし、女からすれば好物件なのかな」
「そーよ! 今更悠人の凄さに気がついても遅いんだから!」
四季が自信満々にそう言って。
僕の部屋でくつろいでるその男――新崎康仁は鼻をつまんで苦笑した。
「あー、臭い臭い、リア充くせェ。そんな生き恥晒しといて、自分で臭いって分からない?」
「ありがとう新崎。お前があの時、手加減をしてくれたおかげだ。僕はC組に星奈さんが居る今がとても充実してるよ」
新崎の挑発に感謝という挑発で返すと、新崎の額に青筋が浮かんだ。
僕と新崎が視線だけでバチバチやっていると、その間に朝比奈嬢が割り込んできた。
「それ以上はストップよ。……真面目な話、私たちは貴方を何ひとつとして信用していない。そうでしょう、雨森くん」
「お前誰だよ」
「朝比奈霞と申します」
朝比奈嬢は悲しい目をして即答した。
その様子に新崎は目を丸くしている。
「……えっ、もしかしてお前……まだ雨森に名前覚えられてないわけ? いや、いやいやいや……そんなこと有り得るの?」
ぐさり。
朝比奈嬢の心に刃が刺さった。
彼女は錆び付いたブリキ人形のように、ギギギッと僕の方を振り返り。
そして僕は、気まずそうに目を逸らした。
「……いつも突っかかってくる面倒な奴がいる、ってことは覚えてるんだが……その、な。興味が無さすぎて顔も名前も覚えてないんだ」
「……お前、雨森に何したの? すごい嫌われてるじゃん」
僕と新崎のタブルパンチ。
朝比奈嬢は大地に沈んだ。
「かっ、霞ちゃーーーーーんっ!?」
「く、倉敷……部屋の中で絶叫するな」
倉敷と黒月が、近くに座ってそんなことを言っている。
朝比奈は倉敷に介抱され、部屋の角っこにまで連行されていく。
その姿を見送って……僕は、改めて星奈さんと四季へと視線を向けた。
「二人とも。愉たちがお茶煎れてくれてるはずだから、少し手伝ってきてくれ。僕は新崎と話がある」
二人はすぐに頷いて、台所の方へと駆けてゆく。
台所の奥からは、文芸部の面々がひょっこりと顔を覗かせていた。覗いてないでお茶沸かせ。
僕は大きく息を吐き、床に寝転ぶ新崎を見下ろす。
「で、何の用だ?」
「なんの用って……最初に言っただろ? なんか面白そうなことやってるから、混ぜて欲しいなって話だよ」
「断る」
僕は迷いなくそう言った。
それに対して新崎は笑う。
しかし、その発言は笑えるようなものではなかった。
「おいおい、一緒に八咫烏と戦った仲だろ?」
その言葉に、部屋の雰囲気が一瞬にして張り詰める。
朝比奈を見れば、先程の醜態から一転、鋭い目付きで新崎を見ていた。
「……新崎君。いま、なんと?」
「聞こえなかったかい? 一緒に八咫烏と戦ったんだよ、僕と雨森は。あの時、あの無人島で、致し方なく……だけどね」
そう言って僕にアイコンタクトしてくる新崎。
いや、だけどね、じゃないんだよ。
まぁ、僕のアリバイ作りとしてはいい嘘だと思うけど、あまり八咫烏の話題は出したくないんだよな。
だって、朝比奈嬢がここにいるから。
「新崎君。あの男はどんな力を使っていた? あの男の持つ能力……雷に視力強化、剣と盾と……他に使っていた能力はないかしら?」
「へぇー、アイツって複数の能力を持ってるなんてチートだねー。初めて知ったよー」
白々しい顔で新崎は言った。
そして、ニヤリと笑って僕を見る。
「ていうか、僕よりも雨森の方が知ってるんじゃないの? 僕は……そうだね、数発は殴り返せたけれど、雨森は僕が倒れた後も戦ってたみたいだからさ」
「な……っ!? あ、あの八咫烏相手に……!」
それは二重の驚きだったろう。
新崎があの八咫烏に数発殴り返せた事実。
そして、僕が八咫烏と相対し、それでも無事に生還できたという事実。
それら二つに対する驚き。
朝比奈嬢は僕を振り返り、僕は大きく息を吐く。
「……なに、運が良かっただけの話だ。八咫烏は新崎の攻撃で疲弊していたし、弱った八咫烏なら、僕の目でも十分追える」
「……雨森くん、あとで動体視力の鍛え方を教えていただけないかしら」
「断るが」
僕は即答し、新崎へと視線を戻す。
「で、そんなことを掘り返して何をしたい」
「なーに。僕は手助けしたいだけさ。話を聞くに、なんかお前、弱いからって理由で朝比奈に過保護されてんだろ?」
まぁ……そうだな。
それだけじゃないと思うけれど、朝比奈嬢が僕を危険な目に遭わせたくない……と言い張る理由が『雨森悠人には荷が重いから』だ。
……なるほどな。
お前はそういうつもりで、わざわざ八咫烏の話題を上げたわけか。
「聞くに朝比奈、お前、負けたんだって?」
「……どこからそんな情報が出回ったのかしらね」
すまん、僕だ。
八咫烏の強さアピールのために、倉敷経由で噂を発信させてもらった。
朝比奈嬢は大きくため息を漏らし、新崎へと視線を向ける。
「言いたいことは……何となく察したわ。私が負けた八咫烏を相手し、生き延びた雨森くん。彼の強さを認めろ、ってことでしょう。それなら十分に――」
十分に理解している。
そういった言葉が続くんだろうな。
そう思った僕を他所に、新崎は言う。
「そんな言葉が出てくる時点で、多分お前は分かってないよ」
その言葉には、さしもの朝比奈も驚いた。
彼女は目を丸くして、新崎を見る。
「……ずいぶんと、雨森くんを買ってくれているのね。嬉しい半面、少し不思議だわ」
同感です。
そんな気持ちで、僕も新崎を見た。
「なーに、これでも直接殴りあった仲さ。コイツの力は向かい合わなきゃ理解できない。……それに、コイツ、僕と戦ってた時、たぶん滅茶苦茶手加減してたと思うよ」
それは、どちらの『殴り合い』の事だろう。
1回目かな、2回目かな。
まぁ、どっちにしろ手は抜いてたし、彼の言葉に間違いはあるまい。まぁ、向かい合うだけで僕の力が知れる、ってのには疑問を呈したいがな。
「……本当なの、雨森くん」
「聞くのは野暮だろ? ソイツが本当のことを言う保証なんてどこにもねぇんだからさ!」
新崎はそう笑う。
そして、改めて僕を見た。
「なにも、僕も親切心で言ってるわけじゃないんだぜ? 雨森悠人、お前の底が知りたい。C組の物理最強、お前の力の底を知りたい。そのためだけに、僕はお前に協力してる」
「……敵情視察か。……まぁ、視察する相手を随分と間違えたみたいだが」
「いいや、何も間違えてはいないさ」
そう言って、新崎は僕を見据えて笑う。
「なんせ、C組で1番厄介なのはお前だからね、雨森悠人」
随分とまぁ……適切な判断だこと。
「味方になってあげるよ!」と言われて。
ここまで信用できない相手も珍しい。
次回【解禁】
さようなら、偽りの仮面。
僕は今日で、弱者を引退する。




